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<24時間テレビ2|24時間テレビ4> 放送日時 - 1980年8月30日(土)・31日(日) 主要出演者 総合司会萩本欽一 徳光和夫 チャリティー・パーソナリティー石野真子
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目次 目次Part16(≫184~189)≫183より派生 Part17その1(≫62、≫64~66)≫35より派生 その2(≫155)≫153より派生 Part18その1 ”0日目”(≫35~39) その2 ”1日目”(≫47~52) その3 ”2日目①”(≫63~67) その4 ”2日目②”(≫71~75) その5 ”2日目③”(≫82~86) その6 ”最終日①”(≫93~97) その7 ”最終日②”(≫103~105、109) その8(≫155~159) その9(≫179)≫177より派生 その10(≫186~187) Part19(≫118、≫121) Part20その1(≫73~77) その2(≫97、≫99~108、≫110~115) その3(≫169~170) Part16 (≫184~189)≫183より派生 ≫183 二次元好きの匿名さん22/10/06(木) 20 42 10 なあイチ、寒くなってきたから何か温まる料理を作ってくれないか 了船長22/10/07(金) 03 23 43 ≫183 「……うん?」 「んん、なにかおかしなことを言ってしまっただろうか」 「いや、アンタがリクエストするの珍しいなって」 「そうか…… そうかもしれないな。いつも、イチが作ってきてくれるから」 「夏にもそんなこと言われたような」 「ああ、ナスの入ったそうめんか! イチは何でもよく覚えているんだな」 「なっ、別に、アンタが一人で思い出してるだけでしょ」 「おお、そうか」 「んもう、待ってて、なにか作ってくるから」 「ふふ」 「何よ、エプロンつけるのがおかしいんですかっ」 「エプロンを手に取るイチがさまになっていて、かっこいいなと思ったんだ。もう一度見たいくらいだ」 「別に見せようと思ってません。……何ニヤついてるのよ」 「いや、イチと将来一緒に暮らせたら、とても幸せだろうなと思ったんだ」 「なっ、ばッ、あんた何を」 「……あれ、イチ?」 「もういい! バカっ!」 「あっ、イチ! ……ううむ、ストレートな言い方ではイチに逃げられてしまうんだろうか…… タマの言うとおり、ズバっと言ってみたのだがな……」 ……あったかいもの。 朝のお布団。クリークさんと作って食べるできたての朝ご飯。朝日が柔らかく照らす校門前のベンチ。早朝トレーニングを済ませてきたオグリ。南中の太陽が当たる教室。トレーニングしているときの自分。夕日の差すミーティング中のトレーナー室。お風呂。夜のお布団。 トレーニングが終わって、更衣室ですれ違うオグリ。たまにタマモ先輩。部屋で寝転がってるモニー。夜食にありつこうとするオグリ。あいつの手、いつもあったかいな。 あったかいものを探すと、必ずオグリの顔や後ろ姿が思い浮かんでは首を振って解消しようと試みる。理由は分からないはずだと一生懸命自分に語りかける。それもこれも、あのギャル軍団とモニーがからかってくるからいけないんだ。何かに付けてオグリギャルだ通い妻だって、余計なことを言ってくる。 何が『将来一緒に暮らせたら』よ。アイツもまるで余計なことしか言わないじゃない。どうして私が、一人だけでこんなに困らなきゃいけないの。あんな澄ました顔でしれっと言い放つなんて、ズルい。私だけモヤモヤさせられる。 私は今でも何をしたらいいか分からなくて、あんなにみっともなくオグリの前で思いを吐露したにも関わらず、未だにキッチンに立っているっていうのに。 アイツばかり、次に何をすればいいかが分かっているような気がしてならない。私だってそうなりたい。 すっかり熱を帯びた手を冷やそうと、桂剥きしている輪切にした大根の回転スピードをあげる。作り始めた頃はできるわけないと思っていたけど、すっかり慣れたものだ。みるみるうちに皮がまな板の上に落ちていく。……まだ、お母さんがやるよりは分厚いけど。 できたそばから片方だけに十字の切れ込みを入れる。こうすると、味の染み込みが良くなって美味しい。赤々としたにんじんもたっぷり切る。 ガスコンロで火にかけておいたお鍋のお湯に大根を入れて、下茹でする。その隣では卵を入れた雪平鍋が、くつくつ、と弱火で一生懸命卵を温めている。またその隣では、昆布のだし汁にいっぱいの鰹節を入れた大きなお鍋が、ぐらぐら、と煮えている。 下茹でしている間に、別の料理で使おうと思っていたちくわと厚揚げ、こんにゃくを冷蔵庫から取り出す。練り物は食べやすいけど満足感のあるように切り、こんにゃくは切ってから塩を振っておく。こうすると、臭みのもとが余計な水分から抜けるのだ。と、お母さんが言っていた。 それぞれ下準備をしている間に、お出汁から鰹節を引き上げる。ザルの上からギュッとお箸で絞り出して、美味しいところを余さず使えるようにする。丁寧にすくいだすと、お鍋の底まで綺麗に透き通った、琥珀色のお出汁の完成だ。 出来上がったお出汁にお醤油、みりん、お塩とお砂糖を入れておつゆにする。ちょっと味見を一つ。……うん、美味しい。しょっぱい。このくらいがちょうどいい。 お出汁に大根、厚揚げ、こんにゃく、たまごの順に入れ、沸くまで中火で火にかける。ぐつっ、と沸いたらすぐ弱火に直す。ここから、50分くらい待つ。 そのあとはちくわとかの練り物やお肉類。今回はお肉が無いから、入れてからは短めに仕上げてしまってもいいかな。 待っている間に、剥いた大根の皮をポン酢につけ込んで浅漬けにする。ザクザクと切る音と、クツクツとお鍋が煮える音がキッチンにこだまする。 別に、本当ならここまでやらなくてもいい。スーパーまでひとっ走りして、おでんの素を買ってきてやってさっくり作ってしまえばいい。私は料理が好きなだけで、手をかけてこだわるのが好きなわけじゃない。 お金も時間も手間もかけて作った料理を、わざわざ写真に撮って誰かに見せびらかすような趣味もない。ご飯を作るのに一番大事なのは、やっぱり美味しく栄養を取れて、お腹いっぱいになることだと思う。 誰かに食べてほしいとか、自分がこだわりたいとかだったら、それはまた別の話だけど。 出汁を一から取るほど時間をかけているのは、アイツに一分でも多く空腹感で困ってもらうためだ。これは私のアイツに対する、小さな復讐。ワケわかんないこと言って混乱させてきたんだから、せいぜいお腹を空かせてるといいわ。 ついでに私もおいしいもの、食べたいし。 物思いにふけりながら包丁と手を動かしていたら、大根の皮を切り終えた。まとめて浅漬けの素に放り込む。あとはおでんが煮えるのを待つだけだ。 ……つい勢いでおでんにしちゃったけど、食べてくれるかな、アイツ。薬味は何が好き…… いや、苦手なんだろう。 私は冷蔵庫の中に、ゆず胡椒やカラシが残っていないか、探してみることにした。 準備を始めてから1時間半以上。ようやく、出汁からすべて自分で料理したおでんの出来上がり。 蓋を取ると、ふわりお出汁の優しい香りが部屋を包む。換気扇に全部持っていかれてしまうから、逃がさないようにすぐに消す。 にんじんを一切れ菜箸でつまんで、味見。わっ、熱い。口の中で少し冷ましながら、少し噛む。じゅわっ、と甘味とお出汁があふれてきて、これも熱い。 あったかい料理にしては、ちょっとやりすぎちゃったかな。 とんすいとお箸、れんげをを二人分持って、オグリの待つ机まで小走りで向かう。果たしてオグリは、すこししょげたような様子でそこにいた。私を見かけると、耳をピンと立たせて、顔がぱっと明るくなる。 「イチ!」 「何、そんなに期待したような顔して」 「ずっと待っていたんだ。もしかしたら、本当に怒ってしまったのかと思って……」 そう言うやいなや、また耳が倒れる。ずっと待ってたなんて、犬か、まったく。 「そう思うんなら、もうふざけて言わないでよ」 「すまなかった、イチ」 私がもたなくなっちゃうから、と言いかけた理由をぐっと飲み込む。ずいっ、と持って来た食器をオグリの前に置いてやる。 「もしかして、お鍋か?」 「まだナイショ」 「だが、もう出来たんだな!」 「そうね、それはできてるわ」 機械に電源が入ったかのように、ぶるぶるっ、と身体を震わせている。思っていたリアクションと違ったので、少しだけギョッとした。 「ああ、待ちきれない。イチのお鍋料理が楽しみだ」 「オグリね、お鍋なんて正直なところ、スープの素に野菜とお肉と、適当に放り込んで煮ただけの料理なのよ」 よせばいいのに、自分の――本当は自分だけじゃなく、この世のお鍋料理すべてを――くさすような言葉が口から漏れてしまう。そんな自分に、少なくない嫌気と後ろめたさが生まれて残る。でも、オグリはそんな私のみっともない言葉も意に介さない様子で、私の目を見つめていた。 「それでも」 オグリはそう強く言い切って、一つ息を吸った。 「それでも、誰かが誰かのために、時間も手間もかけて作るものが料理だと思う。作り方が楽とか、そういったものは関係が無いとも思う」 オグリは、あの日私の部屋で、二人きりで話した時と同じような目をしていた。 「一人でも自分自身のためだし、二人以上ならなおさらだ。その料理はきっとあったかくて、素敵なものだ」 あっ、でも冷たい料理だったらどうなるんだろうか…… と、余計な言葉を挟みつつ。 「私は、イチの料理が楽しみだ。もし叶うなら、毎日食べたい」 そう言い終わると、ぐぅ、とお腹のなる音が響く。オグリがお腹と後頭部に手を当てて、恥ずかしそうに微笑む。 「どうやら、私のお腹もそう思っているようだ。早く食べよう、イチ」 私は、目の前のスーパー・スターがまぶしすぎて、座っている彼女の顔を真っすぐ見ることすらできなかった。何と答えればいいかもわからなかった。 けれど、おこがましいことはわかっているけれど、きっとこの人はそんな自分も受け入れてくれてしまうのだろう――――あの時みたいに、とも思った。 うつむいたまま、頭に浮かぶ言葉をそのまま音にする。 「……おでん」 「……イチ?」 「お肉のない、ヘルシーなおでん。今日の献立」 私は顔を上げて、オグリの顔を見る。私が強くなるための、もう一歩。 「ちゃんと出汁から全部作ったから。脂は少ないけど、ちゃんとおいしいはず」 オグリの返事を待たずにまくしたてる。 「残したりしたら、許さないから」 アンタは、とても強くて大きいから。 「明日の分まで食べちゃってよね」 色んな人に支えられた私の料理は、必ず美味しいと思うから。 「鍋敷きかタオル用意して待ってて、持ってくる」 キッチンの方へ振り向いて、歩き出す。 私だって、次に何をすればいいか分かるんだから。 私だって、貴方を満たしてあげられる。 あったかいものが冷めないうちに、私はキッチンまでの道を、少し足早に歩いて行った。 了 ページトップ Part17 その1(≫62、≫64~66)≫35より派生 ≫35 二次元好きの匿名さん22/10/10(月) 19 41 54 この前食べさせてもらったおでん、とても美味しかったぞ。でも、その……すまないが、お肉も食べたいんだ。わがままを言ってすまない。 了船長22/10/15(土) 00 15 45 ≫35 「……」 「どうしたんだイチ、そんな目をして」 「なんでもないわよッ」 「待ってくれ、怒らせてしまったのか」 「普段から野菜ばっかりでごめんなさいねッ」 「そういうわけじゃないんだ、イチ!」 「座って待っててッ」 「また、行ってしまった…… ううむ、タマ、素直に食べたいものをリクエストするのも良くないようだぞ……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 図々しいったらありゃしないわ、オグリのやつ。この間作ってもらったからっていい気になって。 オグリより、頼まれたら断れない自分の方にムカムカする。モニーがそばにいたら「惚れた弱みね」とかしたり顔で言ってくるに違いない。ますます気持ちがつのる。 そんなんじゃないし。 誰かに「お腹が減った」って言われたら、誰だって見て見ぬふりできないでしょ。 誰にも聞こえないように毒づきながら献立を考える。このままオグリのリクエスト通りにお肉を使うのは癪に思われて、どうにか的をずらしてやろうと必死に考える。 冷蔵庫を開けてみるけど、やっぱりというべきか、お肉料理をたっぷり作れるほど買い込んでいるわけではなく、牛こま切れ肉が1パックだけ。本当はクリークさんがカレー用に冷凍してくれているお肉があるんだけれど、他の人の食材を勝手に使うのはためらわれる。許してくれそうだけど。 う~ん…… いきなり頼まれたけど、少ししかできませんでした、なんてのは自分のプライドが許さない。どうしたものかと思い、業務用冷蔵庫の迷宮をもう少しだけ探検する。 すると、灯台下暗しとはこのことか、いつも食べているのに思い出せなかった「お肉の宝箱」に出会うことができた。これだ。 宝箱の包装をはがし、八等分に切る。それらをキッチンペーパーの上に置いて水気を吸わせておく。 その間に、玉ねぎをくし切りに、ごぼうはささがきにしてお水につける。 お醤油、みりん、酒をそれぞれ大さじ4くらいで合わせて濃いめに味付け。砂糖も同じ量で2回いれ、お水も計量カップの三分の二くらい。菜箸で軽く混ぜながら砂糖を溶かし、フライパンに流し入れる。 中火にかけて、ごぼうを入れておく。くつくつ、と沸くのを待って、沸いてきたら脇に寄せる。空いたスペースに主役たち、牛肉を入れてやる。 でも、主役たちの出番は長くない。色が変わったらすぐ引き上げる。ゴメンね、ちょっと待ってて。開いたところに玉ねぎを入れて、また一煮立ち待つ。お肉のうまみとすき焼きみたいな香りがキッチンに漂う。もうこれだけでも美味しそう。ちょっと水気が多すぎたから、タレを追加で入れてあげる。 玉ねぎに火が通ってきたら、真っ白な宝箱を崩れないように、優しく入れてあげる。ごぼうと玉ねぎをまた脇に寄せて、本当の主役の登場だ。色も相まって、とっても輝いている。 宝箱同士の隙間を埋めてあげるように具を敷き詰めて、アクをとる。一通り取り終わったら、蓋をして10分間ぐつぐつ煮る。そのうちに、洗い物。料理の途中に洗い物をできる料理しかやりたくないよね。 まな板と包丁、生ごみをまとめたらちょうど10分。蓋をあけると、ふわりと湯気が膨れ上がって、換気扇に吸い込まれていく。その真ん中にいる私は、いい香りをたっぷり堪能した。うん、我ながらいい出来。宝箱も美味しそうな色に染まってくれた。 ここで、取り出しておいたお肉をお鍋に戻す。こうすることで、お肉が固くならずに美味しく食べれるようになる。温めるのと、食中毒防止のために、火を落とさずにもう2分間しっかり煮る。 出来上がったら、宝箱に煮汁を数回かけてあげて盛り付ける。 オグリのやつ、お肉たっぷりを期待してるなら、がっかりするといいわ。 「……あっ、イチ」 「お待たせ。……なんでアンタがへこんでるのよ」 「イチを怒らせてしまったんじゃないかと思ったんだ」 「怒ってないですッ」 「怒ってるじゃないか」 「怒ってないったら。はい、これ。お望みのお肉料理よ」 「これは、肉豆腐か」 「お肉はお肉でも、『畑の肉』よ。たっぷりなんか食べさせてあげないから」 「ありがとうイチ。色のついた玉ねぎも、とても美味しそうだ。いただきます」 「はい、召し上がれ。……わっ、何よ」 「おいしい!」 「……そ」 「とっても美味しいぞ、イチ! イチも一緒に食べないか?」 「なっ、私は作ったんだから、いらない」 「それは違うぞ、イチ。このお皿には、お豆腐が8個入っている。1パックを切ってそのまま調理しているはず」 「……だから何よ、私が多めに作って食べたかもしれないでしょ」 「ううん、そうしたらもっと時間がかかっていると思う。さあ、ほら。美味しいぞ」 「お箸も一膳しか揃えてないから」 「私がイチの口まで運べば大丈夫。さあ」 「ちょ、ちょっと、もう、分かったから」 「うん。待ってくれ、熱いかもしれない…… よし。冷ましたぞ」 「そこまでしなくても…… あ、あー……」 「どうだ、イチ。美味しいだろう」 「はふっ、はっ…… うん、美味しい」 「イチが作った料理だからな。とっても美味しいんだ」 「……」 「どうしたんだイチ、そんな目をして」 「……ありがとう」 「ん、イチ? もう一度……」 「なんでもない」 「何か言っていなかったか」 「なんでもないったら」 「そ、そうか…… じゃあ、もう一口どうだろう。代わりばんこに食べよう」 「ちょっと、もういいって」 「一緒に分けよう。私ばかり食べていたら、不公平だ」 「私が出してるんだから、別にいいってば、ね、垂れて汚れるからよしなさいって」 「イチの料理を一緒に食べたいんだ。もう一つお箸を持ってこよう」 「食べてる間に席を立ったらお行儀悪いでしょっ」 「それもそうだな…… うん、やはり代わりばんこに食べるのがいい。ほら」 「なっ、あ、あーん……」 「いつもありがとう、イチ。やっぱり、将来もイチの料理が食べたいな」 「……そうですか。お粗末様でした」 「まだ食べ終わっていないぞ?」 「なんて言えばいいかわかんないの! オグリの、ばかっ」 「ふふ、今はそうでもいいかもしれない」 「良くない!」 了 ページトップ その2(≫155)≫153より派生 ≫153 二次元好きの匿名さん22/10/28(金) 02 52 01 自分の中のモニちゃんのイメソンです 「もう意外と辛いのに」の部分でおや?と思いました なので落書きしました 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/img/1111171/153 了船長22/10/28(金) 21 24 42 ≫153 「ほなモニちゃん、出かけるで」 「は、出かけるってどこにですか」 「どこもヘチマもないねん、着替ええ。撮影に行くっちゅーことや。ほれ、おいてくで~」 「撮影? なんも聞いてないですよ、待ってって」 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○● 「やあ、タマにモニー。遅かったじゃないか」 「すまんオグリ、モニちゃんがダダこねてしもうてな」 「こねてねえっす。イチもいるじゃん」 「なんか、オグリに無理やり引っ張られて……」 「サプライズパーティちゅうわけやないけど、即席撮影会や。うちらの雑誌の表紙を飾ってもらうで」 「タマモ先輩、私たち、重賞も走ったことないのに」 「ええねんええねん、ウチらばっかり取られたら不公平や。二人にも格好良く写ってほしいよなあ、ってオグリと話しとってな」 「そうだ。さあ、モニーから順番だ」 「控室はこっちな。メイクさんに顔整えてもらお」 「ちょ、ちょい、タマセンパイ、小さいのに力つっよ!」 「小さいは余計や!」 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○● はーい、じゃあまずはアップで一枚撮りまーす。これだ! と思う表情を作ってくださいね 「そんなこと言われてもな」 準備ができたらいつでも言ってください 「うーん……じゃあ、これで」 おっ、挑戦的でいいですね。それでは撮ります。カメラの中を見るように、視線ください。 了 ページトップ Part18 その1 ”0日目”(≫35~39) 了船長22/11/05(土) 23 01 51 私は日本ウマ娘トレーニングセンター学園――「中央」トレセンの――生徒だ。 走るのが特別好きってワケじゃなかったけど、ここ一番だけ頑張ってみっか、と試験やレースで少しだけ頑張ってきた結果、ここにいる。 取り立ててメチャクチャ強いとか、速いとか、そういうことは一切ないけれど、私はここで生活している。 色んな能力を積み上げていこうなんて熱意もないし、これから頑張って成り上がってやろうというような気概もあんまり無い。 真剣に取り組んでないのは失礼だろう、中央の学生なんだからヘラヘラするな、ってご意見もよーくわかる。でもこの通り結果は出しているんだし、これは才能でしょ。ときっと私は胸を張る。 私のことを恨む人がいるなら、どうぞご自由に恨んでほしい。『人を呪わば穴二つ』なんて言葉はまるっきり嘘で、呪われて落ちるほうは気にしすぎ、呪ってるのに落ちるほうはただの準備不足なだけだ。私はそう信じて疑わない。 「どうして」も「こうすれば」もない。タイミングを見逃さずにチャンスへ飛び掛かって、するべき時に自分のできることを全力でする。結果は後からついてくる。もっと言えば、その人の能力に見合ったところまでしか出てこないから、事実上決まっているようなものだ。 悩む暇があったら行動するべきだし、可能なら準備を整えて飛び出すべき。そうすれば、後は多少手を抜いてもうまくいく。 誰かに合わせて自分の気持ちや行動は変えなくていい。相手がどう思っていようと、私のスタンスを変える必要もない。私の調子を決めるのは私で、何がベストかを決めるのも私だ。 私を本当に祝福できるのは私だけだ――まあ、いい結果が出た時に褒められるのは、悪い気持ちにはならないけど。 とにかく、私はそうやってここまで来て、ここに居る。 その日、私の目覚めは最悪だった。起き出すときの様子が、いつもと違いすぎているからだ。 いつも通りだったのは、私が起きたときにルームメイトの姿が部屋にもういなかったところだけ。 違ったのは、どんどんどん、とドアを叩く大きな音が部屋に響いていたこと。びっくりして跳ね起きる。スマホを確認すると、いつもよりも2時間以上早い。 寝ぼけてる目でドアを見つめたあと、タオルケットに包まり直す。でも、鳴りやまない。ドアを叩く音はむしろ強くなってもいた。加えて、私の名前まで呼ばれ始めた。 ああもう、なんで同室のレスアンカーワンじゃないんだ、と思う。早朝に起き出して何かしてるのはそっちの方です、私は寝てるハズなんです。 身体を起こしてスリッパを履く。名前を呼ばれてしまったら反応しないわけにはいかない。ワザとゆっくりドアまで歩いて、ドアノブに手をかける。 ノブを回し切った直後、扉が勢いよく開け放たれた。柄にもなくわっ、と声が出る。 視界に飛び込んできたのは、エプロンを握りしめながら肩で荒い呼吸を繰り返し、涙目になっているGⅠウマ娘――クリークちゃんだった。 「モニーちゃん、助けてください」 そう言って、私の手を取る。悪意があるわけじゃなかったけど、驚いてしまった私は思わず、抵抗するように腕を引いてしまった。それでも、クリークちゃんはすがるようにして、手を放してくれなかった。 「なんなん、一体」 「イチちゃんが、イチちゃんが」 焦りと涙でえづいてしまい、うまく喋れていない。とにかくこの人を落ち着けてないとことが進まないと思い、肩をさすって落ち着いてもらえるよう手伝う。 「イチがどうかしたの」 「イチちゃんが脚から血を流して、倒れて」 「えっ」 「イチちゃんがキッチンで倒れていたんです、真っ青で」 言われた数秒間、時間が止まったような気がした。自分の耳を疑う。 「マジで?」 「はい、一緒に朝ごはんとお弁当を作っていたら、突然」 包丁を持ったまま倒れちゃったんです、と息も絶え絶えになりながら話している。あまりにショックだったのだろう、話しながら彼女もふらつき始めた。さする手で肩を掴んで支える。 「ちょっ、大丈夫?」 「私は大丈夫なんです、けれど、イチちゃんが」 「イチは今、キッチンにいるんだよね」 私の問いかけに力なく頷く。彼女を部屋の中に引き入れて、ベッドに座らせる。 「フジさん呼んでくる。ここで座ってて」 「でも、私も」 「まずは落ち着かんとでしょ、後でまた呼びに来るから」 それだけ言って、部屋を飛び出す。納得するまで説得し続けたら、倒れてるらしいイチにたどり着くのが遅くなる。 私は朝日が差し始めて薄暗くなった寮の廊下を、校則をまるっきり無視して、レースさながらのスピードで駆け抜けた。 今思うと、フジさんを起こすために寮長室のドアを叩きまくった私とクリークさんは、よく似ていたような気がする。唯一違っていたのは、部屋から出てくるスピードくらいなものだ。 珍しく髪の毛がハネていたフジさんだったけど、イチがキッチンで倒れてるそうです、と伝えると表情が切り替わった。 「モニーちゃんが最初に気付いたのかい?」 「いや、クリークちゃん」 「今どこにいるのかな」 「私の部屋で休ませてる」 うん、とフジさんが神妙な顔で頷く。 廊下を走りながら情報交換を済ませる。風紀委員が見たら驚くスピードだ。凄いスピードで二人とも走っているのに、私の気持ちは目的地のキッチンから少しずつ離れていった。想像できないものは、見たくない。 でも走っていればいずれはたどり着く。その先では、見慣れたルームメイトが真っ青になって、薄暗い中でも銀と黒に光輝く恐ろしい刃物と一緒になって倒れていた。その脚からは赤黒く小さい粘性をもった液体が一筋、つらりと垂れてもいた。 脚が傷ついているのを見ると、私はともかく、フジさんも少なからず、自分の命が脅かされたような気持になっているようだった。 「モニーちゃん、傷口を」 「救急箱とか?」 「うん、確かその戸棚」 少しだけ震えた声でフジさんが指示を出す。それを聞いて、私もすぐに反応する。私もフジさんも緊急事態に対応するのが得意なんじゃないか、と現実逃避めいたことを考えてしまう。 救急箱の中からガーゼと絆創膏を取り出して、気を失っているイチに向き合う。一つ息を大きく吸って、ぐいと力を込めて傷口をガーゼで押さえる。そのガーゼの上からフジさんが包帯を手早く巻いていく。 二人とも無言のまま手早くイチの左半身を下側に向け、頬の下に手を添わせる姿勢に直す。 「そうしたら、私は宿直の警備員さんを呼んでくる。モニーちゃん、ありがとう」 「ん、クリークちゃんの様子を見てくる」 「うん。二人で休んでいて。大変だったね」 別れの言葉もそこそこに、キッチンを足早に離れる。まだ解決したわけじゃないから、私も安心できなかった。 部屋に戻ると、少し回復したのか、平静を取り戻したクリークちゃんが迎えてくれた。 「イチちゃんは」 「大丈夫、フジさんが人を呼んできてくれるから」 「ありがとうございます」 「いや、ヘーキです。ウチらも休みましょ」 時計を見てまだまだ寝直せるくらいの時間だと判断した私は、タオルケットに包まりなおした。私たちにとって大事件過ぎて、想像よりも長い時間が経っていたように感じられた。 いつもはスマホを見続けないと寝つけなかったのに、この時ばかりは、目を閉じた途端に気を失うようにして眠りについた。 ページトップ その2 ”1日目”(≫47~52) 了船長22/11/06(日) 23 04 16 もう一度ベッドの上で目が覚めたあとも、それはまるで釈然としない一日だった。 いつも通り朝の身支度を済ませて鞄を手に取るけれど、頭の裏がチリチリと小さく燃えているような感覚が止まらなかった。あんなものを見てしまったら、心配せずにはいられない。 部屋を出ると、なんとなく脚がキッチンの方に向く。ドアから覗いてみるともうそこにイチの姿はなく、何もなかったかのように片づけられていた。 唯一、イチのスマホだけが台の上に残っていた。それだけ回収して、鞄に入れる。手に取って画面に表示されたロック画面には、メモアプリのスクリーンショットが表示されていた。 どんだけマジメなの、あいつ。 スーパーへの買い出しのメモだろうか、食材の名前がずらりと、それも野菜ばかり書き連ねてあった。どうしてそんな食材ばかりが書いてあるのか、さっぱり分からなかった。 どうせ毎朝アホみたいに早い時間に起き出して料理するんなら、野菜料理じゃなくて美味しいもの作ればいいのに―― そのメモと今朝の惨状に思考が引っ張られてしまったせいか、授業にもトレーニングにも、まるで身が入った気がしなかった。どうせ普段から全力投球、って感じではないんだけど。 朝に時間をとてつもなく遅く感じた分、昼間の時間が逆に素早く過ぎていくようだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 一日の終わりに寮の自室へ戻ると、イチが自分のベッドに横たわって眠っていた。 てっきり病院か保健室に送られたのだろうと思っていたから、ドアを開けて目に飛び込んできた光景にギョッとする。 イチは顔を青くして、眉間に重そうな皺を寄せて、もがくように苦しそうな呼吸を繰り返している。時折、んん、とこらえるような声。脚が寝ていても痛むのか、と思ってかけ布団を少しめくって脚を見ると、綺麗に巻き直された包帯が目に入る。 どうして倒れてしまったのかは分からないけれど、なにかにひどく苦しんでいることは明白だった。 眉間の皺だけでもとってやりたいと思って手助けできそうなことを探すけど、まるで思いつかない。せめて、スマホだけでも充電しておこう。 カバンからイチのスマホを取り出して、サイドテーブルから伸びた充電ケーブルに差し込む。慰めるつもりで、オグリのぬいぐるみのすぐそばに置いておく。いつか皆で出かけた時に、私が取ったものだ。 私はクレーンゲームが楽しいから取っただけで、「サイドテーブルにでも置いとけば」とか言ってぬいぐるみ自体はイチに押し付けた。 タマセンパイも乗っかって、「アンタがこれ持ってき」と言っていた。 実際、イチがどれだけこれを気に入ってるのかは知らないけれど、時折手に取ってじっ、と眺めるときもあるから、少なくとも悪いようには思っていないハズ。 改めてぬいぐるみを見直すと、呆けたような、まるで罪のない顔が私を見返してきていた。 イチがやっているようにぬいぐるみとにらめっこをしていると、とんとん、と部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。 ドアの方に振り向いて、開いてますよー、と少し声を小さくしながら返事をする。 「突然すまない、お邪魔してもよいだろうか」 ドアを開けたのは、ぬいぐるみがそのまま大きくなったようなウマ娘――オグリキャップだった。ぬいぐるみと同じように、罪のなさそうな顔をしている。 部屋に入って来るやいなやベッドで寝ているイチに気付いたのか、驚きと心配が織り交ざった表情に切り替わる。 「やっぱりか」 「やっぱり?」 「今日はまだ、イチに出会っていなかったんだ」 そう言いながら、イチのベッドのわきに膝をつくように屈む。 「いつもは毎朝、イチに会うから」 「毎朝?」 オグリの言っていることがイマイチ飲み込めない。やたら早起きするイチが、どうやらオグリキャップと毎朝会っているらしい。 朝という言葉と、オグリの共通点を考える。早朝の自主トレに出ているのは有名な話で、こちらに移籍する前もとても熱心だったことはトレセンの皆が知っている。 私が黙り込んでいると、話が分からなかったと思ったのか、オグリが屈んだままこちらに向き直る。 「実は、毎朝お弁当を届けてくれるんだ」 「は?」 「ずいぶん前からだと思うんだが、私が早朝のトレーニングから帰ってくると待ってくれている」 並列するにはふさわしくない単語が二つ聞こえ、私の脳は輪をかけて考えることにリソースを割き始めた。朝に、お弁当。しかも待っているらしい。 朝からトレーニングするオグリに料理を届けるには、少なくとも同じ時間かもっと早くに起き出さなければいけない。今朝、イチが倒れていたのはキッチンで、エプロンをつけていた。 そもそも、どんな弁当を作るって言うんだ。この健啖家を弁当一つでおとなしくさせるには、とんでもない量を持っていくか、硬いとか味気がないとか、はたまた嚙み切れないような食材を使って、満腹中枢をひたすら刺激するしかない。 そんな食材、この世にあるワケ――いや、スマホのロック画面。 「その弁当って、野菜ばっかし?」 脳裏に浮かんだ仮説を確かめようと、やや興奮気味に質問を投げかける。 「そ、そうだ。イチから聞いたのか?」 オグリの反応を差し置いて、まるで推理小説のクライマックスを読んでいるときのような、謎が一気に解ける快感が脳の中を駆け巡った。 確定じゃあ無いけれど、イチの行動が腑に落ちた――わざわざオグリに野菜だらけの弁当を早起きしてまで差し入れているらしい。 そこまでやるなんて、やっぱり恋心か。嫌がらせのつもりでやるなら、他の人が見ているところで差し入れるほうが効果的なんじゃないだろうか。 「苦しそうな顔をしている…… 心配だ」 イチのおでこに手のひらを当て、顔を伏せている。 「まあ、たまたま貧血とかだったんじゃないの」 オグリの声で現実世界に戻ってこれた私の浮ついた返事に、うん、とオグリが頷く。 「立ち寄ったとこで悪いんだけどさ、イチのこと見ててくんない? シャワー済ませたい」 「分かった。モニーが戻ってきたら私の番だな」 イチをオグリに任せて、私は浴場へ向かった。 お風呂場まで来たものの、浴槽に浸かる気分でもなかった。元からじっくりお湯に浸るような性分でもないのも相まって、シャワーですませて浴場から出る。 髪と尻尾の水気を取りラウンジで少し休憩していたら、知り合いの子から「寮長が探してたよ」と話しかけられた。サンキュ、とだけ返事して寮長室に向かう。 朝よりは控えめに寮長室の扉を叩く。開いているよ、と声が響いた。 扉を開けると、腰かけていたフジさんが立ちあがって私を招き入れた。 「一日お疲れさま、モニーちゃん」 「ども、お疲れです。朝はありがとうございました」 「いいや、モニーちゃんのおかげだよ。とても助けられた」 お茶でもどうかな、とフジさんがポットにお湯を入れ始めた。水で大丈夫です、と返事する。 「イチちゃんの様子はどうかな」 「メッチャ苦しそうに寝てます。今はオグリが看病中」 「そうか…… 毎年、何人かはいるんだよね。無理をしてしまう子が」 自分の分のお茶と、私の分のお水を見つめながら声に出す。 「イチのやつ、いつもめちゃくちゃ早く起きてるんすよ。もっと寝とけばいいのに」 「そうなのかい?」 「どうも、オグリに毎朝弁当差し入れてるみたいです」 へえ、とフジさんが顎に手を添える。 「そんな頻繁に、どうしてだろうな」 「さあ、イチが起きたら聞いてみますよ。メニューも野菜料理ばっかしみたいだし」 「野菜?」 そう伝えると、フジさんは顎に手を当て、ふむ、と何かに考えを巡らせ始めた。 静かになってしまった部屋で水を数口飲んでいると、フジさんの視線を感じた。傾けたコップの影からちらりと覗くと、彼女と目が合う。予想していたけれど少しギョッとする。 「おんなじこと考えてますかね」 「もしかしたらね」 「無理しちゃう理由って、好きだからですか?」 「いや、憎いからという時もある」 はあ、と息を吐きだして椅子から勢いよく立ち上がる。 「水、ありがとうございました。オグリと代わってきます」 「そうしてきて。こちらこそ、来てくれてありがとう」 寮長室を出て、自室へ向かう。今朝走ってきたときと同じ道筋をゆっくり歩く。 あのマジメでお堅そうなレスアンカーワンが、オグリキャップに恋? 意外とカワイイところあるんじゃん。恋愛にはあんまり興味なさそうだし、なんならウブっぽく見えたけど。 部屋でイチの顔を見つめているであろうオグリを思い浮かべると、良いペアなんじゃないだろうかと思う。ライバルは多そうだけど。 自室の扉を開けると、果たしてそこには、私が思い浮かべていた通りにイチの顔をのぞき込むオグリがいた。 「お帰り、モニー」 「遅くなってゴメン、フジさんに呼ばれてた」 交代するよ、とオグリの肩を叩く。 「イチ、起きてなさそうだね」 「ずっと苦しそうだった」 寮長室で考えていたことが頭に引っかかって、私もオグリの横顔を意識してしまう。コイツ、マジで美人だな――ルームメイトが寝込んでいるというのに、少しばかり浮かれた気持ちになる。 部屋から出かかったオグリが、モニー、とこちらに振り返る。 「イチが起きたら、教えてくれ」 「あい、分かった」 オグリを見送ってばたん、と扉が閉まる。時折うめくイチと、部屋で二人きり。 消灯の時間ではないけれど部屋の電気を落として、スマホを手にベッドに横たわる。 おやすみを言う相手のいないさみしさの代わりに響く画面を叩く音。その日は、普段なら読み終わっても眠くならないネットの記事が読み終わる前に眠りに落ちた。 ページトップ その3 ”2日目①”(≫63~67) 了船長22/11/06(日) 23 04 16 薄明るい部屋で目が覚める。いつもならイチが開けるはずのカーテンは、今日もまだ閉まっていた。 身体を横に向けて隣のベッドを見やる。うずくまるような姿勢に変わっているけれど、相変わらず眠っているイチがいるだけだった。私はベッドから起き上がり、カーテンを開け放った。朝日が目にいきなり飛び込んで来て、思わず目を閉じる。 眩む目に視界が戻ってきたころ、部屋の変化に気付いた。スマートフォンの場所がズレている。一度は起き出して触っていたらしい。 もう一つ、妙な違和感を覚えた。サイドテーブルが広くなっている。正確に言えば、スマートフォンだけが机の上に乗っていた。側に添えていたぬいぐるみが消えていたのだ。 寝ぼけて落としたのかな、と思ってテーブルの裏を覗き込む。イチがマメに掃除するからか、ホコリも被っていない綺麗な床が見えるだけだった。 一体どうして――まさか、捨てた? ゴミ箱を覗き込んでみたけれど、何も入っていない。たまに見つめるくらいには気に入っているようだから、そんなワケはない、と心の中でつぶやく。もちろん、ベッドの下にもいなかった。 昨日の夜の寮長室の話が思い起こされる。恋か、その対偶か。 自分はてっきり、恋心だとばかり思っていた。不器用なマジメ屋さんのレスアンカーワンが、地方から来たヒーロー、しかも流行の中心人物に惚れこむ。かわいらしいストーリーだ。 けれど、本当はぬいぐるみを見えないところに捨てるほど憎んでいたとしたら――いやいや、それじゃあいつも見つめていたことの説明がつかないでしょ、と自分で否定する。 部屋の真ん中に棒立ちになって、目の前のベッドでうずくまるイチを見下ろす。私は、この数分間で、彼女のことが分からなくなっていた。 とりあえず、オグリには何も言わないでおこう―― 考えにふけっていた私の頭に、校内の予鈴が容赦なく時間を知らせる。私は何にもまとまっていない思考を部屋において、慌てて寮の玄関口へ向かって飛び出した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 釈然としない一日。それは昨日の話だ。今日は、受け入れ難い一日だった。 私は誰かのせいで自分のパフォーマンスが下がるような、そんなヤワなウマ娘じゃないと思っていた。これまでのレースも逃げまくって勝っていたから、私は一人で強くなれると信じていた。 そんな自分のアイデンティティを否定されたような気がしたからだ。ルームメイトがちょっと分からなくなったって言うだけで、小テストもトレーニングのタイムも何もかも、目に見えるように調子が落ちていた。極めつけは、私物のパソコンがエラーを出しまくったこと。――これは、私のせいじゃない。 どんなに調子が悪くても空腹感だけは一丁前に主張をしてくるようで、肩を落としながらカフェテリアの列に並ぶ。ハンバーグを見ると、またお腹がぐうと鳴る。 言葉通りつつくようにハンバーグを小さく切って、口に運ぶ。おいしいから、いいか。 こんな小ささで切ってたら時間がかかりすぎる――と思っていたら、おう、と声をかけられた。 「お疲れさん、モニちゃん」 「あー、タマセンパイじゃないすか。そっちはオグリ?」 そうだ、とおかずの山の向こう側から声が聞こえる。オグリが手に持っている食事量は、朝食を食べられていないからか、普段よりご飯もおかずもうず高く積まれているように見えた。 二人が机の向かいに座って、いただきます、と唱えて食べ始める。そういえば言ってないな、とばつが悪くなったので、いただいてます、と二人にならう。 「モニー」 「ん?」 「あれから、イチは起きただろうか」 オグリの目が料理の山の向こう側からかろうじて見えるくらい食べ進めたとき、オグリに質問される。部屋から消えたオグリのぬいぐるみのことを思い出し、本当のことを答えるかどうか少し逡巡とした気持ちになる。素早く口にハンバーグを放り込んで、噛んでいるふりをしながら考える時間を稼ぐ。 さて、どっちで答えるべきかな―― 「いや、見てないね」 「そうか……」 「クリークから聞いたで、えらいこっちゃな」 「寝返りは打ってるっぽかったけど、多分起き上がっては無いと思うわ」 それらしい理由を取ってつけて、ウソをつく。オグリは絶対に心配する。昨日の夜に会話したぶんだと、おそらく不調になるくらい落ち込むだろう。この私が堪えてるくらいだから、オグリはなおさらだ。 「イチちゃんなら大丈夫やって、オグリ。アンタに似て身体の丈夫な子やから」 「私もそう思う。だが、それでも心配だ……」 言葉尻に口が進むにつれ、オグリの箸の動きが遅くなっていく。言い切るころには、左手で持っていたどんぶりご飯をお盆に戻し、肩も首も落としてしまっていた。 「うわ、珍しいな」 悪気は全くなかったけれど、目の前の光景につい、正直な気持ちを呟いてしまった。 彼女の顔を見つめながら、オグリキャップが食事中に箸を止めるほどにまで、レスアンカーワンというウマ娘は彼女に影響を与えていることを知った。 「元気だしいや、オグリ。アンタが落ち込んでもイチちゃんが元気になるわけとちゃう。いつも通り食べて、イチちゃんが起きた後には、いつも通り迎えてあげようや」 タマセンパイの言葉に、うん、と少ししおれたような声で返事をしている。すると、ブルブルと震えた後にガタッと椅子から立ち上がり、腕を肩と同じ高さまで上げ始めた。 「ほっ、ほっ、ひっ、ふー」 「何それ」 「元気を出すおまじないだ。イチにも届いていたらいいな」 タマセンパイと二人で、呼吸をくり返すオグリを見上げる。見つめているうちに私たちにも、食べ進めるだけの元気が湧いてきた。 「なんか協力できることがあったら言ってな、モニちゃん」 「あい、ありがとうございます」 私は、いただきますを言い遅れたご飯の席で、ごちそうさまだけはみんな一緒に合わせて言うことができた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 扉の戸板を叩く。こんこん、という軽い音が響く。少し関西の訛りが入ったような返事が、扉の向こう側から返ってくる。 「はいはいはいー、と……お、モニちゃんやないか」 「お疲れ様っす」 入り入り、と扉を開けようとしてくれるタマセンパイの上から、それ以上開かないように手で扉を掴む。少し屈んで、耳に向かって小声でささやく。 「オグリっていますか」 タマセンパイは耳をピクリと動かし、声の調子を合わせてくれた。 「いや、今はおらんで」 「今、オグリが何やってるか知ってますか」 「風呂行っとる。行ったばかりやから当面は返って来んで」 あざっす、と声の調子を戻して返事する。タマセンパイも部屋の中に迎え入れてくれ、私はオグリの座るベッドに腰かけた。タマセンパイは自分のベッドの上であぐらをかくように座った。 「どしたんや、モニちゃん」 「相談に来ました、イチとオグリのことで」 うん、と準備していたようにタマセンパイが頷く。ヒソヒソ話をした段階である程度検討はついていたのだろう。 「どんな内容や」 「実は、イチが昨日――今日の夜中に、起き出してたっぽいんです」 私の言葉に、ホンマか! と驚いている。 「なんでそう思ったんや」 「昨日寝る前にイチのスマホを充電しといたんですけど、それがずれてたんです。あと、ぬいぐるみが無くなってて」 「ぬいぐるみ?」 「ちょっと前に、皆で外出した時にクレーンゲームで私が取って、タマセンパイがイチに渡したやつです」 うーん……と首を10度くらいだけ横に傾けた後、そんなんあったなあ、と言って目を見開く。思い出したみたいだ。 「置いてたとこの向こう側とかに落ちただけとちゃうんか」 「いや、ベッドの下まで探したんですけど、完全に無くなってて」 私の返事のあと、しばらく、部屋の中を沈黙が漂う。タマセンパイが腕を組んで、何か考えている。 「……まさか夜中のうちに、イチちゃんが捨てた言いたいんか」 「でもそれしかなくないですか?」 そうなんよなあ、と言って、天井を仰ぎ見る。 「そしたら今夜もまた起き出すかもしれんなあ」 「私もそう思うんすよ。だから見張りをつけたいと思って」 「寝ずの番かあ」 うーん……と、首を今度は縦方向に、けれど90度くらい傾けるようにして考え込む。 「フジがええって言うかやな」 「言いますよ、頼めば絶対」 前のめりに説得を図る私の姿勢に、タマセンパイが腕を組んだまま、先ほどよりも深くうなる。 ページトップ その4 ”2日目②”(≫71~75) 了船長22/11/08(火) 23 09 36 「ま、頼んでみよか」 しばらく悩んでいたタマセンパイが顔を上げる。私もその返事が嬉しくて、思わずベッドから立ち上がった。顔色を伺う限りいささかの心配は残っているようだけれど、腹を決めてくれたらしい。 「モニちゃんだけで一晩中はしんどいやろ、何人か協力してもらおか」 「助かります、クリークちゃんは乗ってくれると思います」 「クリークなら安心やな。オグリも心配やろうし、戻ってきたら当番決めよか」 「ダメ!」 タマセンパイが出した名前に、私は反射的に食いついた。驚いたタマセンパイがベッドの上で小さく跳ねる。 「オグリはダメです。呼んじゃマズい」 「なんでや」 「なんでもです。話がややこしくなるんで」 「どういうことや」 「どうしても」 理由を知ろうとして、タマセンパイから繰り返し飛び出してくる質問すべてにノーを突き付ける。私はタマセンパイが折れてくれるまで同じ流れを反復した。 そうこうしている内に、ただいま、という声と一緒に湯上りのオグリが帰ってきた。私たちはヒュッと息を吸って黙り込み、目線だけを合わせてこれまで何もなかったように振る舞う合図をした。 「やあ、モニー」 「おす、ジャマしてるよ」 「二人ともどうしたんだ、そんなに肩を張って」 「なんでもないねん、ほな、ちょいと出かけてくるわ」 あまりにも不自然な流れで、タマセンパイが部屋の外に出ようとする。 「どこに行くんだ?」 「あ~、ちょいとフジに用があんねん」 「私も行こうか、タマ」 ついてこさせちゃゼッタイにマズい。私は慌てて会話に割り込む。 「いやいやいやいや、私が行く。部屋戻らなきゃいけないし。あ~、オグリはその、尻尾と髪、乾かしときな」 「分かった。あっ、そのまま部屋に戻るのか?」 「うん」 「少しだけ待っていてくれないか」 そう言うと、オグリはドアを閉めることすら忘れ、半開きのまま部屋を飛び出していった。タマセンパイと顔を見合わせて、安堵のため息を一つつく。扉を締め直しながらタマセンパイがつぶやく。 「ウチらの息、ぴったりやったな」 「助かりました」 「理由は知らんけど、オグリに聞かれたらよくないらしいっちゅうことだけは分かったからな」 この辺の察しの良さはさすが年長者だ。一つしか違わないなんて思えないほどしっかりしている。 「今のうちにクリークに連絡しといてくれへん?」 私はスマホを取り出して、寮長室まで来てもらうように手早くメッセージを打ち込んで送信した。たまたまタイミングが良かったのか、すぐに『わかりました』と返事が返ってくる。 オグリに言われた通り、部屋で待ち始めて5分。もう行っちゃいませんか、と言おうとしたまさにそのとき、慌てた様子でオグリが戻ってきた。 「待たせてしまってすまない。これをイチに届けてくれないか」 手に持った白い花を一輪、私に差し出す。タマセンパイも目を丸くして花を覗き込んでいる。 「どこから持って来たんや」 「美化委員の人に貰って来たんだ。何か、お見舞いに合うものは無いかと頼んできた」 「ガーベラか。ええ色やな」 白いガーベラを注意深く受け取る。しっとりしているが、上に向かって伸びる花弁を見つめながら、私はこの花が「ガーベラ」という名前を持っていることしか分からなかった。 それでも、目の前にいる二人の毛色に似た光を放つそれは、たとえ一輪でも強い意志と希望を感じさせていた。 「部屋に花瓶、あったかな」 私の独り言に、オグリがはっ、と息を呑む。 「そ、そうか。すまない、また少し待っていてくれるか。すぐ借りてくる」 言いながら後ろを向き、また今にも部屋を飛び出そうとするオグリの腕を、タマセンパイが掴む。 「ええってええって、フジに言うたら借りれるやろ」 「そうそう。花、ありがと。イチのベッドの側に置いとくよ」 「よろしく頼む。早く、良くなってほしいな」 「それじゃ、おやすみ」 「ほな、ちょっとの間だけ留守番頼むで」 オグリに軽く手を上げ、タマセンパイの部屋から立ち去る。私たちはフジさんの部屋に向かって、真っすぐ歩きはじめた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 昨日の夜とほぼ同じ時間、また寮長室の、しかも同じ椅子に私は座っていた。淹れてもらった水も同じくらい減っていた。昨日と違うのは、机の上にガーベラを差した花瓶が置いてあることと、私の側にもう二人生徒がいること。 「つまり、夜、イチちゃんが起き出しているかもしれないから、皆で看病したいということだね」 そうです、と私は間髪入れずに答える。クリークちゃんも私の隣で、うんうんと頷いてくれている。 「脚を切ってしまったのに、お医者さんのOK無しで歩き回るのは危ないですから、すぐ近くに誰かいたほうが良いと思うんです」 毅然とした声と面持ちでクリークちゃんが意見する。いつものふんわりとした、語尾を伸ばすような喋り方からは想像できない、固い意志を感じさせる調子だった。 ゆっくりと私たちの話を聞きこんでいたフジさんが、おもむろに口を開く。 「モニーちゃんの話だと、イチちゃんはオグリのぬいぐるみを自分でどこかに置いてきてしまった……」 そうつぶやくと、ふむ、と顎に手を当てて何かを考え始める。 「部屋にはぬいぐるみは無かったんだよね?」 「ゼッタイ無いです。部屋の外にあるのは間違いない」 「イチちゃんの脚の傷の様子は見たかい?」 「見てないですけど、ぬいぐるみをどかしたいだけならベッドに寝たままでもできますよ。部屋の外に出すには歩くしかない」 そうだよね、とフジさんがもう一つ小さくつぶやくと、また考え込むモードに入った。 机の上に視線を向けるフジさんを見つめながら、私は昨日の話を思い出していた。この学園の子が無理をしてしまう理由は二つ。好きだからという理由と、憎いからという理由。 今朝の出来事が起きるまでは、「まさか、イチに恋バナがあるなんて」と無邪気に楽しんでいた。しかし、改めて一つ一つ状況を解きほぐすと、もしかしたらもう一つの方だったのかもしれない、と思わざるを得なくなってきた。 それまで傷つける素振りも無かったものに人に知られず手をかけたくなるような衝動の名前を、私はまだ知らない。私はそれが怖くて、それに従ったイチのことも少し不気味に思ったし、心配にもなった。 それを知りたい気持ちと、それは違うと言ってやりたい気持ち。その二つが私の中でせめぎ合っていた。 「……分かった。看病してもいいよ」 じっくり考えていたフジさんが顎から手を外し、私たちを見る。 「ありがとうございます。良かったぁ」 クリークさんが安堵したように、いつもの口調に戻る。そのゆったりとした響きが、私たちの気持ちにもいくばくかの安心感をもたらした。しかし、私たちの緩んだ気持ちを律するように、フジさんの凛とした声が部屋に響く。 「ただし、あんまり遅くまで起きているのは良くないから、午前3時までにしよう。3時間ずつで交代にして、11時から午前1時までがモニーちゃん、1時から3時まではクリーク、タマモ先輩は……」 「ウチはオグリの番やったるわ。慌てて何かしたがるかもしれんし、そっちのストッパーになる」 うん、とフジさんが頷く。 「クリークは途中からになるけど、それまでに何か準備とかはせず、きちんと休むんだよ」 「はい、わかりました~」 「何かあったら、必ず私に知らせてね。良いことでも悪いことでもいいから。常に起き出せるようにしておくよ」 作戦会議は着々と進み、各々の役割が決まる。連帯と使命感が私たちの間で共有され、不思議な熱気を醸し出していた。 ページトップ その5 ”2日目③”(≫82~86) 了船長22/11/09(水) 22 50 40 「あのっ」 その熱にあてられてしまったのか、私は思わず声を上げて真っすぐに立ち上がり、全員の顔を一瞥する。その場にいる全員の目が私に向く。そのまま、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるのを感じながら頭を少しだけ下げた。 「みんな、ありがとう」 「そんな、どういたしまして~」 「モニちゃんが言うてくれんかったらこうはならんかったんや、気にせんでええって」 「そうだね。モニーちゃんのおかげだ。素直に助けを求めてくれて、ありがとう」 三人の言葉に、ますますばつが悪い心持ちになってしまう。『誰かのために、他の誰かにお願いをする』という経験も気概も無かったからだ。 そんな場の空気を初めて吸った肺と脳が、情報を処理しきれずに混乱する。 「別に、そんなワケじゃ」 「モニーちゃんのおかげです、いいこ、いいこ」 「ちょっと、何」 「うふふ、よく頑張りましたね」 クリークちゃんが、まるで子供をあやすかのように目線の高さまで膝を曲げて、頭を撫でてくる。 別に、頑張ってなんか――むしろ、他人に自分のできないことを投げつけただけだ。タマセンパイもフジさんも、目元を緩めながらこちらを見るだけで止めようとは一切してこなかった。 「ああもう、解散解散。皆やることわかってるっしょ」 せやな、と言ってタマセンパイが椅子から降りて寮長室を出る。クリークちゃんは私の頭を撫でる手を止めることは無かったが、ドアの方に身体を向けてくれた。 タマセンパイに続こうとして、フジさんに呼び止められる。 「モニーちゃん、忘れ物だよ」 振り向くと、花瓶を指さしていた。両手で持ち上げて胸の高さで支える。ガーベラの花が口元まで届きそうになる。 「モニーちゃんは、ガーベラの花言葉を知っているかい」 「知りません」 「希望、純潔、律儀。清らかで明るい未来を示し、誠実さも込められているんだ。そこに、本数によっても意味が加えられる」 「そうなんですか。一本だとどういう意味なんです?」 私の質問に、フジさんは一拍間をおいて、立てた人差し指を自分の口から鼻に向けて添えた。 「『あなたは私の運命の人』」 「マジ?」 飛び出た言葉に驚き、敬語も忘れてしまった。 「うん。オグリがそこまで知っているかどうかは、分からないけれどね」 じゃあ気を付けて、と言われ寮長室を出る。美化委員の子も知らないんだろうな――と思いながらクリークちゃんとも別れ、私は自室に戻った。 寮のあらゆるところで、消灯を知らせる放送が響く。その音を合図に、電気を消して静かになる部屋と、明かりを灯しっぱなしであんまり静かにならない部屋がだんだんとはっきりしてきて、そのうち誰かに怒られて静かになる。 許可を貰った事実上の夜更かしができる非日常感とイチへの気がかりな心、好奇心がごちゃ混ぜになり、私は妙な興奮を覚えていた。クリークちゃんの来る25時まで起きて様子を見なければいけない。 部屋の電気を消す直前、イチの顔を見やる。苦しそうな呼吸音と眉間の皺は、まだそこでイチのことを押しつぶしているようだった。 パチン、と軽い音を立てて部屋の電気が消える。いつも通りの暗さにならず、軽い違和感を覚える。部屋を見回して、いつもは閉まっているカーテンが開けっ放しになっていることに気付いた。 この部屋のこと、実はイチに任せっぱなしだったのかな――少しだけ反省する気持ちが生まれてきた。次から、カーテンは自分で閉めるようにしよう。 その習慣の一歩目として、試しにカーテンを閉めてみた。部屋がいつもの暗さに戻る。 ぴったりと閉め損ねたカーテンの隙間から覗く月光に照らされた白いローズマリーと花瓶が、サイドテーブルの上に虹色の光を落として暗い部屋の中で淡く浮かび上がっていた。 私物のパソコンの電源を入れ、読む気もない記事を片端からクリックしては閉じていく。そのうち、トレセン学園のホームページにたどり着いた。 特集はもちろん我らのヒーロー、オグリキャップ。クリークちゃんもいるし、イナリの名前もあった。同情するべきか、翌年にクラシックを迎える後輩たちのニュースのスペースは気持ち小さくなってしまっていた。 注目の子の名前はドクタースパート、サクラホクトオーに、『続け葦毛の伝説に』と大仰な見出しを載せられているウィナーズサークルという子たちらしい。ずいぶん田舎っぽい服装と顔立ちで、アワアワ、という声が聞こえてくるような、困ったような笑顔を浮かべている。 そんな見出しを書かれてはいるけれど、まだ未勝利戦にしか出場していない。レースの動画ではいい走りをするのに、ゴール手前で力が抜けて1着を逃している。勝つ気が無いのかと思う。 申し訳ないけど、この子たちのこと知らなかったな―― まだまだ知らない後輩たちの名前を見つめながら、イチと時計の進みを交互に見比べる。どちらも動いていないのではないかと思うくらい、時間が長く感じられた。 この調子で、あと2時間以上も耐えなきゃいけないのか。少しずつ迫りくる眠気と必死に戦いながら、イチとパソコンの画面を交互に見る。 そんな真面目にトレーニングしたわけじゃないのに何でこんなに疲れてるんだ、と思ったときにはもう、私の意識は自分の身体から離れていた。 ヤバい、寝てた! 役割を思い出した脳が覚醒する。私の身体はバンジージャンプで飛び降りたあと、伸びきったロープが反動で戻るようにして文字通りに跳ね起きた。 慌ててイチを見る。姿勢が若干変わっていたけど、スリッパも毛布も、大きい変化はなかった。軽い動悸がする胸を落ち着かせながら時計を見ると、1時53分を示している。 いっけね、もうすぐクリークちゃん来るじゃん――と思った矢先、こんこん、と控えめに戸が軽い音を立てた。 パソコンを急いで、でも音を立てずに机の上に置き直して扉の方に向かう。スマホの光を懐中電灯代わりにして床を照らしながら、クリークちゃんを迎え入れる。 「おつ」 「お疲れ様です~。イチちゃん、大丈夫そうでしたか」 「わるい、寝落ちてた。いつからも分かんない」 「あら、一日大変でしたもんね」 「なんか体力無くなってて。ゴメン」 「交代して私に任せてください~。しっかり休んで、元気いっぱいです」 クリークちゃんがおどけて力こぶを作るふりをしている。 「さすが」 「見ててくれてありがとうございました、代わりますから、モニーちゃんはもう休んでください」 お言葉に甘えて素直にベッドの上で寝そべった。 「椅子、使って。膝掛けはイチのやつがそこにあるから使っちゃえ」 「分かりました。自分のを持ってきましたから、大丈夫ですよ」 ふわぁ、と自分の口からあくびが漏れる。ここ二日間の出来事で、元々の体力が削られているのかもしれなかった。 「それじゃ、先におやすみ」 「おやすみなさい、モニちゃん」 掛け布団の中にもぐりこんで、また目を閉じる。椅子の上でうたた寝していた時と同じように、私はするりと眠ることができた。 ページトップ その6 ”最終日①”(≫93~97) 了船長22/11/10(木) 22 13 05 光を感じて目が覚める。一度深夜に寝落ちていた分、幾分かゆっくりと起きることができた。 上半身を起こして部屋を見回す。クリークさんがどのあたりで看病していたのか分からなくなるほど、整頓して部屋をあとにしていたようだ。椅子も膝掛けも元通りになっている。 ベッドから立ち上がってイチの様子を見る。額の苦しそうな皺は取れ、顔つきも柔らかくなっていた。掛け布団のへりは曲がることなく真っすぐな姿勢で眠っており、呼吸も穏やかなものになっていた。 クリークさんが上手いことやってくれたようだ。 良かった―― 肩と頭の先に感じていた重みのようなものが、すうっと晴れたような気持ちになる。制服に着替えるために腕を上げると、昨日おとといより幾分か軽い力で高く持ち上がる。 「心配かけんじゃないよ、不器用なクセに」 思わず口からこぼれた言葉は、幸い誰にも聞かれることなく、部屋の壁に吸い込まれて消えていった。 「おはようございます、モニーちゃん」 挨拶に振り返ると、一体いつまで起きていたのか、やや疲れが見える笑顔でクリークちゃんが手を振っている。 「うわ、平気?」 「はい。あの後、イチちゃんが起きてくれたんです」 「やっぱり。朝起きたらイチの姿勢がやたら良かったから、上手くやってくれたのかなって」 「少し怖がっていた様子がありましたけど、ご飯も食べてくれて。ちょっとだけ叱っちゃいました」 そう言うと、クリークちゃんはへこんだような面持ちになる。 「どうせ何か、勝手に思い詰めて自滅してたとかでしょ? クリークちゃんが落ち込む意味無いって」 「そうでしょうか……私も少し、頑固になっちゃいました」 「いいっていいって、私たちにこんだけやらせておいて、叱られないなんて方がおかしいんだから」 この子は火山みたいに怒りを噴火させないんだろうけど、グツグツと煮えて、我をしっかりと通すタイプなんだろうと感じる。一番怒らせたくない。 「イチちゃんに食後の休憩をしていて欲しくて洗い物まで済ませていたら、寮長さんに『起き過ぎだよ』って怒られちゃいました」 「そりゃそうっしょ。夕飯作って食べさせてるところまででも大変だってのに」 ふわぁ、という音がクリークちゃんから聞こえて顔を見上げると、恥ずかしそうに口元を手で隠して涙目になっている。らしくないけれど、あくびを我慢できなくなるくらい遅かったようだ。 改めて感謝の意を伝え、教室に向かう。歩きながらも時おり口元を隠す仕草をする彼女は、『天才』と呼ばれる高速ステイヤーではなく、どこまでも人のために優しい、等身大の一人の学生だった。 夕方になって用事を概ね済ませた私は、トレーニングも放り出して寮長室へまっすぐ足を向けていた。 もう慣れた手つきでドアを数回叩き、フジさんの返事を待って扉を開ける。椅子に深く腰掛けていて、クリークちゃんと同じく、少し疲れが残って見える表情をしていた。 「一日お疲れ様、モニーちゃん」 「お疲れです。どうしたんすかその顔」 私の質問に、「いやあ、少しね」と困ったような笑顔を浮かべる。 「昨日の夜、寝ました?」 「それがね……イチちゃんが起きたのは、もうクリークから聞いたかい?」 「はい。フジさんに怒られたってところまで聞きました」 私の指摘に、『困ったな』と言わんばかりの表情を作る。 よくよく考えると、時間を過ぎて世話を焼いたクリークさんもやりすぎだけど、それを夜のうちに叱ったフジさんは一晩中起きていたってことになる。いくら寮長とは言え、身体の調子をおかしくしてしまいかねない。 「フジさんは結構変なほうですけど、ずっと起きてたのはバケモンすよ」 「モニーちゃんの言う通り、今日はちょっと大変な日だったね。うっかり居眠りしそうになってしまったよ」 にこやかに笑っているけれど、話がすれ違ってしまって上手く噛み合わない。寝不足はフジ寮長の調子すらおかしくするのかと感心してしまう。 質問を直球で投げかけるべきだと思った私は、知りたいことをそのままぶつけることにした。 「イチ、どうでしたか」 何か反応を引き出せるんじゃないかと狙いをつけて、ワザと浮ついた質問にする。ところが、笑顔をほんの少しだけ緩めただけで、表情に大きな変化は表れなかった。 「自分の中で気持ちが混乱していただけだったよ。正義感の強い、とっても良い子だ。自分のことを悪者にしたがる節もあるけれど」 青く透き通った目が遠くを見やるように壁を見つめる。私たちを見守る、優しさにあふれた目だった。 「……よく分からんけど、とりあえず大丈夫そうなんすね」 「うん。あとは、当人たちで解決できると思うよ」 「オグリとイチで?」 私がフジさんの提案に驚いていると、それに合わせたかのようにコンコン、とドアをノックする音が響いた。 「入るでー。お、モニちゃんもおったんか」 「タマセンパイ」 「お疲れ様、トレーニング終わりに呼んでしまってゴメンね」 かまへんかまへん、と手をヒラヒラさせながら私の隣に腰かける。ちょこん、という効果音を鳴らしてやりたい。 「今、なんや失礼なこと考えとらんかったか」 「え、すご。エスパーっすか」 「否定せんかい!」 タマセンパイが噛みついてくるも、どうにも滑稽さのほうが目立つ。逆に笑いがこみあげてきた。それを見て、また噛みつく。 ハイハイ、とフジさんも笑いながら会話の間に入ってくる。 「本題に戻ろう。結論から言ってしまうけど、モニーちゃんには今晩、部屋を一日だけ交換してもらおうと思う」 「交換?」 「オグリをモニちゃんの部屋に送って、二人で話し合わせようってことやんな」 「その通り。寝起きに顔を合わせても、オグリならヒートアップすることは無いだろう」 「イチが昨日の――正確には今日ですけど。夜どんな様子だったか知りませんが、ホントに大丈夫ですか」 私の疑問に、フジさんが一つ頷く。 「大丈夫。イチちゃんについては、モニーちゃんも良く知っているだろう」 そりゃあ、別に暴れたりするタイプじゃないけど――逆に、何も言わずに閉じこもって、事態が変わらなくなる可能性は捨てきれないとも思う。 「オグリはああ見えて結構ガンコなところもあるからな、何かしら突破口は見つけるやろ」 タマセンパイの助言を聞くと、一抹の不安は残るけど、それもそうか、という気持ちになった。呆けているようで、ズンズンと踏み込んでいくのがオグリの強みだ。 決まりだ、とフジさんが手を叩く。椅子から立ち上がって、部屋を出る準備をし始めた。 「オグリは今どこに?」 「まだトレーニング中やけど、そろそろ夕飯食べるころやな」 「オグリには私から伝えておこう。モニーちゃんとタマモ先輩は準備を整えておいて」 私たちも席を立つ。 「モニちゃんはもうメシは済ませたんか」 「はい。あとシャワー浴びてくるだけです」 「シャワーだけとちゃうて風呂に浸かってき。どうせオグリもすぐには戻ってこんし。ほな、また後でな」 別に疲れてないし、シャワーだけで構わない。 そう思って寮の浴室でいつも通り身体を洗っていたが、ふと、タマセンパイの言葉を思い出してお湯に浸かってみた。足先から恐る恐る水面に触れると、熱くてびっくりする。 暑苦しくてメンドいな、と思っていたけれど、慌てた様子の他の子たちに「お風呂で寝たら死んじゃうよ!」と叩き起こされるまで、自分の体力が尽きていたことに気付いていなかった。 ページトップ その7 ”最終日②”(≫103~105、109) 了船長22/11/11(金) 22 46 53 まだ湯上りでふらつく足元で浴室から部屋へ戻ってくると、自室のドアの前でソワソワと動き回る影を見かけた。 「何してんの、オグリ」 「ああ、モニー。お帰り。フジからここで待つように言われていて……」 ドアノブをゆっくり回して、音を立てないように部屋へ入る。オグリを招き入れると、イチが視界に入ったのだろう、私の横を大きめの歩幅で通り過ぎてベッドの側へ駆け寄った。そのままイチのおでこに手を当てている。 「昨日より落ち着いてるでしょ」 「うん。顔色も良くなっている」 オグリの横顔を覗くと、心の奥底から本当に安心したような、優しい表情をしていた。私は自分の身支度を整えながら、背中越しにオグリに質問を投げかける。 「フジさんからなんて言われたの?」 「『イチちゃんと決着がつくまで一緒にいてね』としか言われていないんだ。モニーは何か聞いているか?」 「う~ん……まあお互い、腹割って話してみてほしいわ。私じゃ聞けないこともあるだろうし」 手早く充電ケーブルとパソコンをまとめて、脇に抱える。 「モニーではなく、私が?」 「そう。私も正直、イチのことよくわかんないんだよね。良いやつなんだけどさ」 「そうなのか……分かった。任せてくれ」 それじゃあ、と言って部屋を出ようとする直前、オグリに呼び止められた。 「イチを任せてくれてありがとう、モニー」 真っすぐな目でストレートに気持ちをぶつけられた私は、思わず目をそむけた。 「別に、毎朝会うほど仲いいんでしょ。私よりイチのこと、詳しいじゃん」 そう言うと、オグリが顔を伏せ、さっきまで頼もしかった表情を暗くした。 「……実は、私はイチのことを良く知らないんだ」 「え?」 ゆっくりと息を吸いながら、重々しく言葉を紡ぐ。 「いつも、イチから色々なものを貰うんだ。お弁当だったり、応援の言葉だったり、元気も……だが、私は何もイチにお返しできていない。私は……イチの名前も知らないんだ」 「イチの本名ってこと?」 「そうだ。何か聞こうと思ったり、手伝おうとすると、いつも逃げられてしまう」 もしかしたら、と小さくつぶやいた後、耳を力なく前へ垂らしてベッドの側に膝をつく。 「嫌われてしまっているのかもしれない。貰ってばかりで、何かをしようとしている私に、愛想を尽かしているのかも」 そう言って落ち込んでいるオグリを見ていた私は、なんだかムカついていた。なんなんだ、この二人は。全くお似合いじゃないか。 イチもオグリもまるで鈍感だ。どんなに昔のラブストーリーでもこんな登場人物はいないだろう。なんせ、話が進まない。 私はまだ、この学園でそんなことしてくれる人に出会っていないのに――なんなら私の方が長く、イチと一緒にいたはずなのに。 そんなことを考えている自分にも攻撃的な気持ちが募っていた。自分のこのイライラと、これまで自分が積み重ねてきたことが反発しているから。 自分から相手を排し一人で強くなろうとしてきたんだから、そりゃ誰にも深く好かれはしない。そんなことはわかってる。 でも、実際に目の前で『うまくいったとき』の世界を見せつけられると、それはそれでどうしようもなくムカつく。 しかも本当のところ、イチはアンタのことを憎んでいるんだぞ―― 「ねえ、オグリ」 少しだけ棘のある声が自分の口から飛び出す。はっとした様子で、オグリが素早く顔を上げる。 「今夜中に解決してよね、マジで」 「うん。任せてくれ」 真剣な表情と一緒に返事が返ってくる。やり場のないムカムカにブーストがかかる。 じゃあ任せたから、とだけ言い残して、私は足早にタマセンパイの部屋まで向かった。 「お疲れです、ジャマします」 「おーモニちゃん、よう来たな」 少しだけ乱暴にドアを開けた私に、タマセンパイが目を丸くする。 「……どしたんや、なんかあったんか」 「別に、何でもないですッ」 「小指でも打ったんか」 「廊下を歩いてきたんだから、ぶつける所が無いですよッ」 喋りながらズンズンと大股で部屋に入り、空いているベッドに座り込む。そのままパソコンのケーブルを引っ張り出して本体とつなぎ、空いている電源を探す。 オグリの充電器引っこ抜いてええで、とタマセンパイが助言をくれた。素早く抜いて、私の分を差し直す。 「イチちゃん起きとったか?」 「いーや。まだスヤスヤしてます」 「……なんや、カリカリしとるなあ」 つっけんどんな私の口調が理解できないのだろうか、少しばかりの間をおいてタマセンパイが声を発した。振り返って見ると、手にはスナック菓子の袋を持っていた。 「せっかくやし、モニちゃんも食べるか?」 「貰います」 にんじんチップスを手のひらに乗せてもらって、一息に口の中へ放り込む。 「そんないっぺんに食べたら勿体ないやろ! 大事に食べや」 そういうタマセンパイは有言実行か、一つ一つつまみ出しては二回に分けて食べている。 「……イチがあんなに好かれてるって知らなくて。私もまあ頑張ったのに、なんかヤだなって思っただけです」 「まだイチちゃんはモニちゃんが頑張ったって分からんからなあ。起きてからちゃんと話せばええ」 タマセンパイが、ほれ、と言いながらまたお菓子の袋をこちらに出してくれる。受け取ろうとして手を差し出すと、袋を引っ込めて反対の手で握ってきた。 「うわッ」 「モニちゃんはよう頑張った。誰かに何か頼むの、得意じゃないタチやろ」 私は何も言わず、タマセンパイの手を見つめる。 「うちらもモニちゃんのこと、あんまりよう知らんかったからな。イチちゃんもどうやらお堅いだけのマジメってわけちゃうみたいやし、良かったなあってフジとも話しとったんや」 「……急に先輩風吹かせないでください」 「風も何も、こちとら稲妻サマやぞ。おおきにな」 誰かに頼りたくないのは、こういうのに慣れていないから。 いい結果ってワケでもないのに、褒めちぎられるのは気恥ずかしい。私だけが私の機嫌を取ればいい。 でも、タマセンパイにこうやって褒められるのは、悪い気分じゃない。 誰かと対話することを面倒臭がらないで、ちゃんと対話して、歩み寄る。 キザな考え方でホントは怖がってる気持ちを誤魔化さないで、必要な時にはきちんと頼る。 自分ばっかりの責任じゃ、できないこともある。 パソコンを脇に置いて、タマセンパイの手の上に重ねる。 「今日まで、ありがとうございました」 「大したことやないで、モニちゃん。今度はトレーニングの手伝いでも、やらせてもらおかな」 「イヤっす。絶対勝たしてくんないから」 イチのおかげで自分の殻を破れた私は、きっと少しだけでも、成長できたのだと思った。 了 ページトップ その8(≫155~159) 了船長22/11/20(日) 23 20 39 「優等生サマ」は今日、帰りが遅くなるらしい。ドアの脇にかけられた、時の流れをイヤでも感じさせるほど色の抜けたホワイトボードが、私に語りかける。 別に、その優等生サマがとうとうグレたから、とかじゃない。無知なフリをできないくらいには、その優等生サマと一緒に過ごしてきたつもりだ。 中央の学生、特にレース専攻で選手として走る私たちは、求められたならそれを満たせるくらいにトレーニングに励まなければいけない。ひいてはそれがファンの人――沢山いるわけでは無いケド――の笑顔にもつながるから。最初の話題には上がらないけど、3次会くらいで「そういえばあの子すごいよね」くらいのレベルにつながれば、まあまあ嬉しい。 話を戻すけど、優等生サマで私のルームメイトが遅くなる理由は、ナイターレースに慣れるよう夜のコースを走り抜く練習をするから。地方のトレセンが主催するレースでは、夜遅くまでレースをする。珍しいことじゃない。「未成年を夜遅くまで走らせるなんて、どういうことだ」なんてくだらん口喧嘩する大人もいるにはいるけど、私達はやりたくてやってるんだから口出ししないでほしい。 もちろん、遅くまでかかる練習はめちゃくちゃ疲れる。やっぱりこう、日が照らすうちにサボれるわけじゃないから、もう意外と辛いのにめちゃめちゃ追い込まないといけないから消耗が激しい。次の日の学科でうとうと船を漕いでる子がいたら「ああ、あの子は昨日、夜練だったんだな」と先生たちも配慮してくれるくらいには体力がなくなる。そんなときだけは先生に感謝です。でも小テストの量とクオリティ、落としてほしい。 ルームメイトが帰って来ないと分かった私は、いつも使っている、すっかり耳に馴染んだワイヤレスイヤホンを嵌めた。トレセン学園の合格が決まって、私以上に喜んでるパパとママに頼んだらするりと買ってくれた、ミドルクラスのイヤホンだ――ルームメイトに値段を話したら、「高くない!?」って驚くくらいの価格だけど。 もちろん、遅くまでかかる練習はめちゃくちゃ疲れる。やっぱりこう、日が照らすうちにサボれるわけじゃないから、もう意外と辛いのにめちゃめちゃ追い込まないといけないから消耗が激しい。次の日の学科でうとうと船を漕いでる子がいたら「ああ、あの子は昨日、夜練だったんだな」と先生たちも配慮してくれるくらいには体力がなくなる。そんなときだけは先生に感謝です。でも小テストの量とクオリティ、落としてほしい。 ルームメイトが帰って来ないと分かった私は、いつも使っている、すっかり耳に馴染んだワイヤレスイヤホンを嵌めた。トレセン学園の合格が決まって、私以上に喜んでるパパとママに頼んだらするりと買ってくれた、ミドルクラスのイヤホンだ――ルームメイトに値段を話したら、「高くない!?」って驚くくらいの価格だけど。 曲のサビに近づくにつれて、私の身体の揺れはどんどん大きくなっていった。もっと、もっとだ。私を満たせ。脊髄反射で動く身体が、思わず涙を流すくらいに、絶体絶命なまでに私を追い込め。 右手に握った端末の音量ボタンを大きくする方に数回連打する。単純明快だ。大きければ大きいほど、私を気分良くしてくれる。部屋の真ん中で、悦に浸れる。 正味なとこ、レースはだりいし脚は痒いし、終わったあとはめちゃくちゃしんどい。でも私は、私達はどういうわけか、それを止められない。走りたくて、なおかつ勝ちたい。一人勝ちできるならそれに越したことはない。私がレースで先頭を走り続ける理由はこれだ。一人で戦って一人で勝てば、誰も文句は言ってこない。 私の膝が音に合わせて曲げられては、また伸びてを繰り返す。身体はどんどん心地よい音に身を任せていった。 そうしているうち、少し落ち着くような緩急をつけてから、最後の大サビに入る。繰り返されるメロディと韻を踏んだ歌詞、速いテンポが大きな波となって私をトレセンの寮室ではないどこかへ運ぶ。それに合わせて、身体の揺れは大きくなっていく。私は自分の世界にすっかり浸りきっていた。 気持ちいいな―― 満足感と一緒に、ボーカルの吐息と共に音楽が終わる。すべてをやり遂げた気持ちで、太ももに心地よい疲労感も覚えた私はイヤホンを取り、寮室の天井を見つめた。トレーニングもレースも辛いけれど、時折こんな気持ちにひたれるのであれば、もう少し続けてやってもいい。 「モニー、今なら聞こえるだろうか」 背後から飛びかかってきた予想外の音に、私は鳥肌を浮かべながら跳び上がった。きっと、みっともないような声も上げていたと思う。 「その、何か辛いことがあったのなら、相談に乗るぞ」 脂汗を耳の先から流しながら振り返ると、果たしてそこには、すっかりニュースの写真で見慣れた葦毛のスーパーウマ娘が、困惑しきった表情で立っていた。 「イチにも言えないことなら、私が聞ける。大丈夫か?」 一人で最も気持ちよくて、最も誰かに見られたくない姿を目撃された私は、レースで発揮する集中力さながらに、部屋を最大速度で飛び出した。 了 ページトップ その9(≫179)≫177より派生 ≫177 二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 20 34 25 タキオンの薬で幼児化してしまったオグリ(ハツラツ)を餌付けするイチちゃん・・・ 了船長22/11/25(金) 03 54 23 ≫177 「前回までのあらすじや」 「ある日朝起きたらオグリがちっこくなっちまってさぁ大変、こんな時に限って肝心のクリークはレースで不在、とんと大変なことになっちまった。タキオンのヤツをとっちめなきゃなあ」 「騒ぎを起こさないために、何故か私とイチの部屋で預かることになったってワケ。……なんで?」 ◇◇◇◇◇◇◇ 「おねえちゃん、だあれ?」 「わ、私は……イチ。イチっていうの」 「イチ? イチおねえちゃん?」 「そうよ。ええと、よろしく、お願いします」 「うん! よろしくね……わあっ」 「あッ危ない、大丈夫? 痛くない?」 「……うう〜」 「痛かったわね、泣かないで。ほら、よいしょ! ……ね、あなたは強い子だから。そうだ、あなたのお名前は?」 「ハツラツ」 「は、ハツラツ?」 「オグリキャップだけど、おかあさんはハツラツって呼ぶの」 「ハツラツ、ハツラツ……かわいい名前ね」 「えへへ、ありがとう。……お腹へった」 「なにか食べよっか。おいで、作ってあげる」 「ほんと? やった!」 「いっぱい作るからね、全部食べるのよ?」 「うん!」 みたいな感じでしょうか(ハツラツさんはイチちゃんに抱っこされています) ページトップ その10(≫186~187) ≫了船長22/11/26(土) 02 23 35 「前回までのあらすじや」 「タキオンに元通りの薬を最優先で作らせちゃあいるが、どうにも難航しててもうしばらく辛抱しないといけねぇ」 「小さくても沢山食べるだろうと思って、私達が普通に食べる一人前を作ったらペロリと食べちゃった。……なんで?」 ◇◇◇◇◇◇ 「ねぇモニーおねえちゃん、イチおねえちゃんは?」 「……あ、ごめん、聞いてなかった、何?」 「何してるの?」 「特に何も」 「わたしもみたい」 「ん……待て待て、ベッドから降りんなって言われてんでしょ」 「でも、みたいから。よいしょ」 「高いんだからやめとけって」 「だいじょうぶ……わあっ」 「うわ、言わんこっちゃない、なーッ、もう」 「……ううっ、ぐすっ」 「泣くな泣くな、ほら」 「うぅ〜……」 「立てる? 手、掴んで。そうだ、腹減ってないか、なんか食べに行くか?」 「……いかない。お腹減ってないもん」 「あー、そうか……」 「モニーおねえちゃんのやつ、みたい」 「そんな大したもんじゃないんだって」 「やだ! モニーおねえちゃんのいじわる」 「そういうワケじゃないんだけどな、だぁー、もう。そこ座っといて」 「うぅ、ぐすっ」 「泣くな泣くな、くそー、無理だ、分かんねー」 ◇◇◇◇◇◇ 「ただいま」 「あーッ、イチ」 「どうしたの、モニー」 「私じゃ無理。代わって」 「オグリ、どうして泣いてるの」 「なんかベッドから降りたがっちゃって、うまく立てなかったみたいで」 「ハツラツ、大丈夫?」 「ぐすっ、イチおねえちゃん」 「うん。痛くない?」 「へいき。いたくない」 「うん、良かった。……一応、帰ってきてるクリークさんとタマモ先輩に連絡したほうがいいかな」 「分かった、任して」 「お願い、モニー」 ◇◇◇◇◇◇ 「呼んでくれてありがと、モニー」 「いや、別に……なんかごめん。マジで分かんなくて」 「私も分からないわよ、小さいオグリの面倒見るなんて……」 「でもなんだかんだ上手くない? あやすっていうか、自然に好かれるっていうか」 「そんなつもりは無いから、正直、自信ない。頼られてるのは嬉しいけど」 「なんかオグリも、思ったより足元緩いし」 「走るのはともかく、歩くのも辛そうに見えるのよね」 「うん……今のオグリからは想像できんわ」 「本当ね。オグリのお母さん、大変だったのかな」 「……次からホントに、目離さないようにする」 「うん。私も気をつける」 みたいな感じでしょうか(高校生くらいの年齢なら、子供に強く当たるのはいくらなんでもやらないだろうと思ったので、理解が及ばない未知の存在への小さな恐怖と意思疎通の難しさに困惑する、と解釈しました。失礼……) ページトップ Part19 (≫118、≫121) ≫了船長22/12/07(水) 22 34 12 「はぁ~」 「いいよなぁ~」 「なに、なによ、二人とも」 「イチのお肌はサラサラしなやか」 「髪もツルツル、モチモチだもんなあ」 「わっ、んもう、あ、ありがとう……ん? 逆じゃない?」 「ねぇイチ、なんの化粧水使ってるの」 「購買で売ってるヤツだけど」 「えーーーウソウソウソ、絶対ウソ。なんかいいやつ使ってる。私の知らないやつ」 「アンタが知らないお化粧品、私が知ってるワケ無いでしょうって」 「ヘアオイルとかネイルケアはー?」 「……どっちも使ったことない」 「がー、ウケん。私なんかアレもコレも試してみて、やっと何とか見つかったかなあって感じなのに」 「こないだのシチーさんの見たー?」 「見た見た。ジョーダンさんのも見た。もうスマホの画像フォルダ、二人の使ってるグッズでいっぱい」 「てかジョーダンさんのネイル知識ヤバくない?」 「わかるー。紀元前三千年のエジプト」 「ヘンナの花で爪を染めてた」 「いえーい」 「いえーい、覚えちゃった」 「ちょっとちょっと、おいてかないでって」 「ゴメンゴメン、つい」 「あの雑誌に載ってたものに頼らなくても、イチはこのお肌を維持してるのかあ」 「……まあ。ありがと。嬉しい」 「特別なこと、ホントにしてないの?」 「ご飯食べて、寝て起きてるだけよ」 「なーー、そんなわけないと思うんだけどな」 「いくら何でも、普通に過ごしてこんなにキレイにできるとは思えねーよね」 「みんな、ウチらみたいに頑張ってるハズよ」 「確かに、モニーも色々試してるの見たことある」 「そーなのよ。マジでイチが何やってるのか聞きたい」 「答えようがないわ。本当に何もしていないし……」 「何もしなくてもイチみたいなヤツを探せばいいんじゃね」 「いくら何でもそんな奴いねーって」 「条件絞ってけば一人くらいヒットするっしょ。まず、早起き」 「起きた後、二度寝しないで何かしてる。そのあとは授業受けて、普通にメシ」 「んでトレーニングして、メシ食って、追加のトレーニングやるならやって」 「風呂入ったら夜更かししないで寝る。そんでまた早起き」 「そんなことしてるヤツ、いる?」 「いーやさすがに……あーッ!」 「うわっ、何」 「いるじゃん!」 「えっ、誰、誰、誰」 「ダンナよ!」 「あー、イチのダンナ!」 「確かに、肌も髪も……うわ、割れ鍋に綴じ蓋」 「牛は牛連れ、ウマ娘は、ウマ娘連れ……よよよ~」 「もう! 何よ二人で自己解決して! あとダンナじゃない!」 了 ページトップ Part20 その1(≫73~77) ≫了船長22/12/25(日) 23 59 38 「ねえねえイチ! こっち向いて!」 「ん、何……わッ!?」 「ほい~、クリームたっぷり」 「んあんあ、あいおっ」 「『わっわっ、何よっ』?」 「イチのこんな顔初めて見た。ウケる、撮っとこ」 「んぐ、んむ……びっくりした、生クリームじゃない」 「皆でケーキ作ってて余ったスプレー缶のホイップクリームなんよ。もう一口いる?」 「……いらない」 「ちょいちょい、何ふくれてんの」 「別にっ」 「ちょっとちょっと、天下の日曜日にハッピーホリデーなんよ? レースが入っちゃってパーティに来れない子じゃないんだし、どうしたの」 「ちなみにクリスマスとお正月の曜日って必ず一緒になるの、知ってた?」 「7日後なんだからあったり前でしょ」 「……これ、間違いなく何かありましたね」 「こーれ、どうせまたダンナがらみよ」 「オグリは関係ないでしょっ。そんなんじゃないし」 「そんなんじゃない、ねえ。はいイチさん!」 「何よ」 「あーん!」 「あ、あー?」 「隙アリ!」 「んあっ、おっお!」 「『なっ、ちょっと』?」 「まあまあ、甘いものでも食べて一旦クールダウンよ」 「そうそう。ウチらに話してみなって」 「んむ、んむ……分かったけど、もう一口ちょうだい」 「お、ノッてきたね。はい、あー……」 「直接口にスプレーするのはもういいから!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……あー、まとめると」 「カフェテリアのクリスマスパーティで浮かれまくってたオグリ――ああいや、ダンナが気に入らなかったと」 「わざわざ言い直さなくていいわよ、そこは」 「寮ごとにやるクリスマスパーティで、いつもは作らない洋食を頑張って練習して作ったのに、ダンナが他の人からいろんなものを押し付けられていたと」 「ほんで、当の本人はごはんを貰えることが嬉しくてちゃんと全部食べまくっていて、列というか、みんなの波に割り込むことができなかったと」 「さらにオグリ以外に食べられるのがイヤだと」 「……イヤって言うか、アイツの調子を崩すために作った料理だから、オグリ以外に食べてもらうのは申し訳なくなるし……」 「でも普段、夜練する子たちの夜食とか作ってくれてるじゃん」 「それはクリークさんとか、フジさんとかに頼まれてるから別」 「ウチらを呼んでくれたら、バレンタインデーの時みたいに無理やりスペース作ったのに」 「それはごはんを持って来た、他の子たちに悪いし」 「……かーーー! ダメだ、甘すぎるー! ハッピホリデー!」 「イチさー、今日だけは魔法にかけられてもいいじゃない」 「『愛を証明するの。駆け寄って彼女を抱きしめるのよ。愛をこめて美しい歌を歌えば大丈夫』」 「意味わかんないこと言わないで」 「えっ、知らん?」 「知らないわよっ」 「このクリーム缶、他の子たちにもイタズラで使うつもりだったけど丸ごとイチにあげる。アンタもいいっしょ?」 「いいよー。またカフェテリアでもらってこよ」 「食べきれないわよ、こんなに」 「食べきらなくていいから、ちょっとここで座ってたら、ってハナシ」 「『どんなに深く愛してるか言葉にして伝えましょう。黙っていては届かないの、愛は』 「年中イチの料理を食べてくれるし、イチも料理を作ってるってことよ? イチがそう思わなくても、愛みたいなもんよ」 「……ちがうもん」 「せっかくの祝日なのにそんな気持ちで寝たら地獄の背面サンタも逃げ出しちゃうし、しばらく座ってな」 「……」 「空になったら呼んでねー」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……はーい」 「失礼する、イチがここにいると聞いて、やってきたんだが……」 「さては喋ったな、あの二人」 「やあ、イチ。どうしたんだ、顔をそむけて」 「……別に。幸せそうだったじゃない」 「クリスマスパーティのことか。ハッピーホリデー、イチ」 「みんなのごはん、おいしかった?」 「うん。とてもおいしかった。沢山食べられて、幸せだったな」 「良かったじゃない」 「イチは、食べていないのか?」 「作ってたから食べてないわ」 「なっ、それはダメだ! イチも何か食べに行こう」 「いい。自分で作ったやつ、食べるから」 「……それなら、私も食べる」 「いつもとは毛色の違う料理だから、おいしくないわよ」 「なっ、イチ、何を言うんだ」 「今日一日、おいしいものいっぱい食べたんでしょ。わざわざ食べなくていいわ」 「イヤだ! 私が好きなイチの料理を、イチに否定してほしくない!」 「イチが作る料理で、美味しくないものなんてない」 「ま、まだ食べてもないのに」 「私は、イチとのごはんなら毎日だって食べたい。栄養も元気も、なにより素敵な時間を貰ってきた」 「……でも」 「今日は特別な日だから、イチと一緒に食べたい。二人で食べて、そのあとにおしゃべりする時間も楽しいんだ。なぜなら、私はイチのことが――あっ」 「……え?」 「分かってしまった、かもしれない」 「何によ」 「ああ、その……わ、私は、イチのことが――」 「はいイチのダンナさん、こっち向いてぇー!」 「えっ――わっ!」 「ちょっと、アンタたち!」 「おあおああ」 「口いっぱいにほおばるオグリなんて珍しくもないけど、撮っとこ」 「先に謝る! オグリにイチの居場所バラした!」 「でもこの方が上手くいくと踏んだんよ、ゴメンねー」 「このクリーム缶も二人にあげる! 私たちのことは追いかけなくていいからね、イチ!」 「それじゃおやすみー。早く食べないとお風呂間に合わないよー」 「なっ、ななな、逃げ足の速い」 「ああいおおうあっあ」 「飲み込んでから喋りなさいって」 「……ふう。嵐のような二人だったな」 「年中あんな奴らなのよ、オグリのことをダンナ呼ばわりして」 「ふふ」 「何がおかしいのよ」 「いや、嬉しいなと思ったんだ」 「はあっ、どうして」 「私はイチのことが好きだ」 「えっ」 「イチが私のことを好きかどうかは分からない。けれど、イチの友達が私のことをそう呼ぶのが、なんだか愉快だなと思ったんだ」 「……オグリ」 「不思議な気持ちだ。からかわれているとわかっていても、嫌じゃない」 「……ムカつく」 「ふふ、すまない、イチ」 「……洋食」 「ん?」 「いつもお弁当に入れてるようなお料理じゃなくて、お皿で食べるごはんよ」 「そうなのか!」 「鮭のムニエル。出来立てじゃないから、固くなってるかもしれない。もちろん温め直すけど」 「私も手伝う。その後、二人で食べよう。温めている間に、イチとおしゃべりもできる」 「……ホント、ムカつく。ガッカリしなさいよ」 「すまない、イチ」 「でも……ハッピーホリデー、オグリ」 「うん。ハッピーホリデー、イチ」 了 ページトップ その2(≫97、≫99~108、≫110~115) ≫了船長22/12/30(金) 19 58 38 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「イチ、お疲れ様」 「あ、おつかれ、オグリ……忙しくないの?」 「少し忙しい。だが、イチに聞きたいことがあるから抜け出してきたんだ」 「うん」 「イチは今年、いつ地元に帰るんだ?」 「えーと……31日に帰る予定」 「もう一つ、イチが好きな食べものはあるか?」 「好きなもの? うーん……好き嫌いは無いから、なんでも食べるわよ」 「分かった、ありがとう。この後のトレーニングも頑張ってな、イチ」 「あっ、オグリ!……行っちゃった」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「頑張っとるなあ、モニちゃん」 「タマセンパイ、お疲れです。今日はヒマなんすか?」 「いや、オグリと一緒に進路相談やらインタビューやらでちょいとせわしないな」 「こんなことで油売ってていいんすか」 「あんま良くないなぁ。せやけど、モニちゃんに聞かなあかんことがあってな」 「はい」 「地元にはいつ帰るんや」 「家ですか? 31日に帰りますよ」 「好きなごはんのおかずはなんや?」 「えー……味の濃いヤツ」 「なんや、意外と子供っぽいやんけ。ほな、おおきにな!」 「どーいうことっすか! うわ、脚はっや」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「そうしたら、次の一本で終わりにしましょう」 「そうね。今年最後の走り込みだから、集中して」 私のトレーナーさんがストップウォッチを手に私たちの方を見る。モニーのトレーナーさんは、腕時計――スマートウォッチを何やら操作している。 12月30日、空がオレンジ色に染まり始めたくらいの時間で、私たちの今年最後のトレーニングが終わろうとしていた。息を深く吸うと、冷たい空気が心地よく体温を下げてくれる気がする。 隣では、モニーが少し肩で息をしながらも軽くその場で跳ね、気合を入れ直している。それを見て、私もぐっと脚を伸ばす。 「ラス1か。絶対負けないから」 「言ってなさいよ、モニー」 悪気はないんだけれど、モニーと一緒に走ると、トレーニングの時でも思わず挑発するような物言いをしてしまう。 ほとんどの場合は向こうが始めにケンカを売ってくるんだし、私は悪くないはず。買っちゃってるのは事実なんだけど。 冷え始めた気温と裏腹に、闘争心がメラメラと燃える。モニーもきっとそうなんだろう。 「年末にトレーニングで気合を入れ過ぎました、なんて冗談にもなりませんからね」 「やり合うのはとてもいいことだけど、怪我だけは避けなさいね」 私たちの心を見透かしているように、トレーナーさんたちが注意してくれた。はーい、と揃って返事をして、スタートラインに向かう。 ゴール板の前で待つトレーナーさんたちとの距離が開いていく。 彼らが遠くなればなるほど、さっき私たちが受けた注意の言葉の記憶も同時に薄れていくようだった。 「年末イチに勝って実家に帰る。これ以上の喜びがありましょーか」 「負けっぱなしじゃ終わらせないわ、絶対差し切る」 「ここは芝じゃなくてダートコースよ? 先行逃げ切りが鉄則ってワケ」 「クロガネトキノコエさんに走り方は叩き込まれたもの、逃がすわけないわ」 私たちはトレーナーさんが掲げる合図の手旗に意識を集中させる。いつ振り下ろされてもいいように。 今年最後の真剣勝負の火蓋が切って、降ろされた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 力を出し尽くした脚の痛みと、それを撫でる風の冷たさ。 隣から少しずれて聞こえる激しい呼吸の音と、ドクドクと早く鼓動を打つ私の心臓の音。 そして、私より少しだけ後ろにいるモニー。 私は今年最後の「大一番」を無事に収めることができた。 「お二人とも、はじめから忠告を忘れていましたね」 「レースさながらの気迫だったわよ。走る前から抜け落ちていたでしょう」 呆れているけど、少し口元が笑っているトレーナーさん。モニーのトレーナーさんは、ちょっとだけ真剣に怒っているようにも見えた。 擦れた声で「ごめんなさい」と謝る。でも、後悔の気持ちは全くなかった。 私はモニーの方を振り向いて、疲労感が残る上半身を何とか引き上げて胸を張り、座り込んでいるモニーに手を伸ばす。 「どんなもんよ、モニー」 「……来年の最初のトレーニング、絶ッ対に私と走って。次は負けない」 ちらりとこちらを見上げてから、私の手を取る。私はぐっ、と力を込めて、モニーを引き上げた。 まだまだ闘志が残る目線を送るモニーを見て、はあ、とトレーナーさんがため息をつく。 「なんにせよ、今年一年お疲れ様。よく頑張ったわね」 「これでお二人とも、冬休みです。ゆっくり療養してください。宿題の方も忘れずに」 「ありがとうございました。トレーナーさんたちも、良いお年を」 「また来年もお願いしまーす」 トレーナーさんたちと別れ、私たちは着替えるためにロッカールームへ向かった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ロッカールームで泥を落としたり着替えてるうちに、私たちはすっかり空腹を覚えていた。 カバンを持って寮へ続く道を歩く。道の両脇に植えられた桜の木も、すっかり枝だけになってより寒さを感じさせてくる。 「ハラへったぁ、今年最後のごはんは何にしようかな」 こらえきれなくなったように、先にモニーが音を上げる。あくまで学校での最後のごはんでしょ、と心の中でツッコミを入れる。 せっかく最後の日なんだし、冷蔵庫の中身も綺麗にしたいから、最後に何か作ってあげようかな。 「ねえモニー、何か食べたいものある?」 「え、どうしたの」 「残り物でよければ夕飯作ってあげようか、ってこと」 「マジで? やったー」 アイツに年がら年中料理を作ってるうち、「特技は何ですか」と言われたら「料理です」とすぐ言えるくらいには腕が良くなった、と思う。 こうしてルームメイトにさらっと提案できる自分がなんだか嬉しい。自信がついたっていうのかな。 自分が作ったものに、他の誰かが喜ぶ。その反応を見れるのも、とても嬉しい。 モニーと話しながら寮までたどり着くと、果たして私の自信の源になった「アイツ」が、寮の玄関の前に立っていた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「おかえり、イチ、モニー」 「おつかれさん」 オグリとタマモ先輩が部屋着に袢纏を着て、寒そうに身体を揺らしている。 私たちはただいまを言う前に、同じ疑問が頭の中に浮かんでいた。 「あれっ、二人とも、まだ帰ってないの?」 「そうっすよ、タマセンパイは実家遠いっしょ」 私たちの問いかけに、二人はただ「ふふっ」「へへっ」としか返事をしなかった。 「カバンを持とう、疲れていないか」 「あっ、ありがとう……」 「ほれ、モニちゃんも寄越しぃ」 「鞄大きくないっすか? イケます?」 持てるわ何言うとんねん! とモニーがどつかれる。奪い取るようにしてタマモ先輩が鞄を持つ。打ち合わせでもしてるかのようなスムーズさ。 こちらに手を伸ばすオグリに、少し気後れしながら私も鞄を預ける。私の荷物を持っているにも関わらず、とても嬉しそうな顔を浮かべている。 「ほな、ひとまずカバン置きにいこか」 「うん。二人とも、こっちだ」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 質問に答えないまま、二人は私たちの先を歩く。何を聞いても「まあまあまあ」と流されてしまう。 オグリが突然脚を止め、ばっ、という効果音を立てるようにこちらを振り向く。どこか誇らしげな顔をしている。 「さあ、ついたぞ二人とも」 「ついたも何も、私たちの部屋の前なんだけど……」 目をキラキラさせながら、うん、と大きく一つ頷く。 タマモ先輩に助けを求めて目配せする。しかし、ニヤニヤしているだけで何も言ってはくれなかった。 オグリが扉を開け、私たちを手招きする。二人が私たちの机に鞄を置いて、こちらを向く。 「お風呂を先にするか、それともごはんにするか?」 「はあっ!?」 「タマセンパイ、オグリ、なんか変なもの食べました?」 「アッハッハ、どうしても言いたいセリフってそれかいな、オグリ」 「うん。どうしても一度言ってみたかったんだ」 「もう、ホントにバカじゃないの」 モニーもタマモ先輩もいるのに、一体何を言い出してるの、コイツ。お決まりのセリフにしてはなんかちょっと短いし。 私が答えられずに固まっていると、いつの間にか「みんな冷え取るし、先に風呂にしよか」とタマモ先輩が話をまとめてしまう。 すると、オグリが屈んで、勝手に私のベッドの下を探り出した。それを見た私の身体は、レースの発バ機から飛び出すときと同じくらいの反応速度で動き出した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ちょっとバカ、何してんのよオグリ!」 「何って、着替えを取り出そうとしたんだが……」 「自分でやるからいいって、ていうか、なんで私の着替えの場所なんか知ってるのよっ」 「いつも寒い時、ここから上着やジャージをここから出しているじゃないか」 平気な顔をして、むしろ止めにかかる私の方がおかしいんじゃないかと思わせるくらいに自然な動き。 ここ、私の部屋なんだけど。 背後の笑い声でハッと現実に意識が戻る。振り向いたら笑いながらひっくり返ってるモニーと、その横でタマモ先輩ドアの枠にもたれかかりながら、顎に手を当てしたり顔をしている。 「ホンマに仲ええなあ」 「ひぃ~っ、アッハッハ」 どんどん顔に熱が上ってくる。オグリを見下ろすと、何か悪いことをしたと思っていない、ヘーキな顔をしていた。 それを見て、ますます顔に熱が上る。 「デリカシーなさすぎ、ムカつく、ありえない!」 私はオグリとタマモ先輩、そして勢いのままモニーも部屋から追い出した。 ホントありえない、知ってるからって二人の前で、バカ、バカ、バカっ。 「……あの~、ふふふっ、イチさん、私の部屋でもあるんだけどな」 「知ってる!」 私は手早く替えの服を取り出して、部屋を出る。廊下で申し訳なさそうにしているオグリを尻目に、浴場まで足早に歩いて行った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「すまなかった、イチ、まだ怒っているだろうか」 「別にっ。怒ってない」 「ううむ、だが……」 オグリが私の横でしきりに謝っている。わたしはそれを無視して、シャンプーをするために髪の毛を前へ手繰りよせる。 二人が何やらやたらと私たちの世話を焼いてくる。意図はわからないけど、その気持ちはとても嬉しかった。 オグリが空回りしてるだけなのも分かっている。とはいえ、二人の前でいきなりあんなことを言うなんて。 「でも、自分のことは自分でやるからっ」 「うわっ、どうしたんだ、イチ」 思わず堪えられなくなって、声に出してしまう。分かっていても、怒りたくなってしまう。 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、ありがたいなと思う気持ち。そこにトレーニングの疲れも重なって、私の心はまだ、このぽっと出にかき回されっぱなしだ。 シャンプーをする手にも力が入る。ロッカールームで落とし切れなかった砂や泥が乾燥していて、うまく指が入っていかない。 苦戦していると、ふと、腕と肩にかかる重さがふわりと軽くなった。驚いて鏡を見ると、私の肩越しにオグリの姿がある。 「手伝うぞ、イチ。その間に身体を洗っていてくれ」 「……ありがと」 「尻尾まで流したら、お風呂で暖まろう。その後に夕ご飯だ……イチの毛は、綺麗だな」 「まだ汚れてるけど」 「洗う手伝いができて嬉しい」 脱衣所を出るまで、オグリは私の側でずっと手伝いをしてくれた。浴槽から上がるときには手を差し出してくれたりして。 オグリがドライヤーで私の尻尾を乾かしている間、私の気持ちは疲れが抜けるのと一緒にだんだん落ち着いていった。 腰のあたりに当たる温風も、私の尻尾を支えるオグリの手も、どちらも心地よく感じていた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ お風呂の身支度が終わると、オグリは私をラウンジまで案内した。ついて行った先には、私たちより早めにお風呂から上がったモニーが少しだけぐったりしながら、ケータイをいじっていた。 「モニーと一緒に、ここで待っていてくれ」 オグリはそう言うと、パタパタと共用キッチンの方へ走っていく。 「もしかして、お夕飯って二人の手作りなのかな」 「そーだよ。タマセンパイもそう言ってた」 「モニー、大丈夫?」 「湯あたりした。もーちょい待って」 私の疑問に、モニーが答えてくれる。ていうか、モニーってお風呂苦手だったんだ。 「他にタマモ先輩、何か言ってた?」 「しんどかったら水飲めって。夕飯はすぐ来るってよ」 「理由とか聞いて無い?」 「理由?」 「どうしてこんなにしてくれるっていうか、そばにいるのかっていうか」 「聞いたけど全部『ナハハ』とか言ってはぐらかされた」 あいててて、と言いながらモニーが紙コップに口をつける。お代わりを持ってこようかと聞くと「お願い」と言うので自分の分も取りに行くことにした。 せっかくだからオグリとタマモ先輩の分も持っていこう。少し苦労しながら4人分のお水を持って戻ると、エプロンを付けたオグリが、先にごはんとお味噌汁の配膳をしているところだった。 「お帰り、イチ。いなかったからびっくりしたぞ」 「ごめん、オグリ」 「もうすぐだ。あとちょっとだけ辛抱してもらえるだろうか」 一番我慢できなさそうだけど、とは口に出さずに、「うん」とだけ返事をする。 早く食べたいからなのか、やはり小走りでパタパタとキッチンに戻っていくオグリ。 お茶碗に盛られたぴかぴかのごはんと、もやし、にんじん、厚揚げの入ったお味噌汁。もしも私一人だけだったら、これだけでもう十分だなと思ってしまうだろう―― タンパク質が足りません、ってトレーナーさんには怒られそうだけど。 合間合間にお水を挟むモニーと話しているうち、お盆を持ったタマモ先輩と、その後ろからついてくるオグリがやってきて、おかずを机に並べる。 「待たせてもてすまんかったなあ。もうすぐや」 「なにかお手伝いとか」 「ええねんええねんモニちゃん、座っとって」 料理が全て並べられて、みんなで席につく。モニーも椅子に腰かけ直して、オグリは待ちきれなさそうに尻尾を振っている。 タマモ先輩が一番に、パン、と快活な音を立てて手を合わせる。 「ほな、皆で食べよか。いただきます」 ごはん、お味噌汁に、お漬物。 まずは、お味噌汁を一口すする。お箸の先端をお出汁で湿らせると、ごはんや他のおかずが器にくっつかなくなって洗い物が楽になることを知ってから、一番最初に一口飲む癖がついてしまった。 鰹節の風味を聞かせて、少しだけうすくちに作った、お野菜の甘みが染み出すあっさり仕立てた味。温かさに気持ちまでほっとする。 「どや、ええ出汁、出とるやろ」 「はい。年越しそばにも使えそうですね」 2つあるおかずのうち、色の濃いほうに箸を運ぶ。噛み応えのある食感に、ごはんの進む濃いめの味付け。なるほど、だからお味噌汁はちょっと薄めなんだ。 もぐもぐと噛んでいると、オグリが私のことをじっと見ていることに気付く。 「イチ、おいしくできているだろうか」 「うん。これ、もつ煮?」 「どて煮なんだ。私の夢で、イチに食べてほしくて作ったんだ」 期待と、少しだけ不安が混じったような面持ちで、私が呑み込むのを待っているようだった。 煮詰めたお味噌の濃い塩気と、時々混じるしょうがと刻みネギのツンとした風味。味のリズムが心地よくて、ごはんをついもう一口食べてしまう。 お肉とこんにゃくの味の違いも美味しい。 「おいしいよ、オグリ」 私がそう伝えると、ぱあっと輝いたように表情を明るくして、食べるスピード上がったようだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 私の横では、モニーが先にもう一つのおかずを食べているところだった。 シャキ、シャキと音を立てながら、お茶碗を持ち上げてごはんと一緒にかきこんでいる。よっぽどごはんが進むみたい。 もやしが入っているのは一目見て分かったけれど、その横の白い具はなんだろう。 「ウマいか、モニちゃん」 「メチャうまいですよ、これ」 「もやしとはんぺん、それに豆苗のうま煮や。モニちゃんの口に合うてるみたいで嬉しいわ」 私も一口分をお箸でつまんで、口に入れる。なるほど、どて煮のお味噌とは違うけれど、確かにご飯と一緒に食べたくなる味付け。 もやしの食感を楽しんでいるところに、するりと入り込んでくるはんぺんの弾力ある噛みごたえ。味がしっかりしみ込んでいて、まったく水っぽくない。 「コツがあってな、火を通した後に一度粗熱を取るのが大事なんや」 「そうなんすか?」 「寮が多くて煮汁の少ないもんにとろみをつけるんは難しいから、冷ましてやってから片栗粉を入れると失敗せえへんうま煮ができるっちゅーワケや……モニちゃん、聞いとるか?」 タマモ先輩の話をそっちのけで食べ進めるモニーに、困ったような笑顔を浮かべるタマモ先輩。でも、耳はまっすぐ前を向いて並べられていて、嬉しい気持ちがあふれ出ていた。 4人ともお腹が減っていたからか、さっきの会話が終わってしばらくの間は、食べる方に集中していた。 オグリがごはんのおかわりをして、それにモニーもついて行って、私とタマモ先輩は食べてる途中。さっきよりも多い量のごはんをふたりともよそってきて、おかずのおかわりまでしていた。 「聞いてやイチちゃん、オグリのやつな、4人分作るだけでええ言うてるのに5パックも6パックも食材買おうとしてん」 「お肉をですか?」 「いや、ネギとか含めて全部」 オグリが食べながら、恥ずかしそうに答える。 「食べるのは得意なんだが」 「ずっと見ていればわかるわよ、そんなの」 「イチの真似をしたらうまくいくと思っていたんだ。普段からたくさん買っているから」 「たしかにクリークさんと一緒に買い込むけど、それは別に一食分じゃなくて、他の子のお夜食とか、アンタのお弁当の分とかがあるから」 「オグリの場合じゃあ、そんだけ買っても一食分かもねー」 モニーの言葉に、オグリが力強く頷く。 「せやからまあ、結果的には正解やったんやけどな」 そんな話をしているうちに、またオグリが「おかわりをしてくる」と言って席を立った。モニーを見ると、もう無理、と言わんばかりの表情をしていて思わず笑ってしまう。 私とタマモ先輩が最初に食べ終わり、次にモニー、オグリが食べ終わるのはそれからまたしばらくしてからだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ちょっとだけ食休みの時間を挟んでおしゃべりしていた時、オグリとタマモ先輩が突然ヒソヒソ話を始めたと思った矢先、オグリが立ち上がった。 「イチ、モニー、ハッピーバースデー!」 オグリの言葉を聞いたタマモ先輩が、顔を手で覆って椅子からずり落ちる。 「ちゃうちゃう、ハッピーアニバーサリーや」 「ああ、そうか。ハッピー……アニ……タマ、もう一度教えてくれ」 あちゃあ、と声に出して倒れこむ。 「なんすか、突然」 「ネタばらしするとな、オグリが二人のことを祝いたくなったんやと」 タマモ先輩が机にもたれかかる。 「ウチは全然かまへんし、ほんならいつやろか、って聞いたら今日がええねん言うんや」 「うん。驚かせてしまってすまなかった、イチ、モニー。だが、今日しかないと思ったんだ」 真っすぐな目に見つめられて――別にドキドキしたとかいうワケじゃないけど――私はなにか、あてつけられたように顔が熱くなった。 「ま、まあ悪い気はしないわね。考えたらずっと、私が料理を作ってばっかりだし」 「いつもありがとう、イチ。私たちも頑張って作ったんだ。喜んでもらえたら嬉しい」 「ウチも久しぶりに料理したわ。でも、モニちゃんにも――二人とも喜んでもらえて嬉しいわ。おおきにな」 「ほな、みんな明日は帰らなあかんから早いやろ。解散しよか」 タマモ先輩の鶴の一声で、私を含めた全員が席を立つ。あらかじめ持ってきていたお盆に空いた器を載せて、みんなでキッチンまで運ぶ。 洗い物をどうするかでちょっとだけ揉めた――というより、オグリもタマモ先輩も譲らなかったってだけだけど、絶対に私が洗うと言い張って説得した。 「私が一番キッチンの収納場所、知ってるので」という言葉が決め手になった。 「えー、今日はみんな、自分の部屋に帰る感じっすか?」 モニーがおそるおそると言った様子で、質問する。 「……フジ寮長って、もういないの?」 「確かいない。帰ったんじゃね?」 「……それなら、私がイチの部屋に行こう」 「モニちゃんが来るんか。分かった、構わんで」 ここに居る全員が悪いことをしている自覚があるからか、声のトーンを小さくして、寄り集まってヒソヒソ話のように相談する。 ラウンジでは他の子に聞かれてしまうかもしれないから、廊下まで出て行って、歩きながら話す。他の子たちから見たら、4人動きながら固まって顔を寄せ合う変な集団だ。 もうすぐ私たちの部屋の前だというところで、話がまとまりかけたその時、ドアのところにトランプが一枚張り付けてあるのに気付いた。思わず「わッ」と変な声を上げてしまう。 私の声で気づいたモニーがギョッとしながらトランプに近づき、貼りつけたそれをはがして裏面を見る。そこには手書きの文章が添えられていた。 『たとえ年末でも、寮のルールはきちんと守って早く寝ること!』 トランプの端に描かれた、富士山と2匹の鷹、3つのナスのイラスト。 そのカード一枚で、私たち4人へのメッセージとして十分すぎた。 「……あー、やっぱりちゃんと寝んとあかんよなあ!」 「そうっすねえ、寝ましょー! おやすみー!」 あまりにわざとらしいタマモ先輩とモニーの声。オグリも参加しようとしたところを、私が口をふさいだ。 「イチ、モニー、おやすみ。今年一年、とてもお世話になった」 「ほな、二人とも良いお年を」 「ありがとうございました、おやすみなさい。来年もよろしくお願いします」 「おつかれっす。また来年もよろしくです」 4人でそれぞれ、挨拶を交わす。すると、タマモ先輩がモニーの手を取って、頭が見えなくなる。 それはまるで、頬にキスをしているように――見えた。見えただけ。 でも、モニーが「うわッ」とか言ってるから、もしかしたら気のせいじゃないかもしれない。 「イチ」 オグリの声がする。そのあとすぐ、手を引かれる間隔。瞬間、私の身体は宙に浮くように引き寄せられた。 頬に冷たい風を感じた後、身体の前方と背中に、熱い感触。 それから、頬に少しだけ触れたような、唇ほどの広さの、熱。 「オグリ」 廊下は暗くて、オグリの顔は良く見えなかった。 でも、頬に残る熱だけは、私が思っていることが本当だと信じるに十分な証拠だった。 「……タマだけするのは、ずるいから」 「……ホント、何言ってんの」 せっかく言った別れの言葉を、私たちはもう一度言わないといけなくなった 「……タマセンパイも、来年また、元気で」 「なんや、急にシケるんちゃうぞ。ウチが恥ずかしくなってまうやろ……よう休んでな」 「来年もまた、美味しいお弁当を食べさせてくれ」 「なっ、それを今のうちから言うの、なんかムカつくわ。ポッと出のくせに、せいぜいお腹減らしておきなさいよ、オグリ」 「うん。来年も頑張ろう」 「もう一度、おやすみ」 「おやすみ、イチ」 了 ページトップ その3(≫169~170) ≫了船長23/01/11(水) 00 28 06 「おめでとさん、モニちゃん」 「え、何がですか」 「何もなんもないけど、おめでとさんって言いたくなったんや」 「そうでっか」 「お、上手くなってきたなぁ。そういうわけでパーティしよか」 「年末にやってもらいましたけど、ていうかホントに何を祝うんですか」 「理由は分からんけど祝いたい気持ちがあるねん……なんや、前にもこんな話したな」 「わっかんないなー」 「ままま、祝われといて。何か食べたいものとかないんか」 「パーティしても、タマセンパイがたくさんは食べられないじゃないですか」 「それを言われてしまうとしんどいねんな。でも、祝う気持ちはあるんやで?」 「パーティのご飯の値段っすか? それとも量?」 「う~ん……どっちもやなあ。なんか、気後れしてしまうん」 「なるほど」 「とにかくモニちゃんを祝う会なんやから。どこでも言ってくれたらついてくし、席も囲むで」 「つまり、安くて量はそこそこ、種類がたくさんあればいいんすよね」 「まあ、そういうことやんな」 「え~……おし、センパイ、業務スーパー行きますよ」 「スーパー?」 「とにかくとにかく。にんにくとか大丈夫っすよね」 「平気やけど、まさか自分で作ろう言うんか」 「いや、もちろん楽するに決まってるじゃないですか」 「何買う予定なん?」 「パスタの乾麺とパスタソース。ここらのスーパーのやつ、全種類買い占めましょ」 「なんやと」 「パスタも買いまくりましょ。全部茹でて、買ったパスタソース全部かけます」 「うおー、盛大な計画やんけ」 「種類も量もあって、手間も楽でウマくて、何よりそこそこに安い。どうっすか?」 「賛成や。ええこと思いつくなあ」 「イチもオグリも、クリークちゃんたちも呼べるし。どうせなら皆に祝ってもらお」 「それがええ、それがええ。ほな、出かけよか」 了 ページトップ
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このページは「ムカつく...ぽっと出のくせに調子に乗って…そうだ……!」に投稿されたssをまとめるページです 作者一覧了船長その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリその1(Part10~) エスコンの人エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さまその1(Part4~) 作者一覧 了船長 その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主 その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人 その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリ その1(Part10~) エスコンの人 エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さま その1(Part4~)
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目次 目次裏スレPart2.5(≫45)≫44より派生 裏スレPart4その1(≫22) その2(≫41~44)≫40より派生 その3(≫64)≫62より派生 その4(≫93)≫92より派生 その5(≫167、169~171) 裏スレPart2.5 (≫45)≫44より派生 ≫44 二次元好きの匿名さん22/03/23(水) 22 51 15 簡単そうに見えて野菜とお肉のスープ前提! SS筆者22/03/23(水) 23 15 30 「お肉と野菜のスープは、作るのが大変そうだな……」 「ポトフとかナントカ鍋とか、料理みたいな名前で書くから難しく聞こえるだけなのよ。」 「どういうことだ、イチ?」 「野菜を2種類、キノコを1種類、お肉を1種類、好きなものを買う。」 「う、うん。」 「お肉以外を洗って、全部、食べやすそうだなあと思う大きさに切る。」 「切り方はいいのか?」 「いらない!硬いところは小さくした方がいいってくらいかな。」 「なるほど。」 「それで、切ったものを適当にお鍋に投げ込んで、15分間火にかける。」 「……それで?」 「終わり。」 「お、終わり?」 「そ。味は煮てる間に好きなの入れればオッケー。」 「おお、好きな食材を買ってきて、切って、火にかける。それだけなら簡単そうだな。」 「そうでしょ?料理なんてこんなもんで良いの。切って、火にかければ立派な料理。お醤油とお出汁なら和風で、コンソメ使えば洋風で、中華料理の基を使えば中華風。十分でしょ?」 「なるほど……難しく考えなくていいんだな。だから、≫44も、ぜひトライしてみてくれ!」 ページトップ 裏スレPart4 その1(≫22) 了船長22/05/22(日) 14 43 23 「……オグリ、なにしてん」 「……そんなに料理のことが好きになったのか、レスアンカーマン」 「ふざけないで」 「私はオーグリィだ」 「なにいってんの」 「イチの料理。私の好きな言葉だ」 「言葉だけじゃないでしょ」 「割り勘でいいか、イチ」 「何なら私が大将でしょうが!おあいそっていいなさい」 「イチはおかみさんじゃないのか?」 「いきなりまともになるな~!」 そういうわけで、某光の国の戦士にドハマリいたしております(近況報告) エヴァと同じ年に生まれた自分にはとても、とてもぶっ刺さってるんだ ◇明日で4回目の観劇なんだ ページトップ その2(≫41~44)≫40より派生 ≫40 二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 12 49 00 保守 ラーメンが食べたいんだ 了船長22/05/25(水) 18 44 13 「ら、ラーメン?」 「そうだ。ラーメンが食べたい」 「ラーメン、ラーメンか……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……それで、生地がまとまったら手のひらでグイグイ押すんだ」 「こんな感じ、ですか」 「そうそう、ボウルを回しながら、コシを出す」 「しかし、ベーキングパウダーでかん水にするなんて、良く思いついたね」 「子供のころ観た映画で、そんなシーンがあったなって」 「ああ、もしかして、あの?」 「多分、考えてるのは同じです」 「『西村君、僕の体はね、ラーメンで出来ているんだよ』?」 「アッハハ、私、『糖尿になっちゃうよ?』が好きです」 「あのシーン怖いよな~、わかるよ」 「……よし、こんなもんですか」 「うん、そうだね。この後は乾燥しないように1時間くらい寝かせればいいんじゃないかな」 「グラッセさん、ありがとうございます。すみません、お蕎麦じゃないのに」 「中華そば、ってね!麺棒をキッチンに置いておくから使っていいよ」 強力粉をまぶして、麺棒で一生懸命伸ばす。 伸ばして伸ばして、三つ折りにして、2mmくらいの厚さに切る。これをまた一晩寝かせる。 刻んて置いたネギ、メンマ、青菜と、味付け卵。お手製の鶏チャーシューを用意。鶏なのに焼豚って、なんだかおかしくて笑っちゃう。 チャーシューを作るのに使った出汁に味を調整してスープにする。 さて、沸騰したお湯に麺を一分。 どれどれ、ちょっと味見。 ……うん、ラーメン屋さんのラーメンって感じじゃないけど、それでも確かにこれは中華麺でしょ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ごくり、と水を飲み込む音が聞こえる気がする。 ラウンジの6人掛けテーブルに座った私たちは、なぜか誰も、一言も発していなかった。 みんな、神妙な面持ちで目の前のどんぶりを見つめている。 「お、タマはどうしてんでぃ」 「まだ走ってるけど」 「かぁー、ちゃっちゃかこっちに来んかい!」 タマモ先輩を呼びに行ったモニーが、イナリさんの声を聞いて「じゃあ、もっかい呼んでくる」とラウンジを出ていく。 もう一回、ごくり、という音が鳴ったと思った矢先、オグリが口を開いた。 「イチ、我慢できない」 まだ全員そろっていない。どうしよう、と思っていると、クリークさんが助け舟を出す。 「イチちゃん、伸びちゃいますよ?」 まるでレースでもするんじゃないかって神妙な面持ちで、こちらを見てくる。 クリークさん、こういう時、結構食いしん坊と言うか、やっぱり食べるの好きだよなと再確認した。 「そうだ、伸びちゃうぜ」 「伸びちゃうぞ、イチ」 更にもう4つの視線が、私に語りかける。 お腹が減った、早く食べたい、伸びちゃうよ。 「じゃあ、食べちゃおうか」 「いただきます」「ラーメンだ」「いただきます♪」 言うやいなや、れんげを取り上げたり、器を持ち上げてみたりする。 あれ、そんなに楽しみだったの、みんな。 「イチ」 「なに?」 「ラーメンだ」 そう言って、破顔した顔をこちらに向ける。 あんまりきれいな笑顔だったから、私もつられて笑ってしまった。 イナリさんとクリークさんも、無言で、でも夢中になって麺を持ちあげては、口に入れている。 私も一口、麺をすする。 うん、結構ラーメンになってるじゃん。 食べ進めていると、モニーとタマモ先輩がバタバタと駆け寄ってくるのが見えた。 「ちょいちょい、すごいタイムやで!」 「マジで! レコード!」 興奮した様子で、二人がタイムの書かれたボードを手にしている。 「オグリ! ほら!」 オグリの箸は、そんなことなど全く気にならないという様子で、麺とスープと具を、順番に行き来していた。 「ちょい、オグリ!」 もう一度話しかけられたオグリが、ようやく顔を上げる。 「レコードか」 「せや! びっくりするで!」 二人はすっかり熱を帯びていて、オグリのことを見ている。 「そんなことより、ラーメンだ」 オグリは何故か私の方を見ながら、二人のほうに視線も向けずに口を開いた。 「伸びちゃうよ」 私は、ちょっとおちょくるような気持ちを持ちながら、二人に声をかける。 「伸びちまうぜ」 「伸びちゃいますよ~」 イナリさんとクリークさんも、こだまのように私の声を繰り返す。 二人は私たちの反応にしばらくぽかんとした表情をしながら、お互いの顔を見つめていた。 その後、何か諦めたようにボードを小脇に抱え直した。 「伸びちゃいますね」 「せやな、伸びたらあかんな」 私の左側の席に座って、そろって「いただきます」と言った後、目の前に用意されたラーメンを食べ始めた。 了 ページトップ その3(≫64)≫62より派生 ≫62 二次元好きの匿名さん22/05/28(土) 04 00 42 ウウーッ(見る順番を押し付けるのは老害ムーブでよろしくないので見たくなった順番で見るのが一番なんだけど、ジードに関しては出来れば映画の「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE」→「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国」→ジード本編の順番で見て欲しいが……映画2本も 強要するのは……もし良ければゼットさんが大好きなゼロさんのオリジンでもあるのでどっかで見て下さい……) 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/thumb_m/643442/62 了船長22/05/28(土) 10 50 36 うわーっ(上質な情報が降ってきて喜び踊っております。映画2本がなんぼのもんじゃい、喜んで拝見します! 経験者・先人の言うことに偽りなしでございますから) (ベリアルさんはデザインにもうやられてしまったので楽しみです) 「オグリ!」 「な、大きな声でどうしたんだ」 「いくら面白かったからって、スプーンで遊ばない!」 「そうだな、すまない、イチ……」 「お弁当つけっぱなしだし…… よいしょ、取ったげる」 「ん、ありがとう」 「わざわざ目なんか閉じなくても」 「ああ、そうか。なんだか癖で閉じてしまうんだ」 「……だからって見開かれてもなあ」 「ううむ、そうだな」 「はい、これでよし」 「ところで」 「うん?」 「食後のプリン。私の」 「好きな食べ物ね、はーい」 了 ページトップ その4(≫93)≫92より派生 ≫92 二次元好きの匿名さん22/06/01(水) 11 18 40 昼どうしようかな あっさりめにしとくか 了船長22/06/01(水) 12 46 37 「今日は暑いな……」 「あっさりしたものにしようか」 「おお、そうだな。ありがとう」 暑くなってくるこの季節だからこそ熱いものを食べる、と言うのもとても風流だけど、やっぱり冷たいものも食べたい。 夏の冷たいものと言えば、やっぱりそうめんでしょ。何より、簡単だし。 オグリは一袋分全部茹でてもぺろりと食べきっちゃうから、作る方もあんまり気が抜けないんだけど…… そこで、ここに用意いたしまするは、夏野菜の代表格であるおナスさん。これを一本丸ごとサイの目切りに。ナスの皮は、実は剝かなくていいんです。 老化防止で食べられることの多いナスだけど、その栄養はほとんどが皮に含まれているから。食感は悪くなっちゃうかもだけど、オグリなら食べちゃうし、私もキレイになれるならそのほうがいい。 ツナ缶を開けて、中の油だけフライパンに落として熱する。あったまったら、ナスを炒める。ナスがだんだんトロトロしてきたら、ツナを合わせてあげて軽くかき回す。 そこにお水を150mlと、めんつゆ50mlを混ぜ合わせて軽く煮立つまで火にかける。 「150mlなんてどうやって計るの?」ふふふ、実はですね、ツナ缶にいっぱいまで水を入れたら大体150mlくらいになるんです。手を抜けるところでは、抜かないとね。 付け合わせは……きゅうりの酢の物でいっか。 きゅうりはヘタを落として、切り口同士で30秒くらいゴシゴシ擦ってあげるとアク抜きができる。そうめんの面倒を見ながら、きゅうりから溢れてきた白い液体を洗い流して、また擦る。 わわ、吹きこぼれが…… 「お待たせ」 「おお、ナスが入っている。こっちは酢の物か」 「今日のきゅうりは一味違うのよ」 「イチの手間と愛が詰まった料理だからな」 「何、急に」 「あれっ、ううむ、こういうことを言えば、イチが喜んでくれると思ったんだが、失敗してしまったか」 「バ鹿、もう」 「ふふ、いい顔だぞ、イチ」 「……もう、早く食べちゃってよ!きゅうりなんて、わざわざ苦手な子の多いもの作ってるんだから」 「いただきます」 「いただきます」 了 ページトップ その5(≫167、169~171) 了船長22/06/14(火) 22 37 27 【すまない。やはり、泊りがけのロケになってしまった】 私は『半額!』のシールが貼られた2個で一袋のブロッコリーを手に取りながら、キャップからの連絡を見た。 【分かった。お仕事、頑張ってね】 お肉コーナーまで歩いて、これまた『30%引き!』のシールが貼られた豚肉と鶏肉を手にしながら、キャップに返信を打ち込む。 すぐに既読がついて、また言葉が返ってくる。 【ありがとう】 【イチのご飯が食べられなくて残念だ】 マスクをしていても分かってしまうんじゃないかというくらい、私の目元が崩れる。私の心の中には、きっとご飯にありつけなくて耳を折ってしまっているキャップの顔が自然と浮かんでいた。 【帰ってきたら食べられるよ】 【それを楽しみに頑張る】 このやり取りがマスコミに知られてしまったら、何と言われるのだろうか。アイドルウマ娘としてすっかり人々の間に浸透した彼女にとって、これはきっとスクープだ。朝のバラエティじみたニュース番組に取り上げられるに違いない。 彼女が今夜に返ってこれないことに少し落胆しながらも、お惣菜やパンの売り場を過ぎてレジに向かう私の足取りはとても軽かった。 というのも、やはり料理をするというはそれなりに重労働だからだ。 当番制ではあるが、朝日がまだ昇っていない時間に起き出して生徒たちの朝食を作り、作り終わって少しの休憩を挟んだと思ったらすぐお昼ご飯にとりかかって、そのあとは夕飯シフトの人たちへ引き継ぐトレセン学園のキッチンは、日夜知られざる戦いが繰り広げられていた。 私も学生の頃に利用していたし、オグリが「今日はハンバーグの気分だな」と一言発したとたん、厨房の人たちがバタバタとバックヤードへ消えていく様を見てきた。 今となっては、あの人たちの気持ちが分かる。とてつもなく食べる子が複数来ると、その瞬間、私たちは夢を持つ料理人から、根性だけで手と足を必死に動かす兵士に変身する。 その最前線にいる私たちは、さしずめ過酷な戦場を潜り抜けてきた生き残りだ。 そんなことを仕事にしていると、いくら料理が好きだと言っても、少し嫌気が差すことがある。 私の場合、一緒に住んでいるのがあのオグリキャップだから、やっぱり料理も人より多めに――モニーとタマモ先輩のおうちがどれだけ料理をしているのかは知らないけど――作ることになる。 だから、今日は自分の分だけ作ればいい、と分かるのがそれなりに嬉しくなるのだ。 浮かれ気味になった私は、レジに並びかけていた身体を180度反転させて、お酒のコーナーに足を向けた。 一人分だけなら、ビールでも飲みながら作っちゃおうかしら―― 普段は絶対に立ち寄らないお酒のコーナーに入り、一本だけビールのロング缶を手に取る。 代謝の高いウマ娘に生まれて良かったな、とお酒を飲むときにはつくづく思う。本当かどうかしらないけれど、外国ではお水の代わりにビールをごくごくとやってしまうウマ娘もいるらしい。 良く冷えた缶を手に、ここいらの主婦の人たちですっかり行列となったレジに私は並び直した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 少し気温と湿度が上がり、若干まとわりつく外気を感じながら、自宅のカギを開ける。 ドアを開けた途端、ふわりと心地よい空気を感じる。タイマーをセットしておいたエアコンが作ってくれた、冷たい空気だ。 タマモ先輩が「夏場はエアコンを除湿でつけっぱなしにするのが、電気代も安上がりでお得やで」と教えてくれたけれど、イマイチ信頼できなくて、結局タイマーにしてしまっている。 冷たい空気に包まれながら、冷蔵庫に食材を詰めていく。二人暮らしとは思えない大きさの冷蔵庫だ。パンパンに詰め込まれた野菜室や冷凍庫の食材も、キャップがいるときには3日で空っぽになる。その食材を捌く自分の実力をちょっとだけほめてやる。すごいぞ。 私は保温バッグの中から、少しぬるくなってしまったビール缶を取り出した。 やっぱり冷えている方が美味しいだろうなと思った私は、厚手のキッチンペーパーを水でぬらして缶の周りに巻き、冷凍庫に入れた。 キッチンペーパーからの気化熱で、すぐ飲み物が冷える裏技だ。これも、タマモ先輩に教えてもらった。 買ったブロッコリーと豚肉を並べ、フライパンを火にかける。 熱しながら、ごま油をすこし垂らす。ごま油はたくさん使えば使うほど香ばしくて美味しくなる魔法の調味料だけど、やっぱり高い。エンゲル係数が高くなりがちな我が家では、そんなにたくさんは使えない。 熱がごま油に伝わって、ふわりと香ばしい香りがキッチンに漂う。気分がすこぶる良かった私は、そこで初めて換気扇をつけていないことに気が付いた。慌ててスイッチに手を伸ばして、換気扇を回した。飲んでもいないのに、もう酔っぱらっちゃったみたい。 火を弱火にして、チューブのにんにくを油に入れる。ぱちっ、と一回だけ音が立つ。にんにくの香りをじっくりと油に移してやる。 その間に、ボウルに水をためてブロッコリーを洗う。ブロッコリーは水をはじく油の膜が貼ってあるから、洗う時にはさかさまにして、水に入れたり出したりする方が良い。 水を切って、まな板に縦にしておく。下の方から房を一つずつ切り落としていき、いつも見かけるブロッコリーの大きさにしていく。ある程度落としたら、幹の部分を真横に切り落として、残りを注意深く切り分ける。 房の大きさをそろえるには、茎に十字に切れ込みを入れて、手で割くようにするとまな板も汚れなくて済む。大きさを揃えてやることで、茹でる時間や炒める時間が均一になるのでより美味しくなるし、なにより栄養が壊れにくい。筋肉をしっかり育成する必要のあるアスリートなウマ娘たちにとって、大事な一工程だ。 割いている内にそれなりの時間が経ったので、残った大きい茎に取り掛かる前に、私は冷凍庫の扉を開けてビール缶を手にした。プシュ、とCMでよく聞く音を立てて缶を開ける。そのまま一口。うん、おいしい。 すっかりご機嫌になった私は、大きい茎の皮を厚めに切り落として、回しながら芯を切り出していった。6mmくらいの斜め切りにすると、芯も美味しく食べることができる。捨てるところがどこにもなくて、嬉しい食材だ。 キャップが帰ってきたときのために、房の部分だけ冷蔵で保存する。 今日は私一人しかいないし、ブロッコリーの芯と豚肉の炒めどんぶりでも作って、美味しくサボっちゃおう。包丁を一旦おいて、もう一口、ビールを煽った。 それからは、特に話さなきゃいけないようなことは無い。 あったまった油をフライパンに十分回して、ブロッコリーの芯を入れる。中火に戻して、塩を一つまみ振ってしんなりするまでゆっくり炒める。菜箸を動かす右手と、左手にはまだまだたくさん残っているビール缶。 しなってきたら、豚肉を加えてほぐしながら、蓋をして熱を加える。 お肉に火が通ったら、味付けをする。今日は30%引きになっていた焼肉屋さんのタレだけ加えて、全体になじませる。 炊いておいた麦ごはんをキャップの絵が描かれた丼に盛って、その上にお肉のうまみとごま油の香りをたっぷり吸ったタネを載せる。お酒をもう一口だけ。 喉を通しながら、このビールを炒めている間に加えてみたらもっとおいしくなったかな、なんて酔っぱらいみたいなことを考えてみる。思い付きで料理はしない方がいい。 うーん、いい香り。せっかくだから、スープはお味噌汁じゃなくてわかめスープにしちゃおう。 全部揃ったら、と言っても2品目で一人しかいないけれど、私は手を合わせて「いただきます」をした。 どんぶりの底にいるキャップの「ごちそうさまでした。」が見えるまでは、ほんの数秒しかたっていなかったんじゃないだろうか。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 【今日は何を食べたの】 【地元の人たちが運んできてくれたケータリングだ】 【とても美味しくて、イチにもここにいてほしいくらいだ】 【良かったね】 【イチは何を食べたんだ】 【とてもキャップには出せないような丼ごはん】 【私も食べたい】 【残念だったね】 【明日には帰れるからもう一度作ってくれ】 【考えとく】 【約束だ】 【はーい】 【おやすみ】 【おやすみなさい】 了 ページトップ
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<第31回 (2008年)|第33回 (2010年)> 今年のテーマ 概要放送時間について 会場について データ放送 マラソンゴールについて 会場の変更及びローカル枠未実施 出演者によるインフルエンザ問題 サイト内ページ 主な出演者 番組協賛社 NTVリンク telespo 放送日 - 2009年8月29日(土)・30日(日) 今年のテーマ 「START!」 概要 メイン会場は、前年の日本武道館から有明のある東京ビッグサイトに変更され、武道館以外でのメイン会場は、第14回(1991年)の東京都庁以来、実に18年ぶりになる。過去に日本テレビで東京ビッグサイトでの放送は2008年1月5日に放送(同年1月3日に収録)された「欽ちゃん 香取慎吾の第79回全日本仮装大賞」以来1年1ヶ月ぶりで、生放送では2005年12月31日に放送した「輝け!2005年お笑いネタのグランプリ」以来3年8ヶ月ぶりのことである。 また、8月30日(日)に投開票が行われる「第45回衆議院議員総選挙」と同日になる為、夜8時前後に一旦「ZERO×選挙2009」(キャスター:島田紳助、村尾信尚ほか)のスタジオに移り、出口調査を一旦報じた後、平行してL字画面で当確情報を入れ、夜9時に「ZERO×選挙2009」を放送する。 放送時間について 当初は土曜18 30から日曜20 54の予定だったが、今回の放送は土曜18 30から日曜21 00の26時間半と昨年より6分延長する。 また、土曜夕方5時~7時の番組は「所さんの目がテン!」は休止。後の「NNN Newsリアルタイム・サタデー」「名探偵コナン」「満天☆青空レストラン」は通常より30分繰り上げての放送になる。「満天☆青空レストラン」を遅れネットしている秋田放送と山梨放送は同時ネットになる。 例年「グランドフィナーレ」を深夜に放送している沖縄テレビは「FNN選挙特番」と「柔道世界選手権」「F1ベルギーGP」と朝までフジテレビの番組を同時ネット・優先する為、放送されない。 会場について 前途とおり、東京ビッグサイトにメイン会場になる為、例年と異なり、東京ビッグサイト前に募金会場を設ける。(29日(土)~21 00、30日(日)6 30~21 00)その為、観覧できない為、メイン会場の風景は見れない。募金会場の近くにチャリティー会場にてイベントが行われる。 なお、日本武道館はこの日に別の興行イベント・ヴィジュアル系ロックバンド Plastic Treeのワンマンライブ「テント」を行われた。 データ放送 放送開始から30日(日)19 30までを対象に、5分毎に1ポイント増え、そのまま見続け5ポイント(25分視聴)毎にNNSキャラが1キャラ増えてきます。 マラソンゴールについて イモトアヤコが放送時間内にゴール出来なかったため、後番組の「ZERO×選挙2009」に放送された。21 56ごろの番組内で生放送ではなく21 12にゴールした映像を放送させた。2003年に違う点としては東京ビッグサイトに居た観客を帰らせなかった。「ZERO×選挙2009」は民放各キー局どころか各地区で全体の選挙特番でトップをマーク。最高39.0%を記録した。視聴者では「結果が判った選挙よりマラソンを優先べきだ」と思いました。 自民総理は安倍晋三首相時代・2007年の「FNS27時間テレビ」の放送日に選挙を実施したが、民主に大敗し首相を辞任。麻生太郎首相時代・この年の「24時間テレビ」の放送日に選挙を実施したものの民主に100席以上の大差で大敗。結局は自民総理は長時間特番の放送日を重複した選挙で何れも大敗を招く結果になってしまった。 「ZERO×選挙2009」は基本的にはNNN30局ネットで放送されていたが、関西一円(三重を除く近畿地区)の放送エリアをもつ読売テレビは唯一ゴールシーンを放送せず、関西ローカルの選挙速報を放送した。 会場の変更及びローカル枠未実施 世界的経済不況の煽りによる経費節減に加え、衆院選投票日と同日だったために開票特番への人員も割かれたこともあって、特に系列局では規模を大幅に縮小し、読売テレビではこれまでのメイン会場だったツイン21から読売テレビ本社へ変更された。また西日本放送のように開票特番の準備で逆に本社が使えず別会場に移動(岡山側のみ)したところも出てきた。ローカル差し替え枠も同様に減らされて日テレ同時ネットになった局も多かった。 出演者によるインフルエンザ問題 出演者だったNEWSの錦戸亮と山下智久にオードリーの2人、合わせて4人が相次いでA型インフルエンザに感染したことが確認された。遺伝子検査を行っていないため、確認されてはいないが、新型インフルエンザの疑いもある。このなかで、錦戸亮は本番組の出演中にすでに発熱などの症状があったが、そのときの簡易検査の結果が陰性だったため、出演を続けていた。この3人は多くの一般来場者や出演者などと接触しているため、本番組を発端とした大規模な感染拡大が起こる恐れがあるとして、日本テレビは3日、当日出演していたタレント約40人の大半に注意を喚起した。同じ、日本テレビの夏特番「高校生クイズ」では各地区大会会場に「新型インフルエンザ感染予防のために「キレイキレイ薬用泡」で出てくる消毒液で消毒することをお勧めします」と掲示し、番組筆頭スポンサーのLION(この年の番組のスポンサーの1社(主に1992年以降の土曜夜8時枠でのスポンサーを務めている。)である。)の商品「キレイキレイ」を全地区大会に置いていた。この年、全国各地でイベントや公共スペースの休館や中止が相次ぎイベントや建物、ホテル等の公共施設などでアルコール消毒液の設置が慣例となっていた。また、選挙会場でも消毒液を置くコーナーがあった。 「24時間テレビ32」ではこの処置が取っておらず、出演者やスタッフに感染している恐れも生じている。 サイト内ページ タイムテーブル 系列局班 ビッグサイト班 中継班 深夜ブロック 主な出演者 メインパーソナリティーNEWSNEWSのメンバー出演は初めてで、メンバーのうち、過去に何回か山下・手越は出演した。 チャリティパーソナリティー菅野美穂 番組パーソナリティーネプチューン ベッキー チャリティランナーイモトアヤコ 番組協賛社 日産自動車 JCB イオンリテール KDDI 東洋水産 住友生命 NTVリンク 24時間テレビ32・番組内容 24時間テレビ32・速報ページ 24時間テレビドラマ telespo telespo2009 - 24時間テレビ
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放送日時 - 1978年8月26日(土)20 00~27日(日)20 00 概要 「日本テレビ開局25年記念番組・テレビ25年スーパースペシャル」として「愛は地球を救う」をキャッチフレーズに、日本各地でチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。当時『11PM』のスタッフだった都築忠彦が、アメリカのラスベガスで毎年開催されているチャリティーテレソン『レイバー・デイ・テレソン』を見て、日本でもやれると考え企画し、当時制作局長の井原高忠を口説き落として実現した。『11PM』の「巨泉の考えるシリーズ・世界の福祉特集」から誕生したものでもある。第1回目は1953年に日本でのテレビ放送が始まって25年を迎えたテレビが、みんなの募金で寝たきりの老人に巡回お風呂カー(現在は名称が「訪問入浴車」に変更されている)を、体の不自由な子供たちにスクールバス(リフト付きバス)と電動車いすを寄贈しようというものであった。 当時、終夜放送は年末年始や緊急時(大規模な地震・台風などの自然災害や、戦争・紛争、交通ストライキなど)、ならびにオリンピックのうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われておらず、通常の放送を休止し特別番組を終夜放送することは当時としては画期的な企画で、福祉をテーマにしたことから実現可能であった。第1回でスタジオ総合司会を務めた大橋巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」と述べている。 当時の民放番組のスポンサー体制は一社提供が主流であり、複数社が提供を行う形とした本番組の仕組みにスポンサーが難色を示していたことに加え、週末のゴールデンタイムの番組が固定されていた関係で、局内からも本番組の放送には反対の声が多かった。当初は1回限りの予定だったという。しかし、放送開始と同時にスタジオの募金を申し込む電話が鳴り止まず、24時間で189万本もの電話があったという。しかしスタジオに繋がったのはたったの7万本だった。さらに募金額が予想以上に多く、スタジオ置かれていた募金を換算するための機械も金額の多さに読み取りが間に合わない状態で、機械の周りには男1人では持ち上がらないほど大きく膨れ上がった募金がつまった袋が換算を待っている状況だった。この状況にグランドフィナーレで登場し、スポンサー、代理店、系列局、募金をしてくれた国民に感謝を述べた当時日本テレビの小林與三次社長は、「ご支持いただくなら、日本テレビとしてはそういう必要がある限り何度でもやります!」と述べ、翌年以降も開催することが決定した。 日曜日の夕方には当時あった渋谷パルコパート1横の公園広場から青山通りを通ってグランドフィナーレの会場となった代々木公園までをパレード。パレードの出しに募金を持ってこようと寄ってくるものもあり、危うく事故になりかけるアクシデントもあった。さらに、代々木公園にもテレビを見ていた視聴者が会場に押し寄せ、後方のカメラからでも入りきらないほどの人だかりとなり、途中子供や体の不自由な群衆らが下敷きになりかける、迷子の子供が出るアクシデントもあった。グランドフィナーレの途中には街頭で募金を集めていたタモリが黄色いTシャツに白い短パン姿、青と白のシマシマ靴下で、聖火ランナーとして登場。聖火台に点火した。 大橋巨泉は番組の最後に、「『24時間テレビ』今もう終わるんですが、まだ電話は鳴り続けています。たった一日の冒険でしたけども、明日から普通のテレビに戻りますが、この番組が終わる前に、僕、二つだけ言いたいことがあるんです。一つは(募金額の)99%が1円玉、5円玉、10円玉だと思うんですね。金額は少なくとも量は。ということは、貧しい…、決して豊かでない人たちが僕たちの企画に賛成してくれて、募金してくれたと思うんです。僕が言いたいのは、福田(赳夫)総理大臣を始め、政府の方、全政治家の方に、本来はあなた方がやることだと思うんです。ですから、福祉国家を目指して良い政治をして頂きたいと思います」と時の政権に訴えかけていた。さらに募金をしてくれた視聴者や代々木に集まった観衆たちに「お金を寄付したからもう終わりではなく、一番大事なのは意識だと思うんですよね。強い者が弱い者を蹴っ飛ばして世の中を作るんじゃなくて、弱い人たちと一緒に行く。だから今日募金してくれた人は、明日から車があったらそこへ割り込もうとかおれの方が運転がうまいとか、殴り合いになったら俺が強いから先に入るということじゃなくて、ちょうど先進国であるように一台、一台、車で一つの道で入っていくというそういう運転にしてもらいたい…。運転だけじゃなくて(竹下景子「全てへの心配りがね」)そういう意識、大事だと思うんです。」と呼びかけている。 番組終了の段階での募金総額は、4億3864万1852円(19時半現在。ただし、Gスタジオで既に集計を終えた寄金のみ。代々木公園のステージの募金、Gスタジオのまだ集約していない募金、系列局にある募金という集計に時間を費やすものは放送終了後も集計を行った。また、募金受付も9月14日まで継続した)。全ての集計を終えて、最終の募金総額は1978年11月2日の木曜スペシャルで放送された『24時間テレビ ありがとう番組』で発表され、最終総額は11億9011万8399円に達した。この記録は2011年の第34回(募金総額 19億8641万4252円)まで破られることはなかった。 番組開始当時の企画趣旨 第1回放送時に発売されたサウンドトラックに都築が記した、番組開始時の企画主旨の説明を兼ねたレコードの解説が掲載されている。これはその解説から企画設立当時の番組趣旨の部分を、原文のまま引用したもの(データ・呼称は1978年当時のもの)。 番組制作にあたって この番組はテレビ誕生25周年を記念して、テレビの社会的使命をPRし、その進歩的な役割を遺憾なく発揮するため、 1:テレビの情報機能の精華として現代社会のあらゆる最新の情報を24時間でコンパクトに整理し提供する映像百科全書的番組 2:テレビの同時性と視聴者参加の機能を発揮するため恵まれない人たちに日本中の視聴者が愛の基金を寄せる24時間の涙と感動のドラマ中継ドキュメンタリー の2つの要素を有機的に統合した24時間番組です。 1の要素は、24時間一貫して司会するスタジオキャスター(大橋巨泉)が、宇宙中継、VTRロケ、アニメーションなどあらゆるテレビ的テクニックを駆使して、現在の人類に関する事実を、現代人として欠くべからざる必須の知識として緊密に構成し、月曜の11PM風のオモシロ、オカシイやりとりのうちに視聴者に納得させるものです。例えば、エネルギーはあと何年もつか、その後はどうなる、人口問題は、食糧危機は、現在地球上の人類は何億の人口を持ち、どんな国や文化に分れてくらしているか、中国は、アジア、アフリカは、ラテン・アメリカはといった知識から、将来人類は宇宙空間に進出するのか、超能力やUFOは存在するのかといった興味までをわかりやすくダイナミックに畳み込んでいきます。 これらは、放送時間帯に応じて視聴者対象を分析したうえで配列されます。 2の要素は、チャリティパーソナリティ(萩本欽一)を先頭に、多彩なタレント人が24時間、不眠不休でキャンペーンし、その模様を随時系列各局をリレーしながら生中継します。 ネットワーク各局は、それぞれの地方の特色を盛り込んだ募金センター「愛のチャリティ・バンク」を設け、随時募金に立ち寄る人人をナマ中継します。特定のネットワーク各局には、ローカル・カラー豊かなチャリティ・タレント(読売テレビでは横山やすし、西川きよし、笑福亭仁鶴、桂三枝)が、中継部分のパーソナリティ役を務めます。日本テレビのGスタジオでヤングチャリティボランティアによる募金受付センターが設けられ、全国からの電話による募金の申し込みと、チャリティパーソナリティーへの激励のメッセージが、続々と舞い込みます このスタジオには募金額表示電光板が設けられ、刻々と募金額がスポットで放送されます。別に電話申込の額が電光表示されます。 会場中央には合計金額の表示がひときわ大きく電光掲示されます。 土曜日の8時~10時と、日曜の5時~8時は、各局を結んで、オープニング及びフィナーレのTVショーが催され、オープニングでは番組の趣旨説明、全国国民への呼びかけ、パーソナリティへの激励が人気タレントにより豪華に行なわれ、フィナーレでは同じく人気タレントのショーの最中に、マラソンの優勝者の如くチャリティパーソナリティが倒れ込んで帰って来ます。ここでそう募金金額が放送され、寄金の具体的な使途が映像で視聴者に説明され、涙と感動と興奮の幕切れが演出されます。全国の学生組織及び老人のマラソンクラブなどボランティアによる協力募金運動が同時に組織され、生中継されます。東京では、「愛は地球を救う・ヤングチャリティボランティア東京委員会」が組織され、メンバーを募集します(応募先・東京麹町郵便局秘書箱50号 日本テレビ・チャリティ係)。 番組中では、この寄金によって、どこの誰が、どんなに仕合わせになるかといったことが、ドキュメンタリーの形でわかりやすく放送されます。 1と2の要素を結びつけるのは「愛だけが地球を救うことができる」という現代の冷厳な事実です。地球の寿命は46億年を数えますが、あらゆる「種」はそれに較べれば一瞬の生を享受して絶滅していきます。恐竜は7500万年前に突然絶滅しました。人類も現在40億の人口を抱え、30年毎に倍増しています。 地球では200億人は生存できないといわれています。その限界に達するのは、そんな遠い未来の事ではありません。その間に人類のとるであろう選択は二つしかありません。 一つは偏見と差別に満ちた19世紀以来の勢力のしのぎ合いです。 もう一つはとぼしきを分ちあい、人種・性別・海草などで差別しない理性的な人類福祉社会です。攻撃的なポリシーを撮るか、連帯合いによる均衛経済の地球家族をとるかということです。 前者は、究極的にエネルギーや資源の浪費を招き人類の住みにくさを加速度的に増していきます。とすれば、地球を救うのは連帯しかありません。そして、その連帯はこの「危機にあるという事実」を人々が知ることから可能です。そのためには「テレビ」が大きな役割を果します。 1の部分でっは、そうした事実をわかり易く提供し、世界の人々の生活が24時間で伝えられます。そして2の部分で、その連帯合いの実験的実践が放送されます。 かくして、番組当初では、異質な要素であった1と2の部分が、大団円では一種の運命的な帰結として一体のものになります。これはたんに24時間番組を埋めてみた、という放送ではありません。ひとつの強いメッセージを持った壮大なテレビドキュメンタリードラマです。 現在のところ次の二つの目標を設定しています。 1 身体障害児のための「リフト付きバス」と「電動の車椅子」 2 ねたきり老人のための「巡回浴槽乾燥車」(移動お風呂カー) 1は肢体不自由児などの社会性をはぐくみ、明るく逞しく育ってもらうことを願うものです。こうした子どもたちはハンディキャップのゆえにともすれば在宅学習などを強いられるものですが、こうしたバスがあれば、もっとたくさんの仲間たちの中にとびこみ、遊んだり勉強したり出来ます。一方、健常児たちもこの子たちの事を学びいたわりと連帯の精神を培うことにもなります。また、電動の椅子で、身障児は話発さを増すことになるでしょう。 2は全国で50歳以上をとってみれば百万人以上(65歳以上のねたきり老人は37万人)と推定される寝たきり老人にお風呂に入ってもらうための「移動お風呂カー」です(全国3185自治体に現在わずか75台しかありません)。信じられないかも知れませんが、1年や2年お風呂へ入れないねたきり老人はザラで、宮城県では何と12年間もお風呂に入れない老人もいました(以上全社調べ)。その人は、「12年間も入浴できないのは悲しいが、あきらめている。あきらめるとラクだから」といっています。日本人として生れて来て、一生働き通したあげく、お風呂へ入れないという現実をテレビでアピールするとともに、たとえ何台かでも寄贈して入浴してもらおうという狙いです。 主要出演者 総合司会:萩本欽一、大竹しのぶ 東京キャスター:大橋巨泉、竹下景子 チャリティー・パーソナリティー:ピンク・レディー 大阪キャスター:横山やすし・西川きよし タイムテーブル 8月26日 20 00 グランド・プロローグショー 第一部 20 54 ニューススポット 21 00 グランド・プロローグショー 第二部 22 00 パロディーショー「ギャグマシーン」 23 00 宇宙中継「地球家族会議」 23 45 チャリティー電話 25 00 このかげがえのない星 26 00 音楽は世界をめぐる 27 30 夜明けのロック 29 30 夜明けののど自慢大会 8月27日 6 00 世界の福祉・日本の福祉 8 00 日本列島120分 10 00 手塚治虫原作・スペシャルアニメ「百万年地球の旅・バンダー・ブック」 12 00 昼のニュース 12 15 SF的テレビショー 2001年・未来の旅 13 15 チャリティー・キャンペーン「愛にありがとう」 14 15 大爆笑!関西芸能人募金獲得大作戦 15 45 日本の110年~映画で綴る現代史~ 17 20 チャリティー大行進 18 00 NNN日曜夕刊 18 25 天気予報 18 30 グランドフィナーレ「愛は地球を救う」 第1部「チャリティー・ウォーク」 19 00 第2部 19 30 第3部 備考 この回だけ静岡地区は静岡県民放送(愛称「静岡けんみんテレビ」 現:静岡朝日テレビ)が参加。 詳しくはこちらを参考 けんみんテレビ クロスの時代
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/20.html
目次 目次Part1(174~175) Part21つ目(≫47~48) 4つ目(≫176~178) 5つ目(≫192~194、≫197) Part31つ目(≫76~84) 2つ目(≫140~146) Part41つ目(≫39~51) 2つ目(≫124~138) 3つ目(≫162~164) 4つ目(≫184~189) Part51つ目(≫57~60) 2つ目(≫113~134) 3つ目(≫144~146) 4つ目(≫173~176) Part1(174~175) 「おはよう、あの、すまないが、ちょっと聞いても良いだろうか」 泥だらけのジャージ姿で、朝日に光る葦毛を蓄えた、地方のヒーロー様が道を聞いてきた。 私は彼女の姿を見るなり、片方の眉を吊り上げずにはいられなかった。自然体を保って接するつもりだったけど、向こうに先手を取られてしまった私は、仁王立ちの姿勢を取って彼女と向かい合った。 先月の頭に転入してきて、織り込み済と言わんばかりにすぐトレーナーがついたことを聞いた。その後、今月に入るまでもう重賞三連勝。 私なんかまだデビューすら果たしてないってのに。 正直に言って、ウザい。レースでは勝つのがまるで当然ってつもりで平然な顔をして、でも学園の中では私はまだ新人です、みたいな困り顔であちこちうろついている。 おかげで私も朝から探し回らなくて済んだ。大通りで待ってればフラフラしてるのが勝手に見つかるからだ。 「ここはどこだろうか。良ければ、カフェテリアまで連れて行って欲しいのだが」 どうやら方向音痴みたいで、至るところでみんなに道を聞いては迷ってる。 みんなはそれがカワイイなんて言って、まるでアイドルかのようにコイツを見てる。 どっかの地方でも勝ちまくったのは確かにすごいし、正直、コイツのレースは確かに息を呑む迫力があったのを思い出す。 でもムカつく。ぽっと出のくせに調子に乗ってる。 私はコイツの質問を無視して、黙ってカバンから風呂敷で包んだお弁当箱を取り出して、困り顔をしている目の前に突き出してやった。 「カフェテリアなんて行かなくていいんじゃないんですか。これ、あげます」 コイツの視点が私からお弁当箱に向いた。視線が、何度か私の顔とお弁当箱を行き来する。 「あの、これは何だろうか」 「何って、お弁当です。あげます」 まだ飲み込めていないのか、困り顔が呆けた表情に変わった。 「あ、ありがとう。君は優しいんだな。私はオグリキャップと言うんだ」 知ってる。コイツは、この学園でコイツのことを知らないやつがまだいると思ってるみたい。 「君は、なんていう名前なんだ?」 私は質問に答えなくて済むように、自分からまくしたてるように話した。 「別に、通りかかっただけなんで。オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃないですよ」 「そ、そうか。しかし……」 「オグリさん、いつもすごいご飯食べてるんで足りないかもですが、カフェテリアまでのおやつにでもどうぞ」 私の言葉にちょっとたじろいだ様子を見せたけど、お弁当箱の重みで突っ張った風呂敷の結び目を持つ私の手に右手を被せて、左手をお弁当箱の下に入れて支えながら、とうとう受け取った。 それまで突っ張っていた風呂敷が、少しだけ緩む。私は触れられた手の感触に驚きながら、それが顔に表れないように、お腹に力を入れてこらえる。 「ありがとう。助かる。そうしたらこれを食べたあと、またカフェテリアまで連れて行ってくれるだろうか」 二人で三女神様の池に備えられたベンチに座る。 泥だらけのジャージで、朝日に照らされながらキラキラした目で弁当箱を見つめる姿は、確かに愛嬌であふれていた。 尚のことムカつくけど、無邪気に風呂敷の包みをほどく姿には、それを認めざるを得ないなとちょっと思ってしまった。 でも、私が用意したのは、そんな子供のような純粋さを裏切るようなものだ。朝コイツとほとんど同じ時間に起きてこしらえた、特製の嫌がらせ弁当。 ほうれん草やブロッコリー、アスパラガス。私たちウマ娘の間で苦手な奴の多い食材をたっぷり詰め込んでいる。 どんな表情をするかと思うと、反応が楽しみでしょうがない。思わず、口元が歪む。 ヒーロー様が弁当箱の蓋を開け、中身を見る。私は視線をコイツの顔に移して、反応を覗った。 すると、コイツの瞳はキラリと一瞬輝いて――私の予想とはまるっきり離れた声を上げた。 「わあ、とてもおいしそうだ」 えっ、コイツ、何言ってんの? いただきます、と一言大事そうにつぶやいて手を合わせたと思いきや、目にもとまらぬ勢いで中身が減っていく。 私が一人で混乱している間に、蓋を大事そうに閉じてこれまたしみじみと、コイツはごちそうさまを済ませていた。 「ありがとう、本当においしいお弁当だった」 本当にうれしそうな顔をこちらに向けてきた。その口元には、ブロッコリーに和えた白ごまが一つ、ほくろのようにくっついていた。 「君は、とっても良い人なんだな。お礼がしたいのだが、名前はなんていうんだ」 何コイツ。どういうこと。そういう反応求めてないんですけど。ていうか、なんで野菜だけで食べられるの――目の前で起きた現実を吞み込めなくて、すっかりパンクしてしまった頭で何とか返事を絞り出す。 「あ、えっと、じゃあ弁当終わったし、カフェ行きますか」 こっちです、と一声かけて、すっかり軽くなった弁当箱をひったくってベンチを立ち、その勢いのまま先に歩き出した。後ろから慌てたように追いかけてくる足音が聞こえる。 今日は朝からコイツをやり込めて、体調を崩してやろうと画策していた。けれど、その企みは完全に失敗してしまった。そんな表情を読み取られたくなくて、先に歩き出したかった。 明日こそ。明日こそ嫌いなものを食べさせて、がっかりさせてやると心に誓う。 料理雑誌に『これはNG』と書いてあった季節外れのきゅうりでも、使ってやろうか。 今日の放課後のスケジュールに、スーパーへ行く用事をどうにかねじ込む方法を考えながら、ヒーロー様をカフェテリアまで案内した。 了 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。 ページトップ Part2 1つ目(≫47~48) 二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 02 38 45 その日は寮の部屋でベッドに寝そべりながらぼーっとしている私だった。天井をしばらく見つめて、飽きたら寝返りを打って壁を見つめて、また天井に視線を戻す、そんな日だった。 学園が嫌になったとかじゃなくて、単純に予定のない休日だっただけだ。 いつもつるんでる友達はみんなメイクデビューのためにレースに出走中で、自分は先週に同じことをしていたから、休養で予定が合わなかったのだ。 壁を見つめているうちに、ぼんやりとその結果を思い出す。もう少しで1着に届きそうだった。これまでは良くても掲示板の最底辺だったけど、2着だった。 今までで一番の結果を出せたことは素直にうれしかった。家族も友達も、手を叩いて喜んでくれたのが、私も同じように嬉しかった。 けど、こうして誰にも見られていない静かな空間の中で、細かいところまで思い返していると、段々ムカつくような気持ちが胸の中に湧き出してきていた。 「アイツ」に近づいて、観察をしていた内にこの変化が現れたことが、自分の中でも明白だったからだ。もともと、空腹のタイミングを狙って差し入れるために、朝練や居残りトレをして時間を調節するようになった。横目でタイミングを伺ううちに、アイツの走るスタイルを見る機会も多かった。そこで、軽い気持ちで脚の回し方とか腕の振り方を見たまんま真似してみた。 それを繰り返していると、自分のフォームにも影響が出た。風を避けるように姿勢を低くして走り、高さを失った分、横へ横へと強く地面を踏み込むスタイル。教官にも「オグリキャップの真似か?」って言われるようになっていった。周りのクラスメイトからも「オグリギャルだ、オグリギャル」なんてからかわれた。 でも実際にタイムが縮まって、模擬レースの着順もぐんぐん良くなった。ちょっと猿真似しただけなのにありえないと思った。 アイツの調子が落ちて、このまま私の成績が良くなればいい。どうせなら、目下重賞5連勝中のアイツの記録を塗り替えて、6連勝できるようなウマ娘になりたいと思うようになった。 アイツの走りは、ただ驚くだけじゃなくて、自分が本当に同年代の、ましてや同じ生き物なのかと疑ってしまうような、恐ろしい走りだ。だからこそ、この連勝街道でコースレコードも叩き出してしまえるのだろう。 アイツのことをいろいろと考えている内に、だんだん頭の中に火が回ってきて、寝転んでいられなくなった。足を振り上げてベッドから降りる。 その足は不思議と、自然に寮の共用キッチンの方向へ向いた。 栗東寮のキッチンは、美浦のそれよりもちょっとだけ掃除が行き届いていない。 というよりも、本当に毎日使って手入れをするほど熱心な寮長さんとか生徒がいないってだけだ。 でもここ4か月くらいの間で、このキッチンを使う美浦寮ではちょっと珍しいやつが増えた。私だ。今まで見向きもしなかったけど、アイツへの嫌がらせに弁当を差し入れるって決めてから、ほとんど毎朝ここに立っている。 休日で誰もいないキッチンに立ちながら、物思いにふける。 アイツに合わせて早起きしなきゃいけないから、早く寝るようになったこと。鉢合わせないように、アイツが出て行ったのを確認してからキッチンに向かうこと。 共用の冷蔵庫には、いつもカレー用の食材が入ってること。ほとんど毎朝、そのカレーやお弁当を作ってるスーパークリークさんと会うこと。クリークさんはケガで休養中で、同室のナリタタイシンさんのためにお弁当を作っているそうだ。自分の目的とは全然違って、ちょっと心苦しい。 自分が保存する食材は、ウマ娘が苦手なことが多い食材であること。生のネギ類やナスとかだ。 クリークさんはいつも、「苦手なものがたくさん入っているお弁当を食べるお友達さんは、とっても偉いですね~」って言ってニコニコしている。 嫌いなものをぶつけたいから作ってるんです、なんて口が裂けても言えないので、えぇとかまぁとか言って、適当にやり過ごしている。 そんなやましい気持ちがあるから、なるべく迷惑をかけたくなくて、野菜サラダとか漬物とか、コンロを使わなくて済むような料理を選んでいること。酸っぱいのとか、ネギみたいに香りの強いものが嫌いなウマ娘は多いから、私にとっては一石二鳥ってわけ。 でもたまに、クリークさんが教えてくれるレシピがある。断るのも悪いから、そういうのはコンロを借りる。 クリークさんはずっと栗東寮のキッチンに立っていたこともあって、最初の1か月はお世話になりっぱなしだった。けど、私も慣れてきた今では、お互いに目配せだけで必要な器具とか調味料を手渡せるようになっていた。お互いに「エスパーみたいですね」なんて言って笑ってる。 弁当にしこたま詰め込むころには、アイツが帰ってくる直前くらいの時間になる。部屋に戻って制服に着替えて、鞄を持って外に出る。目指すところは学園の正門前から続く大通りだ。 そこで5分くらい待ってみて帰ってこなかったら、トレーニング場だからそっちに向かう。方向音痴のクセに、トレーニングの時間だけはきっちり守っているのが不思議でたまらない。腹時計がよっぽど正確なんだろう。 目的地に向かいながら、「今日こそアイツの嫌いな食材を引き当てて、調子を落としてやるんだ」と毎朝思っていること。 キッチンに着いた私は、せっかく来てしまったのだし、何か作ろうと思って冷蔵庫を覗き込む。 今日は休日だし、たまには自分のために料理してもいいかもしれない。考えてみたら、これまではずっとアイツのために料理をしていたので、自分が食べるためにキッチンに立つのは初めてだった。 そうだ、ちょうど一人だけだし、クリークさんに教えてもらった「漬物ステーキ」とかいうやつ、試してみよう。 私は、すっかり場所を覚えたまな板と包丁を取り出し、この間アイツのお弁当に紛れ込ませた大根のお漬物が残っていないか、きちんと調べることにした。 了 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。 ページトップ 4つ目(≫176~178) 二次元好きの匿名さん22/01/06(木) 01 40 14 「すまないが、もう大丈夫だ。」 「えっ」 「だから、もういらないんだ。」 「どうしたの急に、何か嫌なものでも入ってた?」 「嫌いなものはないんだ。私はなんでも食べれる。でも、もう君のお弁当だけは食べられない。今までありがとう。」 「待って、昨日入れた漬物焼いたやつでしょ。それが気に入らなった?」 「……私はなんでも食べれる。昨日のお弁当もおいしかったが、君から渡されたものだから嫌なんだ。」 「えっ、ちょっと。何言って……」 「じゃあ、これで。毎朝ここで待ってくれていたみたいだが、もう大丈夫だ。」 「オグリ、待って。」 「私はもう何も言うことは無いんだが……なんだ?」 「あの、私は、その、」 「もういいんだ。君が私の苦手なものを探って、親切のつもりで毎朝差し入れをしてくれていることは知っているんだ。」 「そういうわけじゃなくて、オグリ、」 「もう聞いているんだ。」 「えっ、誰から、」 「嘘をつくのは良くない。君が私の嫌がるものを探していることより、取り繕おうとしていることのほうが嫌だ。」 「待って、オグリ、聞いて、」 「素直に謝ったほうがいい。それじゃあ。ありがとう。」 「……わっ」 「ん、ああ、良かった。起きたな。」 「え、あ、オグリ。」 「おはよう。今日もいい天気だな。」 「あ、あの、その、」 「ん、どうしたんだ。おはよう。」 「ご、ごめん。すぐどくから。」 「どうしたんだ。いきなり動くと危ないぞ。」 「いや、ごめん、あの。」 「待つんだ、様子が変だぞ。」 「ごめんなさい、オグリ。ごめんなさい。」 「どうしたんだ急に。何にも謝ることはないぞ、君のおかげで、私は朝からこの通り、元気だからな。」 「うう、うん。」 「もしかして、お腹が痛いのか。そんな泣くことはないぞ。朝ごはんを食べすぎたのか。つまみ食いのし過ぎは良くないぞ。」 「うん、うん、そうじゃなくて。」 「どうしたんだ、そんな泣くことはないだろう。 「ああ、そしたら、うっかり寝てしまったのがショックだったのか?ここは日当たりもいいからな。」 「寝てた、えっ。」 「そ、そうだ。いつも私のことをここで待ってくれるじゃないか。初めて君の寝顔を見たと思う。」 「あ、ああ、私、寝てたの。」 「いつも私より早く起きてお弁当をこさえてくれているんだろう。多分、それで疲れてしまったんじゃないか。」 「そ、そんなことは無いと思うけど。」 「毎朝ありがとう。私のために朝作ってくれる人がいると思うと、毎日が楽しいんだ。本当に感謝している。」 「でも、さっきはいらないって、」 「そんなことは言っていないぞ。どうしたんだ。……もしかして、風邪をひいてしまったのか。あれはダメだ、変になってしまう。」 「変になっちゃう、の。」 「そうだ。見たこともないものを見てしまうんだ。コーヒーの中にラー油を入れる喫茶店とか、変な料理番組とか……熱はないか。」 「わっ、オグリ、大丈夫だから、ちょっと、」 「……すこし熱いぞ。今日は休んだほうがいい。無理をしてはダメだ。」 「オグリ、あの、」 「うん、どうした。」 「怒ってないの?」 「怒ってない!何にも怒っていないぞ。だから、泣かないでくれ。」 「あの、あのさ、私体調悪いかもだけど、お弁当、あるんだ。」 「今日もあるのか!ありがとう。嬉しいよ。」 「これ、食べてくれる。気分悪かったら、その、いいから。」 「いや、もう朝ごはんまで待ちきれないんだ。昨日と同じように、ここでいただくよ。」 「ありがとう、オグリ。」 「そんな、私のほうが感謝しなければいけない。君のおかげで、午前の授業が頑張れるよ。」 「ふふ、何それ。まるで午後は無理みたいじゃん。」 「2時限目が終わったらお腹が減ってしまうからな……カフェテリアだけではどうしても足りないから。野菜もたくさん入っているこのお弁当なら、腹持ちがいい。」 「うん、うん。」 「あっ、どうして泣くんだ……そんなにおかしいことなのか?チヨノオーも笑っていたんだ。」 「ううん、ごめん、ありがとう。今日も野菜いっぱいだから。」 「うん。いただきます。」 了 ページトップ 5つ目(≫192~194、≫197) 二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 19 35 25 「ね~、イチ?」 「ちょっと聞いてる?」 「え、ああ、ごめん。シラけてたわ。」 「ま~たダンナのこと考えてるよ。まったく」 「は、どういうこと。」 「最近どうなの、分かったの、苦手なモノ。」 「ちょっと待った、私たちで順番に挙げるからイチは黙ってて。」 「えー、メンドくさ。何なの。」 「キャベツ。」 「違う。酢で和えても食べるよ。」 「ほうれん草。」 「おひたしが一番ダメ。喜んじゃう。」 「ブロッコリー。」 「塩で茹でてゴマでもイケる。」 「じゃあ、カリフラワー。」 「マリネはダメだろうと思ったら、初めてだって言って平らげる。」 「マージで?酢ってだけで私イヤだわ。」 「あと何がある?えー……あ、チーズ。」 「今言ってくれた野菜と一緒に出し終わってる。」 「嘘でしょ、臭くないのかよー。スゲーなスター様。」 「ヤバすぎ、もう選手やめてほんとに皆のアイドルにでも転向して、グルメリポーターでもやったらいいんじゃないの。」 「そうなの、出す食材出す食材、全部きれいに食べて『ご馳走様』とか言ってくんの。ほんとムカつく。」 「イチ、声真似似てねー。ウケる。」 「もう苦手な食材で弁当作んのやめてやろうかと思った。」 「いやー、でも毎朝ほんとによくやるよ。」 「いや、毎朝じゃないし。大体1日おきくらいでしょ。」 「え、毎日じゃなかったの?」 「アイツが起きる時間に起きる子なんてほとんどいないし、毎日なんか作れないっしょ。」 「いや、でもクリークママも言ってたよ。『最近、イチちゃんがキッチンにいつもいてくれて、楽しいんです~』って。」 「いや、最近としか言ってないじゃん。毎朝とか毎日とか言ってないでしょ。」 「いやいやいや、でもどんだけ続けてるのって話よ。」 「寮のキッチンなんて、美浦のヒシアマ姐さんか私らのクリークママかって二択しかなかったわけよ。そこにあんたが入ってくるんだから、ねえ?」 「別にいいでしょ。アイツが気に入らなくてやってるんだし。」 「気に入らないかあ。」 「気に入らないよねえー!」 「何!アンタ達だって最初はノッてきたじゃん。」 「そりゃあ最初はそうだけどさ、こんなに熱心にはならないっしょ。」 「ぶっちゃけちょっと苦手な食材渡したところで、それ以上に食べて上書きしてきそうだし。」 「実際のとこ、あんたの言うとおりだよ。」 「いや、イチさんは、まことに、ご執心でございますなあ?」 「この調子だと、ふふ、そのうち寮の部屋まで押しかけるようになるよ。」 「ヒーローにはヒロイン、アイドルにはマネージャーが必要だもんなー!」 「ねーちょっと!もういいでしょ!やめてってば!」 「いやでも、イチ、自分がなんて呼ばれてるか知らないでしょ。」 「オグリギャルでしょ。知ってる。」 「違うんだなぁ。」 「『オグリの嫁』よ。」 「『通い妻』ってのもあるね。」 「はー!?意味わかんないんですけど!それ、私とアイツのこと知らないだけでしょ。」 「だから、そういうのだって。」 「どう見たってあんたたちカップルよ。よく考えてみなって。」 「朝、早起きして頑張るダンナに、同じく早起きしてお弁当をこしらえる嫁さん。」 「それを食べて元気出して、一日を頑張るダンナ……」 「でもダンナさんは忙しいから、その朝にしか会えないんだよね……」 「明日は喜んでくれるかな、健康にも気を付けないとな、って苦心する嫁……」 「これはもう完全にイチだって話になってるわけよ。」 「ね、イチ……イチ、どした?」 「なに、イチ、耳回しちゃって。落ち着きなよ。」 「……うー、勘弁して……」 「ハイハイ、ごめんって。」 「見てよイチの指。ほら。」 「春夏のころはバンソーコーたくさん貼って必死に嫌がらせしてたのに、今じゃきれいなもんよ。」 「最近とうとう揚げ物やるようになったんでしょ。クリークママが言ってたよ。」 「『一人分の揚げ物の作り方、逆に教えてもらっちゃいました~』ってね。」 「もう、それ以上言うんならあんたたち、娘の分も用意してやろうか。」 「私カリフラワーダメ。一抜けた。」 「私野菜キライ。ぬ~けた。」 「アッハハ、マジで嫁さんじゃん。」 「いよっ、新婚夫婦!」 「あーもう!もうこの話終わり!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……ああ、おはよう。今日もいい天気だな。」 「……おはよ。今日は坂道?」 「いや、川岸を走ってきた。」 「そっか。」 「君は走らないのか?良かったら、今度一緒に走ろう。」 「私はあんたにこれ作らなきゃいけないから。ありがと。」 「ああ、今日もあるのか!今日は何が入っているんだ。」 「開けてみてからのお楽しみでしょ。『健康的な』メニュー、たくさん詰め込んでっから。」 「そうだな。君のお弁当は、カフェテリアじゃ食べられないような料理がたくさん入っているからな。嬉しいんだ。」 「ま、酸っぱいものなんて中々出てこないしね。苦手な子も多いし。」 「うん。……君は、食べないのか。」 「あんたの食べてるとこ見て、反応を観察するほうが私にとっては大事だからね。」 「そうか。わかった。それじゃあ、いただきます。」 「はい、召し上がれ。」 了 ページトップ Part3 1つ目(≫76~84) 二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 04 35 16 トレーニングと未勝利戦を2度走って、数週間が経っていた。 葦毛のムカつくアイツの調子を落とそうとして、数か月。 模擬レースを走って、ちょっと調子が良い日には1着になったりして、あれも1着をとれた日のことだった。 模擬ライブもセンターで終わって、今日も良くやった、夕飯のおかずは何かなって、ちょっと浮かれてた時。 「そこの鹿毛の子、お疲れ様。……あの?」 「えっ、あっ、私ですか。」 いきなり後ろから話しかけれて、自分に向けた声だと思っていなかった。無視したくてしたわけじゃないし。 振り返ってみると、若くてスーツに身を包んだ人が立っていた。 「単刀直入に聞くんだけど、今、専属のトレーナーっているの?」 「ああ、えー、いませんけど。」 話しかけてきたその人の胸には、蹄鉄の形の、銅色に輝くバッヂをつけていた。 え、まさかまさか、マジ?この時が? 気づいてませんよ、って顔したいのに、顔が赤くなる。 ヤバい。にやけそう。 胸の高鳴りが聞こえないことを祈る。聞こえているのかいないのか、その人は優しい顔で続けた。 「今日の第4レース、見てました。早速でゴメンなんだけど、これ、受け取ってもらえないかな。」 そういって、その人は私に封筒を差し出した。 「歌もそうだけど、ライブのダンスもすごく華があって決まってました。」 「ありがとうございます!ダンスは好きで、すごい頑張ってるんです。」 褒められてすごくうれしい。本当に頑張ったところだから。 隠そうと思ってたことも忘れて、元気に反応してしまった。 「良かった!そしたらだけど、来週くらいまでにこの書類、目を通しておいてほしい。」 「えっと、これは?」 大体わかっているけど、わざととぼけてみる。 スカウトを受けている、という喜びで調子に乗ってしまっていた。 「君とトレーナー契約をしたいと思って。」 わー!来た!来た! すごい!こんな感じなんだ! 「あなたに一目ぼれしました。一緒に、頑張ってみませんか。」 「えっ、でも、私なんかじゃ……」 自分でもワザとらしいなって思うくらい、クサい芝居だ。 でも、もう少しだけこの気持ちを味わっていたい。と、思った矢先。 「あはは、尻尾、動いてますよ。」 引き延ばしてやろうと思ったら、ツッコまれてしまった。 「あっ、これは、その。」 「ずるい言い方でごめんなさい、でもこれ、よろしくお願いします。」 諦めて、差し出されていた封筒を受け取る。 トレセン学園の校章が右下に印刷されているその茶封筒は、その色以上に輝いて見えた。 そのあとはもう、何にも手につかなくなった。早く契約書を読まなきゃって、一目散に寮に戻ってしまった。 おかげでカフェテリアを寄り忘れてご飯を食べ損ねた。お風呂に向かうころ、やっとお腹が空腹を主張してきて思い出す始末だ。 もうカフェは閉まってるし、外まで出かけてスーパー行くのは疲れたし、どうしよう……と寮のラウンジをうろうろしていた矢先、クリークさんに声をかけられた。 「あら~、イチちゃん、お腹減ってるんですか~。」 「あ、クリークさん。こんばんは。」 「お腹の虫が鳴いているの、聞いちゃいましたよ~。お夕飯、食べてないんですか?」 「はい、ちょっと嬉しいことがあって。」 「そうなんですか~?こっちに座ってお話ししましょう?」 手招きされて、二人してキッチンに椅子を運ぶ。 クリークさんがまた作っていたのだろうか、おいしそうな香りが漂っている。 「あれ、クリークさん、今日はカレーじゃないですね。」 「はい、今日はシチューですよ~。ちょうどイチちゃんの分くらいでお鍋が空くので、よかったら食べながらお話しませんか?」 「わ、ほんとですか。嬉しいです。」 「良かったです、今あっためますから、ちょっと待っててくださいね~。」 クリークさんとは朝よく話すし、味見のつまみ食いをよくさせてもらうけど、ご飯をしっかりごちそうになるのは初めてかもしれない。 キッチンに向かっているクリークさんと、背中越しにお話しする。 「本当にうれしそうですね。どんないいことがあったんですか?」 「クリークさん、実は、私にもとうとうトレーナーさんがついたんです。」 えっ、という声と尻尾がピンと伸びたと思ったら、屈んで火を弱める仕草を取っている。 そのままこちらに向き直ると、その目には涙が浮かんでいた。 どうしたのだろう、と困惑していると、ギュッと強く抱きしめられた。 寮のシャンプーじゃない匂いがする。 「おめでとうございます、良かったですね!」 「ちょ、ちょっとクリークさん、お鍋!火にかけっぱなしだよ!」 「今はイチちゃんをほめたいんです。ちょっとくらいなら大丈夫ですよ~。」 恥ずかしくて話題をそらしたかったのに、こういうところが本当に抜け目なくて、すっごいなあって思う。 クリークさんに抱きしめられながら、頭を優しく撫でられる。 キッチンなんて誰も入ってこないので、誰かに、ましてやアイツに見られてるなんてことは無いと思うけど…… まるで我が子が自転車に乗れるようになったかのように泣いている。 「今はシチューしかなくてごめんなさい、今度、お祝いのお夕飯、作ってあげますからね。」 「いや、そんな悪いですって!」 そこからパーティだなんだって話を広げたがるクリークさんを何とかなだめる。 クリークさん主催だと、絶対アイツも参加してくるからマズい。 アイツはきっと屈託のない笑顔で祝ってくれるんだろうけど、それはなんだか、イヤだ。 祝われるなら、アイツにいつか勝った時にしたい。 「イチちゃん、本当におめでとうございます。たくさんはないですけど、召し上がれ。」 「いただきます。」 クリークさんのシチューが鼻孔をくすぐる。とてもおいしそうだ。 温かいシチューを冷ましながら、一口含む。 おいしそうなんてものではなく、おいしかった。 お母さんの味、って言葉はもう何度も使われてる表現だけど、安心するような、優しい味だ。 誰かのために作ってるっていうか、食べた人の顔を想像して、大切に料理してるんだろうなっていうのが伝わってくる。 お腹が空いていたのも手伝って、スプーンの手が止まらない。 気が付けば、あっという間にお皿は空っぽになっていた。 「ごちそうさまでした。」 「お粗末様でした~。きれいに食べてくれて、うれしいです。」 ニコニコ顔のクリークさんに、手を合わせる。 「クリークさんのご飯がおいしいからです。ありがとうございました。私、後片付け手伝います。」 「今日はイチちゃんが主役なんですから、大丈夫ですよ。休んでください?」 「イヤです、そんないい子じゃないので。絶対手伝いますから。」 「そんな~。座っていてくださいよ~。今日は甘えてもいいんですよ?」 「そしたら、お皿じゃなくてお鍋のほうを洗っちゃいますよ!」 クリークさんの手から半ば奪うように、食器をつかむ。 クリークさんはちょっと困ったように、でも綺麗な笑顔で洗い物を任せてくれた。 すっかりお腹も心も満たされた私は、その日ルンルン気分で眠ることができた。 翌日、早速渡されていた契約書にオッケーのサインをして、事務室まで提出した。 なんの問題もなく受理され、理事長秘書の判が押された控えが届く。 私をスカウトしてくれたトレーナーは、新人だった。 珍しくサブトレーナーを経由してない経歴の人で、私が初めての担当と言っていた。 だからなんだ、ってわけじゃないんだけど、どうしても最初の数回はお互いに探り探りトレーニングをするような流れがあった。 ミーティング多めにして、お互いに考えを擦り合わせていった。 それからちょっと日が流れて、初めてのスピードトレーニングの日。 アップが済んだあと、ダートコースの前でトレーナーから指示をもらう。 「そしたら、トップスピードに乗せられるように走ってみて。」 「わかりました。」 「今日は最高速度を伸ばすんじゃなくて、現状のトップスピード自体を把握するって内容だから、行けないと思ったら何回でもやり直して大丈夫。」 「オッケーです。」 「準備でき次第、合図だけください。」 OKのサインをジェスチャーで送りながら、スタート地点に向かう。 フッ、と短く息を吐いて、準備する。トレーニングなのに、なんだか緊張してしまう。 アイツも、トレーナーとのトレーニングの時にはこんな感じなのかな。 トレーナーに合図をして、向こうからの返事を見る。スタートした。 1回目。スタートの踏み切りをちょっとしくじった。やり直す。 2回目。速度は乗せられたけど、まだ行ける気がした。やり直す。 3回目。さっきとあんまり変わらず、違和感が残った。やり直す。 模擬レースの時に感じた空気を再現できなかった。何かが違うと思った。 4回目に行こうと思った矢先、トレーナーから手招きされた。 「模擬レースの時と何か違いますね、何だろうか……。」 思っていることを言い当てられて、ちょっと面食らった。さすが新人とはいえ、トレーナーだ。 「はい、上手く言えないんですけど、もっと風が軽かったはずなんです。今日は重くて……。」 そういうと、トレーナーはコースのアウトフィールド側に設置してある風向計を見る。 「向かい風……っていうわけではないね。風もそれほど強くはないし。」 「まだ、やっていていいですか。」 「うん、身体に異常を感じない限り、できれば繰り返してみてほしいです。危なそうだったらNGを出すので。」 その言葉を聞いて、もう一度気合を入れなおす。 スタート地点に戻りながら、何が違うのか必死に考える。 あの時は、もっと身体が小さかったような気がする。 まさか成長期……?とか、ありえないことも考えてしまう。 いろいろ考えるけど、結局考えがまとまることは無くて、ちょっと焦る。 アイツは、こういう時はどうするんだろう。どうやって迷いを払うんだろう。 私よりも大きい本番の舞台で、こんな気持ちにならないんだろうか。 いつもボケっとしてるくせに、レースの時は急にキリっとした表情になる、ムカつくアイツ。 ご飯の時はあんなへにゃっとした顔してるくせに。 『怪物』サマの走りが脳裏に蘇る。だんだん腹が立ってきた。 なんで、あんなに速くて強いのよ。しかも葦毛なのに。走らないって、ジンクスがあるのに。 『力強いその走りは、時代を変えるだろう』なんて言われちゃってさ。 お腹の底から熱がこみ上がってくる。悔しい。 私だって、やってやるんだから。 勢いよく腕を上げて、トレーナーに合図を送る。 合図が返ってきた。 自分のタイミングで息を整えて、力いっぱい地面を蹴った。 飛び出して加速するさなか、疑問が頭をよぎる。 私は、いったいどんな風に呼ばれるんだろう? 知っている名前が、頭の中を流れゆく。 『怪物』。芝を根っこから引きはがして、消えない足跡を土に残す。 『猟犬』。最後方で出遅れたかと思わせたら、獲物を捉えて追い込むのは雷鳴のごとく。 『高速』。大きい身体から溢れる、無限のスタミナで練り上げる速度と一貫した戦略。 流れる風景を感じながら、加速を試みる。 私は、怪物ほど力強いだろうか。 私は、猟犬ほど素早いだろうか。 私は、高速となり得るだろうか。 それとも、何とも呼ばれないまま、終わってしまうのだろうか。 アイツの見る風景は、こんなものじゃないんだろう。 アイツはきっと、最大限、力を出す方法を知っているんだろう。 速度とは裏腹に、自分の頭はどんどん霧がかっていく。 脚で必死にもがく。土の上を、一生懸命搔き分ける。 練習ですら100%の力を出せなくて、本番で出せるわけがない。 模擬レースで1位をたまたま取れて、見てくれてたトレーナーがたまたまいて、それだけだ。 悔しい、悔しい! もっと、もっと速く! この考えを振り払いたい。 一度何かを考え始めると、脳に疲れが回っていって、より遅さが際立って感じられる。 ふと、隣でアイツが走っているような気がする。想像の中でも、アイツは速かった。 いつも横から覗き込んでみるアイツの顔とは打って変わって、真剣な、勝利を目指した目だった。 目が、耳が、葦毛の後ろ髪が、どんどん離れていく。 どうして、こんなに力いっぱい走っているのに、どうして私はアイツに追いつけないんだ。 行くな、待って、待て! ああ、正面からくる風がマジでウザい。これのせいで遅くなる。 これに当たらないように、走る! 私だって、アイツに追いつけるんだから! 「ハイ、そこまで!」 ゴール地点のトレーナーの前を過ぎて、指示が聞こえた。 脚を止めて、息を胸いっぱいに吸い込む。冷たくなった空気が体を冷やす。 すっかり長くなった影が映るトラックに、たくさんの声が響いている。 疲れた。前までの3回の走りでは感じられなかった疲労感だった。 トレーナーがタオルと水筒を持って近づいてくる。 『ベストな結果は出せましたか』と聞こうと思ったけど、口からはヒュー、と息が漏れるだけで、声にならない音が出るだけだった。 「無理に声を出そうとしないでください、すごい気迫でしたよ。」 返事をしたかったけど、息しか漏れない。 水筒を受け取って、流し込む。 冷たい水が喉を伝うとともに、1:1で指導をしてもらえることの喜びが湧き上がってくる。 私、何かに届くかもしれない。 そう思っていると、トレーナーさんが口を開いた。 「最後のラップ、すごかったですよ。この間の模擬レースで見せた上り3ハロンのタイムを少し上回っています。」 へへ、やった。 「走り方のフォームが変わっていました。あの走り方なら、次の未勝利戦は問題ないと思います。」 水を飲みながらうなずく。私も、何か違うと感じていた。 ごくごくと水筒の半分以上を一息に流し込んだ時、トレーナーが独り言のようにつぶやいた。 「まるで、オグリキャップみたいだった……。」 急に聞こえた単語に、んぐっ、と食道が閉じた感覚がした。 行き場を失った水が、肺に流れ込もうとする。気道がそれを拒む。 その結果、マーライオンよろしく、水を吹き出してしまった。幸い、トレーナーのいる方向からは避けることができた。 それを見てトレーナーがワッと飛びのく。 「あ、アンタ、何言ってんの!?」 トレーナーに礼儀も忘れて、すかさず噛みつく。きちんと声で抗議することができるくらいには回復していたみたい。 「なんで私が、アイツみたいだって言うのよ!」 「えっ、いや、だって似てたんですって!」 「どこがよ!私はアイツに勝つために……!」 トレーナーのジャージを掴んで揺さぶる。 「姿勢!姿勢が低かったんです!すごく低くて、足首の使い方も上手で、土の蹴り上がる量が~!」 ウマ娘の力で思いっきり揺さぶられたトレーナーは、声を出すこともままならず、首が前後にガクガクと倒れてしまっている。 しまった、やりすぎた、と思って手を離す。 教官たちの集団指導の時には、ウマ娘同士でしかほとんどつるまないから力加減を忘れてしまった。 「ご、ごめん、大丈夫?」 「ええ、こういうのは、慣れてますから……。」 「慣れてるって、私が初めての担当なんでしょ、はい、水飲んで。」 そういって水筒を差し出すと、手で遮られた。 「いや、大丈夫ですから……。」 またやってしまった、と顔が赤くなる。しまった。 ふらつきながら、トレーナーが笑う。 「ふふ、でも、オグリキャップさんが目標なんですね。」 「何よ、私じゃアイツには追いつけないって言うの。」 「いや、追いつけますよ。」 「えっ、今なんて。」 「大丈夫、時間はかかるかもしれませんが、追いつけると思いますよ。あなたならできる。」 ふらついてるから真っすぐとは言えないけど、目を見ながらそう言われて、少し恥ずかしくなる。 それと同時に、ふつふつと自信も湧いてきた。 そっか、私、やれるかもしれない。 「ダンスもすごく上手ですし、規模はわからないですが、人気は必ず出ます。」 「ほ、本当?」 「本当です。早速、2週間後のの未勝利戦に出走登録しましょう。そこでメイクデビュー……を……。」 そういうと、トレーナーはコマのように地面に倒れこんだ。 慌てて駆け寄って、水筒の水をタオルにかけて頭を冷やしてやる。 漫画みたいに目を回してる顔を見ながら、グッと決意する。 アイツに追いつくために、まずは、未勝利戦を取るところからだ。 残りあと二週間。今まで燃えてこなかった熱が、私の中に芽生えるのを感じた。 了 ページトップ 2つ目(≫140~146) 二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 03 34 15 鳥の声といっしょに目が覚める。 良く寝込んでしまったのか、少し重く感じる上半身を、ぐっと力を込めて起こす。 寮のベッドと違って、敷布団越しに感じる畳の感触。 いつも学園で過ごす朝より聞こえる、たくさんの寝息。縁側のほうから差す空の薄明りが、不思議な浮遊感を作り出す。 ちょっと冷え込むけど、安心できる空間。 充電してるスマホをコードから抜いて、周りの家族を起こさないように、ゆっくり立ち上がって障子が貼られた戸を引く。 縁側に出て、冷えた空気を吸いながら上に伸びる。一緒に、深呼吸。 冷たい空気が身体の外と中を通って、目がぱっちり覚めた。 窓の外を見やると、飼ってるわけではないけど庭に居座ってる家ネコもどきが、「腹が減ったぞ」と言わんばかりにこちらを向いている。 茶色のトラ柄だから、ちゃとら、っていう名前だ。 おばあちゃんが動物好きで、餌付けしてしまったのが始まりらしい。 一日三回、ご飯の時だけ現れて、その後どこへなりと消えるらしい。もう去勢までしてしまってるっていうんだから末恐ろしい。 みんなのんきなもんだなあ、と伸びをしながら思う。 私はちゃとらにとってヨソモノだから、全くなついていない。 ここに帰ってきたときには、すごい勢いで逃げられてしまった。 お前はいったいこれから何をしてくるんだ、と私に目を向けて離さない。 そんな睨まなくたっていーじゃない。とちょっと睨み返す。あんまり効いて無いようだった。 ハイハイごめんね、と退散するようにリビングへ足を向ける。 みんなを起こしたくないから静かに歩く。 すると、寒くて乾燥してるのもあってか、ギシッ、ギシッ、と床と柱が音を立てる。 正直、ボロいと言えばボロい。見たことないひいおばあちゃんのころからある家だし。 でも、よく言えば古民家で、とても風情がある。 木造平屋の、でっかい一軒家。イマドキ信じらんない家だ。 最近はこの辺も開発が進んで、今風のきれいな一軒家とかマンションが建ったりしてるけど、この家だけは昔ながらの風景を保ってる。 トレセン学園とその周りにすっかり慣れた私には、タイムスリップしたような空気と風景が心地よい。 ふっ、と仏間からお線香の香りがした。もう誰か起きだしているみたい。 通りがかってみると、まだお線香に火が灯っている。 簡単に手だけ合わせて、リビングへ向かった。 客間とお母さんのお父さんの部屋の間を通って、冷たい廊下を渡ったところにある扉を静かに開ける。 あったかい空気が顔を伝ってくる。 それと一緒に、コンロが火を焚いている音と、お出汁の香りが鼻孔をくすぐる。 部屋に入ってみると、お母さんが早く起きだして、朝支度をしていた。 後ろから声をかける。 「おはよう、お母さん。」 「えっ、あらワンちゃん、おはよ。どうしたの。」 「どうしたのって何、ひどいじゃん。」 「ワンちゃんがこんな時間に起きてくるイメージがないから、誰かと思ってびっくりしちゃった。」 「えー、早起きできるよくできた娘じゃん。」 「いやいや、私がワンちゃんを起こすためにどれだけの睡眠時間を犠牲にしたか……。」 全く好き勝手言ってくれちゃう。 椅子に腰かけながら、お母さんが火をかけているお鍋を指さして、聞く。 「それ、お雑煮の?」 そうよ、とお母さんが答えると、ああ、と言ってお鍋を回してた手を止め、こちらに向き直る。 「あけましておめでとうございます。」 「あっ、おめでとうございます。」 「ワンちゃんが学園で活躍できますように。」 「ありがと、頑張る。お母さんも健康で過ごしてね。」 「任しときなさい、あと、今日みたいにちゃんと朝早く起き続けられますように……。」 ナムナム……と手を合わせてワケ分かんないことをつぶやいてる。 ひどい、と言ってむくれてみるけど、菜箸にもかからないと言った様子で、流された。 温かい部屋と、お出汁の香りと、お母さんの後ろ姿。 そんなとんでもなく長い時間家を離れていたわけでもないのに、なんだかとても印象的に映った。 ちょっとエモいな、って思って写真を撮る。 「何、写真なんか撮ってー。」 シャッター音に気付いたお母さんが言う。 「いや、いい風景だな~、って。」 「変なところに写真、あげないでよ?」 あげるところがないってば、と返しながら撮った写真を流し見る。 こうして撮ってみると、結構いい風景だなと思う。 ただ、お母さんが動いたせいか、ブレててエモさが半減していた。 台所を右に左に動くお母さんを目で見て、声をかける。 「ねえ、手伝おうか。」 すると、えっ、というお餅を喉につっかえたような声がする。 「今、手伝うって言った?」 「うん。ネギくらい刻もうか。」 「うっそ~!ほんとに?包丁の握り方わかる?」 ちょっと小バ鹿にされたような気がしたので、ムッとしながら席を立つ。 お鍋のほうにお母さんが立ってる隙に、まな板の前に立って包丁を取り出す。 寮のと違って、刃が薄くて軽い。すごく握りやすい。 あっ、と心配そうな声を出すお母さんをスルーして、おいてある薬味ネギの袋を刃先で切り、中身を取り出す。 こうなったらあとはスピードと手際で圧倒してやる、って決めた。 蛇口から細くお水を出して、サッと洗う。 乾いたふきんでまな板と包丁の水気を取る。そのまま、ネギの根元を小さく切り落とす。 一本のネギの長さを3等分くらいに切り揃える。 そのまま冷蔵庫のマグネットにたくさんぶら下げてある輪ゴムを一個取って、3等分したネギがばらけないように一つにまとめる。 トントン、トントンとリズムよく小口切りにする。輪ゴムの近くまで来たら、ゴムをずらしてまた刻む。 あっという間に一本分が終わった。お皿に移しておいて、次も同じように取りかかる。 包丁の音と、ガスコンロの火が燃える音が響く。それらの音を聞きながら、三本分を切り終える。 最後の分をお皿に移して、包丁とまな板を水で流す。 全部済ませて、お母さんのほうに向きなおった。 お母さんは、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。 「ワンちゃん、どこでそんなの身につけたの……」 「学園でちょっとね。」 実は全部、クリークさんから教えてもらったテクニックだ。 『ゴムでまとめると時間も場所も節約できるし、ばらけないから手間も減るんですよ~』って。 「道具の水気をちゃんとふき取って、タッパーの底にキッチンペーパーを引くと三日くらいなら保つんだよ。」 ふふん、と胸を張る。これもクリークさんに教えてもらったやつなのは、ナイショ。 お母さんはそうなの……って言いながら感心している様子だ。 「学園で料理をするの?」 「うん、まあ。料理好きの友達もいるからさ、すごい勉強になるよ。」 「どうしてまた突然、料理なんて……。」 理由を聞かれて、背中を汗が伝う。 ちょっと言いにくいし、絶対怒られるので、ドヤ顔しながら聞こえなかったふりをする。 すると突然、あッ、とお母さんが大きな声を出す。思わず尻尾と耳がピンと立った。 見開いた目でこちらを見るお母さんが、口を開いた。 「彼氏でもできたんでしょ!」 「はっ?」 突拍子もない言葉に、私が間抜けみたいな声を出してしまった。 混乱してる自分をよそに、お母さんがまくしたてる。 「え、トレセン学園って男の子いないよね。まさか、トレーナーさんとか?」 「え、あ、いやいや、トレーナーさんはそんなんじゃないっていうか。」 「ああそうよね、女性かもしれないものね……。いやでも、女性でも全ッ然、私は応援するから。」 「はっ?」 何を言っているんだ、うちの親は。 ますます混乱する自分を差し置いて、どんどん話が逃げていく。 「誰かステキな先輩でもいるの?」 「いや、先輩たちとはあんまり絡みがないからわかんないけど。」 「なんだもう、結構ちゃんと学園生活、楽しんでるみたいじゃない。」 つい暗くなっちゃってるかと思ったわあ、なんて勝手に自己完結して安心されている。 いけない、このまま適当に話を走らせるとまとまらなくなる。 何とか料理のほうに話をもっていかないと、と思った矢先、とんでもないことを言い出した。 「葦毛のコって、人気っていうものねえ。」 まず、最初に顔が熱くなった。と思う。 その次に、指先。足先も熱くなったと思う。 最後に、胸とお腹が熱くなった。 「なななな、なにを言ってんの!バ鹿じゃないの?!」 勝手に脳裏に浮かんでくる、葦毛のウマ娘の顔。 葦毛のウマ娘なんて、テレビでもそこそこたくさん見る。 でも、その時私の脳裏には、ある一人だけの、にっくいアイツの顔だけしか、浮かんでこなかった。 「バ鹿とは何よ、親に向かって!ワンちゃんの行く末を考えてあげてるんじゃないの。」 「な、な、なっ。」 「学校にもいるんでしょ、葦毛の子。最近はすごく強い子も出てきてるじゃない。」 えーと、確か……とか言って、考え込む仕草をしている。 ダメだ、名前まで出されたくない! よくわかんないけど、名前を出されたら終わる!私の中の何かが終わる! 「お、お母さん!」 早朝なのも忘れて、大きな声を出す。 驚いたように、お母さんがこちらを見る。 「はやく、ごはんの準備しちゃおうよ!お雑煮だけじゃないんでしょ!」 何とか気をそらそうとする。 お母さんは呆気にとられたような顔を少しして、そうね、と言ってお鍋に向き直る。 後ろから見える肩が、上下に震えているように見えるのは気のせいだろうか。いや、絶対面白がってる。 頭を空っぽにしたくて、私もまな板と包丁の前に立つ。 こんな頭で刃物を握ったら危ない。落ち着くためにグラスにお水を入れて、グッと一気飲みする。 冷たいお水が喉を通って、身体を冷やす。 ふう、と息をついていると、ぬっ、とお母さんが顔を寄せてきた。 「ワンちゃん、次に何切ればいいか、何にもわかってないでしょ。」 「わっ、何、もう!」 急に人の体温が近くなって、びっくりしてしまった。 ツボに入ったのか、お母さんが隠さないで笑うようになった。 「ふふふふ、次はね、カマボコお願いね。冷蔵庫に入ってるから。ふふ。」 「うーっ、もう!わかったから!」 なに、もうプリプリしちゃって。と後ろから聞こえたような気がする。 キッとにらみつけるつもりで振り向いても、お母さんはお鍋のほうを向いていた。 また暖まった体温を感じながら、冷蔵庫から綺麗な包装がされたカマボコを取り出す。 包装をはがしていると、お母さんから話しかけられた。 「ふふ、ワンちゃん、お雑煮の盛り付け方知ってる?」 「お餅を先にして、手前に椎茸とカマボコ、一番手前に菜の花いれて、最後にお出汁でしょ!」 「ハイ正解。やるじゃない。大好きなあの人の前でも安心ねえ。」 もう!何だって言うのよ! お出汁みたいに湯だった頭では、包装はまるではがせなかった。 了 ページトップ Part4 1つ目(≫39~51) 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 02 49 38 「はい!そこまでにしてください。今日は終わりましょう。」 一番太陽が高く達する時間に、トレーナーの号令がかかる。 熱がこもった脚を止めて、飲み物をあおるように飲む。 調整の意味合いが強い、土曜日の午前錬。 「ふくらはぎは大丈夫そうですか。」 「はい、痛みとかは特にないです。月曜日からはいつものメニューで大丈夫だと思います。」 「良かった、ちょっと心配だったので。」 そういって、トレーナーが笑う。ちょっとへにゃっとした笑顔がかわいい人だ。 そんな顔してるのに、見るとこしっかり見てるんだから、やっぱりトレーナーなんだな、って思う。 「次のトレーニングがどんな予定とか、決まってますか。」 「併走トレをお願いしてます。相手ですけど、きっと驚きますよ。」 ニヤっとトレーナーが笑って、こちらを見る。こういう悪役みたいな顔、似合わないなあ。 「誰なんですか?」 「なんと、ついこの間トゥインクルシリーズを卒業した、クロガネトキノコエさんです! 名前を聞いて、一瞬、頭の中が空っぽになる。 そのあと押し寄せてくる衝撃が、私の理解の限界を超えた。 「えーーーーーーっ!あの!?」 私の反応を見て、トレーナーが嬉しそうな顔をする。 「そうです!併走トレ依頼を出したところ、相手方のトレーナーさんからもOKがでました。」 「そ、そんなダートの王者さんが、なんで私と……?」 「なんでも、今の私の役割は後進の育成だって言って、クロガネさん自身がぜひ、って。」 クロガネさんと言えば去年の帝王賞・東京大賞典を揃って優勝した、『鉄人』だ。 人気が薄いと言われるダート界で、初めて公式でカウントされたファン数が30万人を超えたことで、人気の火付け役になっている。 そんな偉大なウマ娘と走れるなんて、夢にも思ってなかった。 「わ、私で務まりますかね……?」 「どうして併せてもらう側が心配するんですか。そう緊張せず、全力でぶつかってください。」 私の返事がおかしかったのか、笑いながらトレーナーが言う。 「は、はい。頑張ります……。」 モヤモヤと考え込む自分をよそに、トレーナーから解散の指示が出る。 お疲れ様でした、と言って、浮ついた足取りでロッカールームに向かった。 シャワーで汗と泥を落とす。パリパリに乾いた土が流されて、汚れが落ちていく。 冷たい水で流す派の子が多いけど、私はあったかいお湯のシャワーのほうが嬉しい。 身体と髪を流したら、尻尾の汚れを手でもみながら洗っていく。 石鹸を手のひらにとって、泡立てる。 シャワー室の床に落ちる、黒く濁った水がだんだんと透明になる。この瞬間が気持ちいい。 ご飯をといでるときの感じに似ているのかな。あっちは手が冷たくてしんどい時もあるけど。 全部済んだら、身体を拭いて、ドライヤーで尻尾までしっかり乾かして、着替える。 お昼の時間も過ぎて、お腹が限界だって叫びをあげる。 なーに食べよっかな、とのんきな気持ちでロッカールームを出ると、目の前に見慣れた顔の、葦毛のアイツが立っていた。 「やあ、おつかれさま。午前練だったのか。」 「ああ、うん。」 「そうか、お疲れ様。」 それを言ったっきり、私たちの間を沈黙が流れる。 えっ、これで終わり? 通りかかったって感じでもないのに、何だったんだろう。 じゃあ、と言って脇を通り過ぎようと思ったら、カニみたいに横移動して、道をふさいでくる。 お互い同じ方向に進んでしまったか、と思って避けようと反対側に足を向けたら、同じようにふさいできた。 二回、三回、四回。 何度避けてもブロックしてくる。 「もーっ、何!」 「す、すまない、だが、この後は空いているだろうか。」 「お腹減ってるからご飯食べたいの!」 「お腹が減っているのか!それは良かった。それで、この後は空いているか。」 じっとこっちの目を見ながら、ずっと聞いてくる。 それがなんだかムカッと来てしまった。 「だから、ご飯を食べるんだってば!」 「うん、実は私もお腹が減っているんだ。」 「オグリはいつでもお腹減ってるじゃん!」 「そうだ。だから、ちょうどいいと思ったんだ。」 何!?なんなの! 会話がイマイチ成立していない気がしてくる。 声を張り上げたせいか、お腹からもグゥと抗議の声が上がる。恥ずかしい。 それを聞いたオグリが、耳を動かしながら、キリッとした顔で手を差し出した。 「お腹が減っているなら、ついてきてくれ。」 無下に断るのも悪かったので、黙ってついていく。 心なしか、足取りがちょっと軽そうに見える。フンスフンスと気合が入っているようにも見える。 揺れる葦毛の髪の毛の先は、どう考えても寮の方向だった。 ついていくも何も、私もそっちに一回帰る予定だったんだけど…… 用件を聞いても、「すぐわかる」と言って教えてくれない。 どんどん体力が削がれて、お腹の抗議の声がデモに変わってくる。もうちょっとだけこらえてね…… すると、オグリが顔半分だけ振り返って聞いてくる。 「イチは、カレーは好きか?」 「そりゃ、好きですけど……よくクリークさんが作ってますし。」 「そうか!それは良かった。うん、分かるぞ。カレーはおいしいからな。」 そう言って、会話が終わる。なんなの! カレーという暴力的な言葉のせいで、また空腹感が強くなる。鳴るな、鳴らないで…… そんな思いとは裏腹に、グゥとお腹が弱音を上げる。 聞こえてしまったのか、ふふっと笑う声がする。 「何ですか、そんなにお腹が鳴るのおかしいですかっ。」 「いや、いつもはイチからお弁当をもらってばかりだから、イチもお腹が空くんだなと思ったんだ。」 「そりゃ、お腹は減りますよ。」 「トレーニング後だからな。すまない。もう少しなんだ。」 だから何がですか、っていう言葉をぐっと飲み込む。 寮が近づいてくる。心なしか、いい香りがする。 オグリも気づいたのか、尻尾が揺れ始めていた。 寮の玄関の前には、これまた葦毛の、ちょっと小さい先輩ウマ娘が、仁王立ちしていた。 こちらに気付いたのか、片手をあげてきた。 「おーっ朝練お疲れさん!なんや、まだ髪の毛ちょっと濡らしとるやんけ。」 「タマモ先輩、お疲れ様です。」 「待たせてしまってすまない、タマ。」 オグリの同室で、『猟犬』『白い稲妻』と呼ばれている、タマモクロス先輩だ。 オグリの後ろで、軽く会釈する。 「ホンマやで、もう1年くらい待っとったからお腹ペコペコや。」 「そ、そんなはずはない!頼んだのは一昨日だから、そんなに長くないはずだ。」 「そんなこた分かっとんねん、ええからはよ中入ろ。」 先輩から手招きされて、寮に入る。 玄関を抜けて廊下を渡って、共用ラウンジが近くなるにつれて、いい香りがどんどん強くなるのを感じる。 コンソメとたくさんのお野菜、それとご飯の炊ける香り。 これはカレーだ、と確信した。寮でカレーはおろか料理をする人なんて、ほとんど一人しかいない。 なんだか、話がだんだん見えてきたような気がする。 理解が及んできたからか、お腹が安心したようにグゥと鳴る。鳴らないでってば。 「なんや、めっさ腹減っとるやんけ。」 「そうなんだ、ここに来る間も、ずっとイチのお腹から音がしていたんだ。」 「ちょっと、ずっとじゃないってば。」 「鳴ってたのは否定しないんかい!」 それに返事するかのように、またグゥと鳴る。 「おー可哀そうになあ。もう少しやからこらえてな~。」 タマモ先輩が私のお腹に向かって声をかける。 ただでさえ恥ずかしいのに、コイツの前で鳴るって言うのが輪をかけて良くない。 もう少しこらえてね、もうちょっとで、すごいおいしいカレーにありつけるから。 私も一緒になだめる。もう少しだから、もう恥をかかせないで…… 「ほい、お待ちどうさん!」 いい香りが詰まったラウンジに、タマモ先輩が開けてくれた扉を通った。 一番大きいダイニングテーブルに、大小それぞれな深皿がきれいに並べられていた。 その横には、銀色に輝く大きいスプーン。 「おっ、やっと来たかい!」 良く通る快活な声が響く。 椅子に片足乗せて座っていたウマ娘が、待ってましたとばかりに膝をポンと叩いて、椅子を飛び降りた。 「おうい、もうついじまっていいぞ!」 「はあい、分かりました~。」 キッチンからは、もう一人。毎朝お世話になってる、クリークさんの声だ。 「おうイナリ、待たせたなあ。」 「べらぼうに腹が減っちまって、もう腹と背の皮がくっついちまうところだったぜ。」 イナリさんだ。思い出せないところだった。会釈しながら、心の中で謝る。 「おう、お疲れさん。ほれ、とっとと座った座った。」 イナリさんから促されて席に座る。 「あの、これは一体……?」 「なんだオグリ、なんも言っとらんのかい。」 「ああ。だが、カレーは好きだと言っていたぞ。」 「言わなきゃアカンのはそこちゃうねん!」 「何っ!そうだったのか。」 オグリの小ボケを聞いていると、いい香りと一緒に、クリークさんの声がした。 「今日は、みんなでお昼ご飯を食べましょうって相談していたんですよ~。」 クリークさんの手には、山盛りになったカレー。オグリが、おお、と感動したような声を上げる。 それを見て、パッと身体が動いた。 自分の目の前にあるお皿を手に取って、席を立つ。 「わっ、大丈夫ですか。手伝いますよ。」 「ありがとうございます、でも大丈夫ですから、いい子で待っててくださいね~。」 「いや、悪い子ですから、クリークさんを手伝います。」 そんな、大丈夫ですよって言うクリークさんの脇をすり抜けて、キッチンに入る。 クリークさんの使うキッチンは、とてもきれいだ。 吹きこぼれなんて絶対起こさないし、どういうわけか、炒め物の油跳ねも見たことが無い。 後ろからお皿を持ったクリークさんが入ってきた。 「イチちゃん、トレーニングの後なんですから、待っててもいいんですよ。」 「ご馳走になるんですから、座ってなんかいられませんよ。」 「そんなあ。それなら、好きなだけ盛ってくださいね~。」 「いいんですか、たくさん食べちゃいますよ?」 ちょっと吹っ掛けてみる。たくさん食べる、って言うと、クリークさんはキラキラした笑顔になるからだ。 業務用のお釜にたっぷり入ったご飯をついで、カレーをこれでもかってくらいにかける。 にんじん、ジャガイモ、玉ねぎと、お肉は鶏肉だ。 「お肉、鶏なんですね。」 「そうなんです、牛肉か豚肉にすると、タマちゃんとイナリちゃんの間でケンカしちゃうので……。」 なるほど。その手の問題は深刻だ。 自分のカレーを側において、クリークさんのお皿を受け取ろうとする。 「えっ、イチちゃん、そこまでしなくて大丈夫ですよ~。」 「それこそ大丈夫ですから!これ、クリークさんのですか?」 「タマちゃんのです。ありがとうございます~。」 「タマモ先輩ってそんなに食べないって噂ですけど、本当ですか?」 「そうですね。そのお皿と同じくらいの量で盛ってください。」 オグリとライバルで、同じ葦毛で、同じくらい強いのに、対照的だ。 二人分のカレー皿を手に、クリークさんにバトンタッチする。 「おーっ、すまんなイチ、おおきに。」 「タマモ先輩、これだけで本当にいいんですか?」 「かまへん、今日は休みやし、もともとそんな食べられへんねん。」 隣のオグリと比較するととんでもなく少なめに見える。 イナリさんと自分の分を持ったクリークさんが戻ってきて、全員の分がそろう。 タマモ先輩がぐるっと周りを見て、声をかける。 「ほんなら、食べよか。いただきます。」 「はい、いっぱい食べてくださいね。」 私もお腹が限界だ。手を合わせて、ご馳走になることにした。 考えてみたら、オグリのご飯を食べるところを近くで見たことがなかった気がする。 毎朝お弁当をパクパクしてるところは見るけど、食事をちゃんとしてるところは知らなかった。 噂には聞いていたから、さぞすごいものなんだろうな、とは思っていた。 その実態は、何か大食いショーでも見てるんじゃないか?ってくらいのものだった。 クリークさんの作った、山のように盛られたおいしいカレーが、とてつもない勢いで消えていく。 「いつ見てもすごいもんやなあ。」 「全く信じらんねぇなあ。どこに消えてんだ?」 「そりゃイナリ、宇宙の彼方に決まっとるやろ。」 「うふふ、いっぱい食べてくださいね~。」 3人の会話も差し置いて、オグリはすっかり、目の前のご馳走に夢中なようだ。 みるみる内にカレーがお皿から消えて、陶磁のお皿の底が見える。 オグリが空になったお皿を手に、クリークさんへ目配せして、言う。 「おかわり。」 はぁーい、とクリークさんが嬉しそうにお皿を受け取り、パタパタとキッチンへ消えていった。 なんだかそのやりとりが、ちょっとうらやましくなってしまった。 いつも一つのお弁当しか差し入れられない私は、オグリの「おかわり」に応えたことがない。 コイツ、みんなで食卓を囲んでるときは、こんな顔するんだ。 コイツの「おかわり」って言葉は、こんなにあったかくて素直で、可愛らしいんだな。 当たり前だけど、いきなり渡された弁当を食べるよりも、みんなでご飯食べてるほうが楽しいのかな。 ちょっと濁ってきた心境を晴らすために、お水の入ったコップを口に運ぶ。 二人で一緒に食べてるわけじゃなくて、私は嫌いなもの探してるだけだし。なんなら悪意の塊だ。 オグリとタマモ先輩、イナリさん、クリークさんは善意で誘ってくれたのに。 そう思うと、みんなで一緒に席を囲むのが、なんだかいたたまれなくなってしまった。 皆の楽しそうなご飯の後の会話すらも、勝手にトゲトゲしたものに聞こえてくる。 食べ終わったお皿を洗って、席を立とう。 そう思った矢先、タマモ先輩が口を開いた。 「どやオグリ、毎朝の愛妻弁当抜きのお昼やからウマいやろ。」 その言葉に、ぐっ、と喉が水を拒む仕草をした。 言葉を挟む間もなく、二人の会話が続いていく。 「おいおい、なんでえその愛妻弁当っちゅうのは。」 「イナリ知らんのかい!これは言うなれば根も葉もない噂っちゅうやつやけどな、オグリには朝しか会えん通い妻がおんねん。」 「何言ってやんだ、するってぇと、すっかりオグリにとーんときちまってるヤツがいるってことかい。」 「せやでー、ええ話よなあ。」 「ちょっと待った、誰もその通い妻ってのは見たことが無いのか?」 「せや。オグリが起きだす時間じゃないと見れないから、誰も姿を確認してないらしいねん。」 タマモ先輩とイナリさんって噂話とかしない人かと思ってたけど、そこはやっぱり女子学生らしい オグリがこちらを見てくる。 やめてオグリ、こっちを見ないで。視線だけは合わせないようにして先輩たちを見る。 「やっぱりお弁当無いと足りへんか、オグリ。」 「そうだな。お休みの日はカフェテリアの朝ごはんもちょっと量が少ないから、お昼が待ち遠しい。」 「そっちのイチは、オグリの通い妻についてなんか知らん?」 はい私です、なんて言えるわけもない。 ヤバい、さっきの気持ちも合わせて早く逃げたい、と思って空になったお皿を手に取ったその時。 「ああタマ、それはイチだぞ。」 すると、予期していた通り、やっぱり葦毛の怪物サマが、やらかしてくれた。 「はっ?」 タマモ先輩が、『素っ頓狂』ってこういうことなんだ、というくらいにお手本みたいな声を上げる。 イナリさんがぶーっと水を吹き出した。何さらしてけっかんねん!ってタマモ先輩が笑っている。 「うん。イチだぞ。通い妻なんて言われているのは、なんだか恥ずかしいな……。」 オグリが手で後ろ頭を押さえながら、顔を赤らめる。アンタが恥ずかしがるところはどこにもないでしょ! 「えっ、ホンマなん?」 「いや、仲がいいとは思ってたが、そこまでとはねぇ……。」 「オグリに合わせて朝起きるん、相当大変やろ。」 「茹でダコみたいな顔しちまって。よぅオグリ、いつも何を食べさせてもらってるんだい。」 なんで私に聞かないの!? 口を挟もうとしたよりも早く、オグリが答えた。 「イチはいつも、野菜中心なんだ。」 ちょっと待って。 「ブロッコリーとかアスパラガスとか、この間は地元のトウモロコシを使った料理だった。」 トウモロコシじゃなくてスイートコーン! 「カフェテリアでは食べれないような、酸っぱいものとかも入っているんだ。」 それは、アンタが嫌いだろうからって思って。 「他にもたくさん作ってくれるんだが、イチがいつも作ってくれるお弁当は……すごく美味しいんだ。」 そんなタメを作って言うようなことじゃないでしょ! 「かーっ、これはたまんねぇなぁ~!」 「アカン、ウチのほうが顔赤うなってきた……。」 「オグリはなんでも食べっちまうからなあ、確かになあ。」 「ウチのチビ達なんか、ウチが泣いて頼んだってブロッコリーもアスパラも食べへんのに……。」 「酸っぱいもんはあんまり好かねえけど、気付けとして朝にはいいかもなあ。なるほどなあ。」 ちょっとイナリさん、勝手にいろいろと納得するのやめて…… そこには複雑な事情がありまして、なんて説明したら軽蔑の的だろうし。 どう弁明したものかと考えてるうちに、オグリはどんどん走って行ってしまう。 「味も美味しいしバランスもいい……ああ、それに。」 「おっ、なんやなんや。」 「イチのお弁当からは、温かい気持ちが感じられるんだ。」 な、何を言い出してるんだアンタは。 「うん。二人にも食べてほしいくらいだ。あんなにいいものを、一日の初めに独り占めできる私は、とても幸せ者なんだ。」 そんなクサい言葉を、生きている内に耳で聞くことになるとは全く思っていなかった。 タマモ先輩はアッハッハとお腹を抱えて笑ってしまっているし、イナリさんはこりゃあ参ったねえ……とかイミわかんないこと言ってくる。 こんなんじゃ、まるで私がオグリのことを……いや、言いたくない! オグリをキッとにらみつけても、いつもありがとう、とか言って、頭を下げてくる。 どうしよう。何とかこの誤解を解かないと。 クリークさんがカレーのお代わりを持って戻ってくる。 顔を真っ赤にした私たちを見て、疑問に思ったみたい。 「あら~?みんなそんなに顔を赤くして、どうしたんですか~?」 「いやちょっとな、夫婦漫才について語っとったんや。」 「夫婦漫才、ですか?」 「そうだぜクリーク、ここにいる二人は負いねえ仲ってわけよ。」 「あっ、もしかして、お弁当のことですか~?」 クリークさん、いつも要領のいいすごい人だと思ってたけど、こんなところで察し良くならないでほしい。 「イチちゃん、毎朝頑張ってますもんね~。」 「なんでえクリーク、良く知ってそうじゃねえか。」 「はい。だって、いつも一緒にお弁当作ってますから~。」 信頼のおける証人の証言に、印象が揺るぎないものとなってしまった。 とどめの一撃って、こういう感じなんだなって思った。 クリークさんがこちらを見ながら、ふふふ、って悪役みたいな笑い方をしてる。 「イチ、顔が赤いぞ……。体調でも悪いのか?大丈夫か?」 オグリが目の前のカレーにがっつかず、こちらを心配してくる。それもおかしかったみたいだ。 タマモ先輩はひっくり返っちゃうし、イナリさんはなんかきれいな目で遠くを見てるし、クリークさんは優しい目を向けてくる。 判決が下ってしまった以上、逃げなきゃいけないと思った私は、空になった全員分のお皿とスプーンを素早くまとめる。 「あの、お皿洗ってきます!」 「おうおう、神妙にしなあ!まだ話は終わってねえぞ!」 「いやイナリ、行かせてやろうや。こっちが悪う思えてきた。」 「え~、大丈夫ですよイチちゃん、私たちに任せて休んでください。」 オグリも何かモゴモゴ言ってたと思うけど、全部無視してキッチンに飛び込む。 水道から出したお水は、カレーを食べた後だから、って理由では説明しきれないほど、冷たくて気持ちよかった。 オグリが山盛りにされたカレーを食べ終わるのに、そんな時間はかからなかったようだ。 テーブルのほうはクリークさんが済ませてくれてるみたいで、オグリが空になったお皿を自分で持ち込んできた。 パッとひったくって、洗い物にかける。 「あの、イチ……。」 「何。」 「すまない、怒っているだろうか。」 「別に、怒ってない。」 「他の皆には言わないようにお願いしておいた。大丈夫、タマたちは口が堅い。」 広まってたまるもんですか。オグリのスプーンをスポンジで擦る。 「今日のお昼も、私が提案したんだ。いつももらってばかりだから、何かお返しできないか、と……。」 「そうなんだ。」 「結局クリークが全部一人で作ってしまったんだが……。イチが喜んでくれたら、私も嬉しい。」 あーもう、なんでそんな恥ずかしいセリフ、ポンポン言えるかな。 あんまり言いすぎると、そのうちヒーローだアイドルだって枠を超えて、いつまでも覚えられちゃうような、スターになるよ、アンタ。 「うん、嬉しかったしおいしかった。」 「そ、そうか!良かった。」 後ろを見なくても、オグリの耳と尻尾が跳ねたのが分かる。 「いつもありがとう、イチ。」 スプーンとお皿をふきんで軽く水気を取って、水切りカゴに移す。後ろを振り向かず、オグリに言う。 「ポロっと余計な事いったの、許さないからね。」 「そ、それは……すまない。悪かったと思う。」 「明日のお弁当、楽しみにしてなさいよ。」 オグリが、えっ、と声を上げる。 「明日は日曜日だぞ。」 「お返し。いつも通り、朝練行ってきなさいよ。」 「……そうか!わかった。張り切って走ってくる。あっ、川岸を走ってくるぞ!」 言われなくても、アンタがいつもの場所で見つからなかったらすぐ別のところ行くっつーの。 オグリの表情はわからない。でも、きっと笑顔になったんじゃないかな、って思った。 私の顔も、誰にも見られていないからわからないけど、不思議と笑っていたんじゃないだろうか。 この会話が、全部ドアに張り付く形で盗み聞きしていたタマモ先輩とイナリさんに聞かれていたのは、別の話。 別の話に……できるよね? 了 ページトップ 2つ目(≫124~138) 二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 13 30 18 毎朝早い時間に、私はいつも二つの足音を聞く。 一つはトン、トンと床を跳ねる音がする、ウォームアップを混ぜながら玄関に向かうシューズの音。 もう一つは、ゆっくりと大きめな歩幅で、キッチンに向かうスリッパの音。 二つ目の足音が、私の部屋を出る合図だ。 アイツが朝練しに行って、クリークさんがお弁当の支度をしに行く。そのあとに、遅れて私が部屋を出る。 最初のうちこそ朝起きるのが本当にしんどかったけど、今では足音と一緒に目を覚ますようになった。 何なら、音がする前に目が覚めることもある。 朝っぱらからアイツと顔を合わせるのは気まずいから、絶対に足音を待つ。 部屋で待っている間は、ぼーっとスマホを見たり、昨日の夜終わらなかった課題をやったり。 アイツのおかげ、ってのは認めたくないけど、小テストの成績もよくなってきた。 いつもの、私の朝のルーチンだ。 そんないつも通りの早朝。 足音がして、スイッチが入ったように目が覚めた。 ぐーっ、と天井に向かって背伸びをする。肩甲骨のあたりがコキコキと音を鳴らす。 何とはなしにスマホで時間を見ると、クリークさんが起き上がってくる頃の時間だった。 今日は遅いな、と思いながら二つ目の足音を待つ。 しかし、15分待っても足音が聞こえてこなかった。 思い返すと、足音もシューズみたいなまとまった音じゃなかった気がする。 歯ブラシとコップ、歯磨き粉を持って立ち上がる。恐る恐る、ドアを薄く開けてまだうす暗い廊下を覗き見る。 冷たい空気が部屋に流れ込んできた。足元がすうっと冷える。 よく耳をすますと、コンロが火を焚く音と、換気扇が回っている音がかすかに聞こえてきた。 アイツ、今日は寝てるのか。 休みの日以外は外に走りに行ってるだけあって珍しい。 いつもより少し遅れてしまってるから、手早く身支度を済ませる。歯ブラシをくわえながら尻尾と髪の毛のクセを流す。 もしアイツが自主練サボってるんなら、お弁当作らなくてもいいかな?と思ったけど、食材がダメになってしまう。 来なかったら自分のお弁当にでもしよう。 制服にチャッと着替えて、エプロンを手にキッチンへ向かった。 キッチンで先に着いていたクリークさんに挨拶して、いつも通り野菜中心のおかず作りを始める。 今日のは自分のになるかもしれないから、おかずをちょっと濃いめに味付けしちゃう。調味料を計るのも面倒くさいし、目分量。 隣から、クリークさんからお肉のおかずを頂いてしまった。嬉しい。 アイツにご飯を作るようになって味見を繰り返すうち、自分も苦手だった野菜や風味が食べれるようになった。 今日はクリークさんがご飯を多めに炊いたというので、ここで朝ごはんを済ませることにした。 お茶碗を取り出してご飯を盛る。 窓から差す朝日に照らされるお米一粒一粒が光って、立ち上る湯気に視線を奪われる。 次にご飯の香りが鼻孔をくすぐる。鼻がお腹を動かす。 ご飯はとっても美味しいけど、それだけで食べ続けるのは結構酷な話だ。アイツだってむむ、って顔をするに違いない。 この純白の輝きを、今から汚してやる。 ふふふ、私は悪の料理人なのよ。 野菜を炒めた残り汁と、クリークさんのお肉のタレを少しもらって、フライパンを傾けながら軽く煮詰める。 味はもう十分だから、コショウを少し。 お世辞にも良い色とは言えない絶品のタレを、そのままご飯にかけた。 ご飯が焦げ茶色のソースに染められていく。 ふふふ、私はいやしんぼなのよ。 「あらあら~、お行儀が悪いですよ。」 クリークさんからやんわりと注意される。 私は、ちょっとクリークさんを挑発するように、下から目を見ながら返事する。 「クリークさんの分も、お茶碗に盛りましょうか。」 「ええっ、ふふ、お願いします。」 私はクリークさんのこういうところが大好きだ。 他の人の面倒を見るのが好きだし、悪いことをしていたら真っすぐに注意する。 でも、かわいいイタズラに誘うと結構悪ノリしてくれるのだ。 二人で即席お野菜丼にいただきますして、朝ごはん。 ご飯だけはダメですよってクリークさんが言うから、自分たち用のお漬物とインスタントお味噌汁を用意した。 クリークさんが一口食べて、おいしいグレービーソースですね、ってクリークさんが笑う。 なるほど。それなら確かに響きがいい。そういうことにしておいた。 クリークさんがお礼に洗い物をしてくれるというので、どうせ泥まみれのアイツに会うために、お弁当を手に寮を出る。 さて、結論から言うと、アイツには会えなかった。 いつもより遅れていたとは言え、いつもならアイツに会える時間に、アイツは門から姿を現さなかった。 さてはトレーニングコースか、と思ったけど、行ってみたらレースに向けて追い込みトレをかけてる子たちがいるだけで、葦毛のアイツはいなかった。 自分のお弁当にでもしよう、と思ったら、本当に自分のお弁当になってしまった。 お昼の時間に、初めて自分のお弁当を食べる。 私のお弁当は、時間が経つと味が薄くなりすぎることを学んだ。 考えたら、本当の意味でのお弁当ではないからそれはそうだと納得する。 作ってお弁当箱に詰めて、30分もしないうちに食べてもらえる。 もし、誰かのお昼を作ることがあったら、濃いめにしよう。 カフェテリアでは、今後が楽しみな後輩ちゃんたちをたくさん見かける。 壁に張り出されたチーム宣伝のビラを見て、どこがいいかを熱心に話し合っている。 かと思いきや、ご飯を食べるのに一心不乱な子たちもいる。テレビの前でレースを見てる子も。 私も前は熱があったなあ、なんて気持ちが湧く。 諦めたわけじゃないけど、先輩や同期生の大活躍ぶりを見ていると、やっぱりちょっと、いろいろと理解をしてしまうものだ。 でも、カフェテリアでリラックスする後輩たちは、明るくて、熱があって、眩しくて、美しい。 将来はどこかのトレセン学園のカフェテリアに就職して若い子たちを見守る……なんて? どうなるかわからない未来を妄想しながら、お昼ご飯の時間をツレたちと過ごした。 授業が全部済んで、トレーニングもまるっと終わって、影が長くなる時間。 よくよく考えると、今日一日アイツの姿を見ていない。 朝も、カフェテリアでも、トレーニングコースでも、葦毛のロングヘアはとうとう見つけられなかった。 広報活動かなんかで外出、外泊してたっけかと思いを巡らすけど、そんなことを聞いた覚えはない。 姿を見ないからってなんで私がこんな心持ちにならなきゃいけないんだ、と思い直すけど、それでもいつも見てるものを見ていないという違和感は取り除けなかった。 カフェテリアで夕ご飯を済ませて寮に戻る。 玄関で靴を脱いでいると、珍しく焦っているフジ寮長が目に入った。 きょろきょろとあたりを見回してると思ったら、私と目が合ったとたん、駆け寄ってくる。 「ああイチちゃん、良かった。」 「どうしたんですか、寮長さん。」 「こっちだよ。急いで。」 普段は「走っちゃダメだよ、ポニーちゃん。」って注意するフジ寮長が、私の手を取って部屋のほうへ走っていく。 スリッパもひっかけただけで、よろけながらもついていく。 何をこんなに焦っているのだろう。特に悪いことをした覚えもない。 寮長室を過ぎて、自分の部屋も通り過ぎる。 たどり着いた先は、一日姿を見かけることのなかったアイツの部屋だった。 なんで私が、帰ってきて鞄もおかずにアイツの部屋まで? 扉の前で立っていると、フジ寮長からマスクを手渡された。 「中に入るときはこれをつけてね。」 マスクをつけながら、質問する。 「あの、フジ寮長、いったい何が。」 「オグリがダウンしてしまってるんだ。クリーク君もいないから、君しか頼れなくて。」 それを聞いて、ドアを勢いよく開ける。 部屋の中には、ベッドの隅でぐったりしたまま苦しむ、弱ったオグリがいた。 「今日は、タマ君もクリーク君も、イナリ君も皆、広報やレースで外泊で……」 「朝から見かけないと思ったんです。」 フジ寮長が悔しそうな顔をする。まるで、寮長失格だとも言いたそうな表情だ。 こちらに背を向けて布団にくるまっているオグリに近寄る。 ヒュウ、ヒュウと苦しそうな呼吸音が聞こえる。酷い発汗で毛布はぐっしょりと濡れて、小刻みに震えている。 耳はヘタって、顔は見えないけど、きっと苦い顔をしているに違いない。 脚も小さく畳んでいて、いつもレース場で見せるような、豪胆とした印象は消えてしまっていた。 そこにはただ、病気に苦しむ、普通の葦毛のウマ娘がいた。 「フジ寮長、私、今晩ここにいていいですか。」 「もちろん。むしろ、お願いしたい。」 フジ寮長は、お辞儀でお願いしてきた。 「何か必要なものがあれば、いつでも言っていいから。すぐに買いに行くよ。」 「ありがとうございます。助かります。」 「ひとまず、スポーツドリンクはあるだけ、そこに入れてあるから。」 そういって、テレビの下の小さい冷蔵庫を指さす。 オグリには、今の私たちの声も聞こえていないのだろう。 ひたすら空気を求めて、苦しい呼吸を繰り返していた。 部屋を出る前に、フジ先輩がこちらに振り向く。 「イチちゃんも、無理をしないようにね。」 「はい。でも、このオグリを見過ごせないので。」 真剣な表情で、フジ先輩がうなずいた。 「ああ、あと浴場からタオルを借りてきてあるんだった。」 これ、使って。とフジ先輩が言うと、どこからともなくタオルが出てきた。 いつもなら愉快なだけで済むフジ先輩のマジックが、今回はとても頼もしい。ありがたく受け取る。 扉が閉まって、足音が遠のいていく。 私とオグリが、二人だけで部屋に残された。 オグリの苦しそうな呼吸と、悶えるように擦れる毛布の音だけが部屋の中に響く。 さあやるぞ、と頬を両手で叩いて気合いを入れて、まずは部屋を整える。 最初に、空気の入れ替え。それから、もっとあったかくできるように。 タマモ先輩に心の中で謝りながら、掛け布団と毛布をはがす。 オグリの枕カバーは汗でぐっしょりと濡れて、冷えてしまっている。 「オグリ、オグリ。」 オグリに声をかけるが、返事は無い。できないというほうが正しいのかもしれない。 ベッド脇に膝をついて、軽く揺さぶる。 壁に向かって丸まったまま、動かない。 頭を少し持ち上げて、枕もタマモ先輩のものと差し替える。 「オグリ、オグリ。大丈夫?」 オグリが私の声に気付いて、こちらに振り向く。少しだけ表情を明るくした。 何か言おうと口を開いた瞬間、ひどくかすれた音だけが響いてきた。 一緒に、痛そうに顔をしかめる。喉がかなり痛むようだった。両手で喉をおさえて、赤かった顔が真っ青になる。 理由はわからないけど、喉が悪いことがひどく怖いようだった。 「オグリ、大丈夫。しゃべらなくても大丈夫だから。」 口を必死に開閉させて何かを伝えようとしているが、言葉になって聞こえてこない。 「ううん、オグリ、大丈夫だよ。」 混乱したような、安心したような、申し訳ないというような、いろんな感情が混ぜこぜになった顔をする。 「オグリ、落ち着いて。わかってるから。」 私の腕をグッとつかんで、何かを伝えようとしている。 「大丈夫、わかるから。喉が渇くといけないから、マスクつけるよ。」 オグリの熱い手に私の手を添えて、優しく指を解いてやる。 「一日ずっと寝てたの?」 分からない、というように目を伏せた。 きっと熱のせいで記憶が無いのかもしれない。私も経験がある。 「今晩はずっとこの部屋にいるから。安心しなさいよ、ね。」 口元は見えないけれど、耳がピンと立つ。少しは安心してくれたのかもしれない。 ずっと膝をついていたからか、ちょっと痛んできた。 オグリの机の椅子を引き寄せようと、ちょっと立ちかける。 すると、オグリが不安そうな目をして、私の手首をためらいながら掴んできた。 「椅子を持ってくるだけだから、ね、オグリ。」 安心させるためにそう伝える。一瞬迷ったように手を握ったけど、放してくれた。 椅子を引き寄せて、側に座る。ちょっと椅子の高さが合わないけど、ずいぶん楽だ。 「オグリ、水分補給してないでしょ。」 聞いてみると、こくんとうなずく。 冷蔵庫からフジ先輩の飲み物を取るために席を立ちかける。 すると、また手首を掴まれた。 「ちょっとオグリ、飲み物取るだけだって。アンタ、水飲んでないんでしょ。」 そう言うと、さっきよりも幾分スムーズに手を放してくれた。 相当心細かったんだろう。手をすがるように掴むオグリが、ちょっと愛くるしげに思えてくる。 オグリのマグカップに飲み物をついで、身体を起こしてやる。 落とさないように、マグカップをゆっくり手渡す。 オグリが両手で、大事そうに受け取った。 マスクをずらして、痛む喉をちょっと我慢しながら、ゆっくり飲んでいる。 喉がこくり、こくりと動いている。静かな部屋に、オグリが飲み物を飲む音が響く。 最初はかすかに、だんだん、喉の動き方が大きくなった。 良かった。飲めてる。 あの大食漢のオグリキャップとは思えないほどスローペースだ。 少しずつマグカップの角度が上がっていく。 ふう、と息をついて、角度が戻る。 私も何も言わずに、次の分を注ぐ。 「おいしそうじゃん。」 私のちょっとからかう言葉に、きょとんとした顔。 こちらにマグカップをずいっと寄せてから、あっ、言いたそうな焦った顔に変わる。 そのまま、どうすればいいのかと困った顔。 ころころ変わるオグリの顔に、思わず吹き出してしまう。 「いいよ、私は自分で飲むから。サンキュ。」 すると、おお、と納得したような顔になる。 表情が良く変わるヤツだなと思ってたけど、しゃべらないだけでこんなに面白いなんて。 「ちょっとは元気出た?」 長い髪の毛を一本にまとめて、身体の前に垂らしながら質問する。 うん、と一回頷く。 「よし、今のうちに着替えちゃって。」 こういうタイミングでもないと、もう疲れちゃって着替えられなくなる。 汗でぐっしょりした肌着を変えさせる。 ベッド下の収納を開けると、トレーニング向けの機能性抜群な肌着でいっぱいだった。 これなら汗の抜けもいいだろうし、ちゃんと毛布をかぶれば完璧だ。 このトレーニングウェア、どこで買ってるのか治った後に聞いてみようと思った。 飲み物と着替えで胃が刺激されたのか、ぐぅ、という音がどこからか聞こえてくる。 オグリがはっ、とお腹に手をやる。そうだろうと思った。 「ご飯、食べてないよね。」 こくこく、と細かく数回うなずいている。 「ごはん、作ろうか。」 目がぱあっと開かれる。ああもう、コイツは。 「いつもの量は出さないからね。」 少しムカッと来たので、ピシャリと言い放つ。 それを聞いたオグリの耳が少しヘタる。ダメに決まってんでしょ。 キッチンに向かうために椅子から立ち上がる。 オグリが私の顔を見上げて、裾を控えめにつまんできた。 「キッチンでおかゆでも作ってくるから、ちょっと離れるよ。ちゃんと戻ってくるから。」 強引に振り払うこともできたけど、それは、なんだか心苦しい。 「ここにいちゃ、ご飯作れないでしょ。ほら。」 説得してるはずなのに、指の力が強まる。 「オグリ。ね、お願い。」 なんとか安心させないと。 オグリの片方の頬に手を添えてやる。マスク越しに、普通じゃない体温が手のひらから伝わってくる。 一瞬驚いたように目を見開いたけど、ゆっくり目を閉じて、私の手のひらに顔を傾けてきた。そのまま、すりすりと顔を擦りつけて、動かなくなる。 げっ、悪手だったか。ちょっと叱るほうにするか。 空いている頬にも手を添えて、ぎゅっと挟む。 「ごはん、作れないでしょって。」 オグリが悲しそうな目をする。それは食べれなくなることなのか、それとも。 どっちだ、こら。 「ご飯はあるから。すぐだから、ね。」 もう一度ぎゅっと顔を挟んで、ぱっと離れる。あんまり甘やかすのはダメそうだ。 ドアノブに手をかけて、振り返る。 「しんどかったら寝ちゃっていいから。あとでね。」 ドアを優しく閉めて、暗い廊下をキッチンに向かって歩き出した。 部屋の電気をつけて、換気扇を回す。 お米は1合の半分くらい。お水はこの量に600ml。 味付けは可能な限りシンプルに。塩をふたつまみだけにする。 何と驚いたことに、栗東領のキッチンには土鍋がある。美浦寮にもあるけど。 冷蔵庫に梅干しがあったはず。アイツは食べれるから、添えてあげよう。 もっと作ってやりたい気持ちもあるけど、体調を崩してるから自粛する。 浸水させていたお米をさっと洗って、お鍋を中火にかけて、白く煮立つまで待つ。 煮立ってきたら、すぐ弱火にして、木のしゃもじでご飯がつかないように軽く混ぜる。 そのあとは、お箸を一本挟んで蓋をして、弱火のまま25分くらい。 煮立つ間に、オグリにお弁当を作ってやったはじめのころを思い出す。 作ってやった、っていうのは正しくない。押し付けたっていうのが正しい。 田舎からポッと出てきたアイツに嫌がらせをしようとして、わざと野菜ばかりをチョイスした。 朝練の時間を調べて待ち伏せして、名前も名乗らずに弁当を突き付けた。 目論見は外れて、まるっとおいしく頂かれてしまったのはミスだった。 私も対抗心が湧いて、絶対に苦手な食材を見つけてやろうって決心して、今に至ってる。 それからは、アイツのせいで夜早く寝て朝早く起きるようになったり、クリークさんたちと仲良くなったり。 本来の目的から外れてきて、周りには妙なあだ名をつけられるし、勘違いされてるし。 絶対関係ないけど、アイツのフォームが私の身体にも沁みついてタイムが縮んだり、良い結果を出せるようになった。 楽しい思い出のほうがたくさん浮かんできて、口角が上がってくる。 何ニヤついてるんだ、私。 本当は、アイツの調子を落とすはずじゃなかったのか。 その時、脳裏にふっと、暗い考えが湧いた。 今がチャンスなんじゃないだろうか。 アイツは元気な時に、調子を落とすことはなかなかない。 でも、今は? 病気で調子を落としてる所に直撃するようなものを追加したら? 例えば、喉に直接ダメージを与えられるような、辛い味付けは? 唐辛子はある。しゃべれないほど喉が悪いなら、コショウでもいいかもしれない。 例えば、胃腸が弱っているところに負担をかけれる、脂っこいものは? 豚肉はある。ワザと脂を落とさずに、バターで焼いてやったら最強だ。 思いつく考えに「どうなるだろう」なんて、とてつもなくイヤな奴だ。答えなんてわかってるのに。 アイツは私を友達だと思っている、と思う。私は、どうだろうか。 楽しい思い出には、いつだって後ろめたい気持ちがくっついていた。 頭の中がモヤモヤと陰る。本当の悪役になってしまいそうで、クラクラする。 気分がひどく悪くなってくる。 どうしたらいいだろう。 おかゆの面倒を見ないと。 なんでかわからないけど、めまいがする。 アイツの看病をしないといけないのに。 何を優先したらいいのかわからなくなった頭は、どんどん曇っていく。 そう思っていた時、後ろから声をかけられた。 「イチちゃん、ご苦労様。」 フジ寮長の声だった。 「オグリのかい?やっぱり料理上手だね。さすがだよ。」 私の様子が変に見えたからか、声の調子が変わった。 「イチちゃん?どうしたんだい、大丈夫かい。」 後ろから手のひらで肩を支えてくれる。 「どうしたんだい。何か、力になれることはある?」 私の目を真っすぐ見るフジ寮長の目は、すべてを見透かしているかのようだった。 「あの、フジ寮長。私を思いっきり、叱ってもらえますか。」 予想外の言葉に、きょとんとした顔になる。 しかし、舞台に立つ俳優みたいに、すぐ表情が切り替わった。 「イチちゃん、何を考えていたんだい。」 声色も、少しドスが効いたような、聞いたことのないものになる。 「私は、君が何を思っていたかは全く知らない。けれど、そういうことを言うからには、何かいけないことを考えていたんだね?」 非難するように目を細めて、私の肩を掴む手に力が入る。 「今この瞬間で、君はトレセン学園の中で一番よこしまなウマ娘だ。」 何も話していないのに、言い当てられて心臓が跳ねる。 「君が今やらなきゃいけないことは、オグリの面倒を見ることに集中することだ。」 強い語調で、ピシャリと言い放たれる。 「わかったら、もう火にかけっぱなしのお鍋を、オグリに届けてあげるんだ。いいね?」 フジ寮長が、私の身体を回してコンロに向ける。 背中を一つ、トンと叩かれる。 そうだ。私は今、フジ寮長から頼まれてる。 私がやらなきゃいけないことを、ちゃんとやろう。 まだ頭はモヤついてるけど、やらなきゃいけないことはわかった。 オグリに、これを食べてもらわなきゃ。 「オグリ、起きてる?」 肘でドアノブを下げながら、肩で扉を押し開ける。 「はい、おかゆ。梅干し食べれるでしょ。」 壁にもたれかかっていたオグリは、ご飯の香りをかいだからか、少し元気を取り戻したようだ。 オグリが毛布を手早くたたんで、ベッドに腰かけるように姿勢を変える。 もう快復したんじゃないかってくらいのスピードだ。 「ちょっと、もうすっかり元気じゃん。」 オグリが首を横に振る。でも、目はキラキラ輝いている。 オグリの前に椅子を動かして、土鍋と取り分ける用の小皿、れんげが載ったお盆を置く。 「待ちきれないって感じだけど、めちゃくちゃ熱いから、ゆっくり食べなよ。」 うん、とオグリが首を縦に振る。 もう食べてもいいのか、とでもいうかのように、私を見てくる。 「はい、召し上がれ。」 いつもより勢いはないけれど、ゆっくり手を合わせて、軽くお辞儀。 タオルを蓋にかぶせて、開けてやる。湯気がぱあっと立ちのぼった。 いただきますの声が、何故かわからないけど、部屋の中に響いた気がした。 「少ないけれど、がっつくのは治ってからね。」 立ち上る湯気にさすがにひるんだのか、ふー、ふー、と必死にオグリが冷ましている。 1分くらい冷ましてから、一口。 オグリの耳と尻尾がピンと立つ。 「おいしい?」 キラキラのままの目で、たくさん頷く。 ご飯をすくって、冷まして、食べる。間に梅干しを食べて、顔をすぼめる。 れんげの動きがどんどん加速して、あともう一口分。 いくら調子が悪かったとは言え、オグリには一人分は少ないみたい。 最後の一口をいつもよりゆっくり飲み込んで、ごちそうさまのポーズ。 喉はまだ痛そうだけど、まるで死の淵に立っているような表情は、もう消えていた。 オグリが嬉しそうに食べているのを見て、自分の気持ちがちょっとずつ晴れていくのを感じた。 やっぱり料理は、最後には笑顔になってもらうために作るのかもしれない。 オグリ、ごめん。 でも、素直な弁当はまだ、絶対出してやりたくないから。 思いを全部胸にしまって、料理人として、一言だけ。 「はい、お粗末様でした。」 パッと片づけて、食べたばかりだけどオグリを横にさせる。 「あとは寝て、しっかり治して。」 オグリがこちらをじっと見つめてくる。 「大丈夫、今夜はここにいるし、何かあったらフジ寮長も起きてるから。」 うん、と安心したように頷いて、オグリは目を閉じた。 ちゃんと治して、また朝に差し入れさせてよね、と念を送る。 寝付いたように見えるオグリの目元は、すっかり優しくなっていた。 了 ページトップ 3つ目(≫162~164) 二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 00 20 57 「ほっ、ほっ、ふう。」 「あれは……やっぱり。今日も来てくれているんだな。」 「おおい、おはよう。」 「下を向いて、一体どうしたんだ……。おおい。」 「イチ?どうして下を向いているん……ああ。」 「ふふ、珍しいな。寝入ってしまったのか。」 「……そうだ。起きるまで、寝かせておくか。ふふ。きっと驚くぞ。」 「綺麗な手だな……。あ、爪がささくれだっている。」 「ヤスリをかけたいが、何と言えばいいだろうか……。いつも避けられてしまうからな。」 「そういえば、イチには迎えてもらってばかりだな……。私からもできることは無いだろうか。」 「しまった、いつも食べているころだからお腹が……。ううむ、起こしてしまおうか。」 「いや、やはり良くないな。我慢だ。」 「いつも、いつお弁当を作っているんだろうか……。まさか、私が起きるよりも早く起きだしているのか?」 「しかし、それだとキッチンで会うと思うんだが……。二度寝しているんだろうか。」 「よく見ると、イチのまつげはとても長いんだな。指先もきれいだし、確かにライブで映えそうだ。」 「センターで踊るところは、必ず見に行くからな。待っているぞ。」 「ふぁぁ……。しまった。寝顔を見ていたら……。」 「ううん、ダメだ、私が寝てしまっては、せっかくイチがお弁当を作ってくれたのに……。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 「起きてください。もう予鈴がなっていますよ!」 「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 「……もう食べられないよ~。」 「……もう一杯おかわりを~。」 「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 了 ページトップ 4つ目(≫184~189) 二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 04 09 50 くそっ、やられた。 土砂降りになってるスーパーの駐車場をにらみつける。 食材を買い込んで両手に下げた保冷バッグが、より一層重く感じられる。 今日はとことんツイてない一日だった。 過去形にしているのは、もうどうせなら終わってほしいって思っているから。まだ18時で、ホントのところは終わってない。 朝はほとんど寝過ごしたせいで、跳び起きた。 お弁当を作り終えてる頃の時間に目が覚めてしまって、大慌てでキッチンに駆け込んだ。 もう洗い物も済んで、エプロンを畳んでるクリークさんに『今日は来ないのかと思いました』って言われるくらいだ。 お弁当とはちょっと呼びにくいものを大急ぎでこしらえて、玄関で靴を履くと、小石が靴の中に混ざってて痛かった。 そのあとオグリといつも会うところを読み違えて、移動するハメに。 お弁当の出来も正直悪かったみたいで、オグリから『今日はシンプルだな』って言わせてしまった。 授業中には、ボールペンのインクの出がやらら悪いし、シャー芯はメチャクチャ折れるし、消しゴムでノートをグチャッてしちゃうし。 一週間に一度、お昼に開催される『にんじんハンバーグ定食争奪特別』は、風紀委員長に捕まって私だけ障害競走になるし。もちろん負けた。 午後の授業は抜き打ちの小テストされるし、サボりたい授業ではなんかやたらセンセーに当てられるし。 トレーニングの時には、不良たちがあの子たちのリーダーを先頭にして、レース場を占拠してて走るどころじゃなかった。 生徒会と教官たちが総出で出てきてて、結構な騒ぎになってた。 あの子たちの事情はわからなくないけど、悪いことが重なる日くらい、かっ飛ばさせてほしかったなあ。 その余波でトレーニングルーム、体育館、敷地外の神社までもう生徒だらけで、走れるところはもうどこにもなくなってた。 空き教室で勉強会だね、ってことになって、また過去のレース資料の研究かな、と思っていたのもつかの間。 ゴザと立派な将棋盤を持ってこられて、なぜかいきなり将棋をやらされた。マジで意味わかんなかった。 予定がズレこんだし、今日は早めに解散しようという流れになった。 気合入れてスーパーまで買い出しに行こう、って決めた。 根拠はわかんないけど、スーパーは悪い私の一日を清算してくれる気がしたから。 どうせもともと行く予定だったし、早まって嬉しいくらい。 クリークさんを誘ったけど連絡がつかなかったので、上手くトレーニングにありつけたんだろう。 ジャージのまま鞄だけ部屋に置いて、キッチンに下げてある二人分の保冷バッグを手に、学園を出た。 小さいころ、お母さんにくっついて行くスーパーはすごくキラキラしていた。 美味しいものがたくさんあって、好きなもので溢れていて、人がたくさんいて。 最初の自動ドアをくぐって、カートや買い物かごがあるスペースは何故か無限に広い気がして。 野菜や果物、お魚のコーナーはちょっと寒かったけど、そこを抜けたら魅力的なもので溢れていた。 お母さんに「何か一個、好きなお菓子買っといで」なんていわれたら、時間がいくらあっても足りなかった。 そんな昔の話を突然思い出したのは、多分、今日さんざんだったから。 学園に来て、アイツが来るまでの間の買い物は、コンビニや学園の売店で済ませていた。 お弁当を作るぞってなって、クリークさんにいきつけの所を紹介してもらってから、スーパーに来るようになった。 トレセン学園が広いのと、周りが住宅街なのもあって、そこまで近いところにはスーパーが無い。 安全上の理由で自転車に許可なしでは乗れないのもあって、そこそこ不便。 でも、私たちは力持ちだし、ちょっと買い込むくらいならトレーニングみたいなもんだ。 ちょっと距離を歩けるのも、気分転換にとてもちょうどいい。 今日も、クリークさんの分まで買い込むつもりで、気合いを入れてきた。 無駄に買わないように、気を付けないと。 多少買いすぎたって、すぐ消費してくれる人材がいるから、多少増えてもいいんだけど…… おっ、にんじん詰め放題だって。嬉しい。 あ、ちょっとお魚にチャレンジしてみようかな…… そんな感じで、やっと気持ちが上向き回復していた。 いたはずなの。 最後のとどめが、突然の土砂降り。 「ホンマ気持ちよさそうに降っとるなあ。たまらんで。」 タマモクロスさんの物マネをしても、気持ちは晴れず、笑ってくれる人もおらず。 周りのお客さんたちも困ってる。こんなの、予測できないもん。 あー、私も困った。 いつもは買わないお魚を買ってしまったから、早く帰りたかったのに。 あと、一日報われなかった自分へのアイスクリーム。ラクトアイスじゃないやつ。 とりあえず、イツメンに連絡して傘を持ってきてもらおう、とスマホを探してポケットを探る。 見つからない。 うん、反対側だったか、と思って重たい鞄を持ち変える。 やっぱり、見つからない。 一体どこに置いてきたのか、スマホは自分と一緒にスーパーまで来ていなかった。 まさか、部屋に置いてきた鞄の中に入れっぱなしだったんだろうか。 心の中で、何かがぼっきり折れた。 あーーーもう。無理。マジで無理。 「なんでよー……」 消え入るようにつぶやく。 お願いだから、一秒でも早く止んでほしい。 もうヤケで、ここでアイスクリームを食べてやろうか。 マイバッグを開けてアイスを見つけるけど、カップ型で、スプーンを貰っていなかったことに気付く。 八方塞がりじゃん。何が塞がってるのかは知らないけど。 はあ、と大きなため息をつく。雨に濡れたコンクリートのにおいが鼻をくすぐる。 梅雨の時期とかだったら風物だなあ、くらいに思えるけど、今はただただイライラするだけだ。 駐輪スペースの壁に寄りかかって、座り込む。 どうしよう。どうしようもないな。せっかく買ったのになあ。 マイバッグに挟まれて地面を見つめる。目の前を、人々が通り過ぎていく。 ふと、視界が暗くなった。 少し顔を上げると、人影だった。赤いジャージ。トレセン学園のと同じような色だ。 もう少し顔を上げる。脚の間から、葦毛色の尻尾が見える。ウマ娘だ。 片方の手に、大きい傘を握っている。 もう少し見上げようと思ったら、先に、手のひらが差し出された。 綺麗な、見慣れたことのあるような、白い手のひら。 「ここにいたんだな、イチ。」 聞きなじみのある声。 優しくて、芯が通ってて、強くて、歌にのると聞きほれてしまう声。 顔を見上げる。そこには、今朝も見かけた、アイツが立っていた。 「オグリ。」 「イチ、迎えに来たぞ。」 「迎えにって、なんで。」 「クリークから聞いたんだ。イチが買い物に行くと連絡して、傘がないんじゃないかと言っていた。」 完璧な連係プレーに、思わず涙ぐんでしまう。 「さあ、帰ろう。」 オグリの手を取る。 「うん。ありがとう。」 マイバッグを両手に持って、立ち上がった。 「イチ、もう少し入れるぞ。」 「ん、ありがと。」 「いっぱい買ったんだな。何を買ったんだ?」 「お魚とお野菜と、あとアイス。」 「何っ、アイスがあるのか!」 「あげないから。これは自分へのご褒美なの。」 「そ、そうか……。残念だ。」 「そんな露骨にがっかりしないでよ。アンタのお弁当のおかずも入ってるんだからさ。」 「本当か!」 「ネタバレだけど、明日はお魚だよ。」 「嬉しいな。明日の朝ごはんが楽しみだ。」 「ちょっと、もうお腹鳴らさないでよね。」 「あ、ああ、すまない。」 「てか、アンタ、車道を歩く側なんだね。」 「ん、どういうことだ?」 「別に、なんでも。」 「両手に荷物のあるイチよりも身軽だし、水たまりがあるからこっちを歩いているだけだぞ。」 「だから、そういうとこだって。」 「んん、どういうことだ?」 「なんでもない。」 「それに、食べ物が濡れてしまっては良くないからな。」 「ねえ、ワザとやってる?」 「な、何を……。どうしてそんな凄んでいるんだ。」 「ていうか、私、傘に入りすぎてない?」 「ん、そんなことは無いぞ。このままで大丈夫だ。」 「ちょっと、良く見えないけど、アンタ肩濡れてない?」 「大丈夫だ。イチが濡れてしまって、風邪をひくようなことがあってはいけないからな。」 「それはお弁当がなくなるから、って意味?」 「イチに風邪をひいてほしくないだけだ。私の大切な友人だからな。」 「……そうですか。アンタも、風邪ひかないでよ。」 「ありがとう。気を付ける。」 「だからほら、もう少し寄りなさいよ。」 「あ、ああ。だがそれではイチが……。そうだ、バッグを二人で持つのはどうだ。」 「え、どういうこと。」 「片方のバッグの取っ手を一つ、私のほうにくれないか。」 「何、持ってくれるワケじゃないの?」 「持ってしまったら私たちの幅が広がってしまうから、これなら大丈夫だと思ったんだ。」 「アンタ、これがどんだけ恥ずかしいかって……」 「私は、何も恥ずかしくないぞ。」 「いや、そうじゃなくて。」 「雨の日もなんだか、イチとなら悪くないな。」 「あー、そうですか。」 「ど、どうしたんだ。何か、気に障るようなことを言ってしまったか。」 「何にも言ってない。」 「やっぱり、ちゃんと鞄を持ったほうがいいか。重たいしな。」 「別に、大丈夫。」 「そ、その、すまなかった、イチ。」 「いいってば!ありがと!」 「ど、どうしてありがとうなんて今言うんだ?」 「もー!このままでいいの!ありがと!」 了 ページトップ Part5 1つ目(≫57~60) 二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 02 32 24 「ねえちょっと、相談乗ってくんない?」 「何イチ、どうしたの。」 「またオグリの話?」 「イチがオグリのこと話すときは、『オグリの奴がさー』で始まるから、今回は違うね。」 「何なのよその分析モドキ。ムカつく。」 「いや、実際ホントーじゃんね。」 「私のことはいいんだって。これ見てよ。」 「何この手紙。便せんカワイー。」 「ちょっとイチ、そんなことしなくてもイチの愛は十分にダンナに伝わってるよ。」 「違うんだって。ちょっと中見てよ。」 「『本日18:30に、美浦寮裏にてあなたを待つ』……?」 「えーーーー何これ、古風ー。」 「寮の靴箱に入っててさー。どうすればいいかな。」 「名前無いじゃん。コワ。」 「いや、ワザワザ行くことないっしょ。怖くね?」 「つーかイチのオグリへの愛を知っておきながら、こんな告白の手紙みたいなの書く奴いないよねえ?」 「え、ちょっと待ってよ、それどういうこと。」 「アンタとオグリが恋仲だってのはもう公然の事実なワケ。え、知らんの?」 「違うって言ってるじゃん!アンタたちが一番よく知ってるでしょ!」 「いやー、嫌がらせってのはわかってるけどさ。そこはアレよ、『表現と印象』の違いよ。」 「意味わかんないんですけど!」 「まあオグリギャルのことは置いといても、これなー。」 「行ってあげてさ、『私にはもう、心に決めた葦毛の王子様がいるので……』って断ってきなよ。」 「だから、そんなんじゃないっての!」 「待ってよ、逆に受け入れてやってさ、オグリにそれを見せつけたら一番効果的な嫌がらせになるんじゃね?『ああ、どこへ行ってしまうんだイチ……』ってへしょげるよ多分。」 「それなー!アンタ天才じゃん!」 「もー!バ鹿じゃないの!?」 「ヤバ、顔あっかいよ。」 「ウケる。撮っとこ。」 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 夕方、結局、無名の手紙に促されるままに美浦寮裏に来てしまった。 トレーニングが早めに切り上げられる日だったからよかったものの、差出人は私の予定が合わなかったらどうするつもりだったんだろうか。 そんなことまで頭が回らないほど、大事な要件なんだろうか。 ていうか、こんな桜の木の下で告白するとうまくいく、レベルの古風な手段が現役だとは。 一体差出人は何を考えているんだろう。 木々が風に揺られて、カサカサと乾いた音を鳴らす。 遠くから響く、トレーニングに精を出す声。 トレセン学園の周りではなかなか感じられないような静けさがそこにはあった。 寮の裏なんて来たことなかったけど、確かに人影もなくて秘密の話をするにはいいのかもしれない。 耳を澄ましていたら、遠くから足音が聞こえてきた。 「あのっ!レスアンカーワン先輩ですか?!」 大きい声が響く。 振り返ると、私よりもちょっと小柄な黒鹿毛のウマ娘がそこにいた。 「あ、どうも。そうです。」 「来てくれたんですね。ありがとうございます!」 知らない子だ。同学年ではないように見える。 とりあえず、怖い人じゃなくて良かった。怖くてもひっぱたくだけなんだけど。 「もしかして、手紙の。」 「そうです!今日はお聞きしたいことがあって!」 「聞こえますんで、もう少し抑えてもらえますか。」 「あっ、すみません。慌ててました。」 「あの、それで聞きたいことって。」 促してみると、小さい身体を急に小さくしている。どういうわけか顔も赤い。 「あの、どうしたの。」 「あ、あの、レスアンカーワン先輩って。」 「イチでいいよ。呼びにくいっしょ。」 は、はい、と小さい声を響かせている。 と思った矢先、ぱっと顔を上げた。 「あの、イチ先輩って、好きな人っているんですか!?」 「……はっ?」 思わず聞き返した。 後輩ちゃんは、うー、とか言いながらこちらを真っすぐ見ている。 「えーと、好きな人ってのは。」 「やっぱり、いますよね……。」 待て待て待て待て。何。どうしたの。そんなしゅんとしないでほしい。 「待って、別にいないよ。」 「ほ、本当ですか!」 「うん、今はレースに集中したいし、私もちょっとずつ力がついてきてるから……。」 「でも、毎朝、オグリキャップ先輩に差し入れしてるんですよね。」 それを言ったっきり、耳がへたる。 なんだか、いきなりびっくりするようなことを言う子だな。 どうして今、アイツの名前が出てくるの? 「いや、あのね。」 「オグリ先輩とイチ先輩、お付き合いしてるって噂ですし。」 「あのね、それ完っ全に誤解だから。」 ちょうどいい。一対一の今なら、誤解を解きやすい。 「私とアイツは付き合ってないし、正直私はアイツのことを気に入ってるワケじゃないの。」 「えっ!?そうなんですか!?」 声が、声が大きい……。いいことなんだけど……。 思わず耳を後ろに向ける。 「ご、ごめんなさい、怒らせてしまって……。」 「いや、怒ってない。びっくりしちゃっただけ。」 「す、すみません……。じゃ、じゃあこの間オグリ先輩と相合傘してたっていうのは?!」 「それは雨が降って、アイツがたまたま迎えに来たってだけ。どっちかっていうとクリークさんのおかげ。」 むー、という効果音が似合う、頬を膨らませた顔でこちらを見る。納得してほしい。 ていうか、なんでそれ知ってるの。 校門前で受けた取材か、でもスタッフの人は使うかどうかはわかりませんって…… まだ信じてもらえないみたいだった。 「あの!イチ先輩!」 何か意を決したような顔つきで、名前を呼ばれた。耳が明後日の方向を向く。 「イチ先輩とオグリ先輩がお付き合いしてるのは知ってますが、それでも、私はオグリ先輩を諦められません。」 何? 「私、負けませんから!」 はあっ? 「はあっ!?」 「私、イチ先輩にここで宣戦布告します!オグリ先輩のこと、私だって好きなので!」 燃えるような、綺麗な目で真っすぐ見つめられる。 どこから説明を始めたらいいか全くわからなくなってしまった私は、口を半開きにしたまま、棒立ちしてしまっていた。 私はアイツのこと好きじゃないし、なんならやっつけようと思ってる。 「あのね、ぜんっぜん違うの。まずね。」 「私、頑張ります!イチ先輩には負けません!」 話を聞いてもらえず、綺麗に踵を返して走って行ってしまった。 それから、どこからか響く、スマホのシャッター音。 夕日と風が、爆笑しているかのように木々を照らして、揺らす。 明らかにまずい事態がどこかで起きているけれど、それを咎めるつもりにすらなれなかった。 了 ページトップ 2つ目(≫113~134) 二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 21 46 40 私は何だったんだろう。 これまで、何をしてきていたんだろう。 朝日が差すキッチンでお弁当用の野菜を刻みながら、唐突に、これまでの記憶が私を襲った。 何かを積み上げてきた、なんて高尚なことはしていない。 トレーニングは積んできたけど、自分のベストを尽くすためで、アイツに勝つための根本的なものじゃなかった。 自分が成り上がって上に立つんじゃなくて、上にいる人を引きずり落そうとしてきた。 自分が成長して強くなるんじゃなくて、相手が弱まって自分のところまで落ちてくるのを祈ってた。 それも真剣にじゃなくて、へらへら笑いながら、普通に過ごしながら狙ってきた。 相手が心に宿す思いや、熱や、周囲の人々からの期待や、それに応える責任感も全部無視して、意地汚く、脚を引っ張ろうとしてきた。 狂気にも似た必死さを発揮することもなく、追及されたら困るような心持ちだけで、他人を呪ってきた。 その結果は何も生み出すこと無く、生ぬるい中でぬくぬくと、相手がさらに伸びていくのを眺め、手伝っているだけだった。 もっと悪いことに、相手は私の悪意を善意として受け取れてしまうほど、器量が大きくて、とても強かった。 私なんかとは比べ物にならないくらいに、速くて、強くて、心が広くて、美しかった。 呪う相手が、私を祝福してくる。 私は愚かだったから、その祝福だけを無邪気に受け取っていた。自分が相手を呪っていたことを全部忘れて。 人を呪わば穴二つ、っていうけど、私の場合は、二つ分の穴が私一人にまとめて降ってきた。 どうして、どうして。 私は、何をしていたんだろう。 私は、何をしているんだろう。 朝から眠い目をこすって他人の不幸を探るために起きだして、支度をしている。 そのために、呪ってる相手の友達まで巻き込んで。 その友達は、私を精一杯祝福してくれていて、それも私は、ぬか喜びで享受している。 私は、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。 手に握っていた包丁が滑り落ちて、私のふくらはぎを傷つける。痛い。 自分への嫌悪感でこみ上がってくる吐き気。視界が暗くなる。 一緒にキッチンにいたクリークさんの声が、遠くで聞こえる。私を非難する声だろうか。 そのまま、私は気を失った。 目が覚めた場所は、自室のベッドの上だった。 ふくらはぎがちょっと締め付けられているのを感じる。誰かが手当てしてくれたのかもしれない。 吐き気はおさまっていた。 でも、頭痛がする。 痛む頭で、時間を見るためにスマートフォンの電源を入れる。誰かが充電器に差しておいてくれたらしい。 画面の光が自分の顔を照らす。ホーム画面は、明日の日付を示していた。 ああ、丸一日寝込んでたんだ、と気づく。 いつもよりももっと早い時間に目が覚めていた。朝日はまだ空を明るくするだけで、顔を出していない。 痛む頭をおさえながら上半身を起こして、うす暗くなった部屋を見回す。 充電コードにつながった、満充電のスマートフォン。 その隣にちょこんと座る、アイツをモチーフにしたぬいぐるみ。 いつか、アイツとクリークさんたちと一緒に出かけた時に、ゲーセンで取ったものだ。 トゥインクルシリーズのウマ娘をモチーフにした、トレセン学園初のぬいぐるみ商品。 「アンタがこれ持ってき」ってタマモ先輩に貰った。 最初は恥ずかしかったけど、ルームメイトが「サイドテーブルに置いておいたらいいじゃない」って言ってくれて置いたやつ。 ぬいぐるみは罪のない顔で、こちらを見つめてくる。 その顔を見ると、頭痛がひどくなるような気がした。 ぬいぐるみが、私をあげつらっているように見える。 そんなわけない、私がおかしい、全部私のせいだ。 そう思っていても、私は自分を認められなかった。 ぬいぐるみに手が伸びて、その頭を強く握る。 罪のない頭が手の甲に隠れて、歪む。 握ったままベッドから立ち上がる。包丁で切った脚が、ズキリと痛む。 昨日の朝まではぬいぐるみが水に濡れるのもかわいそうだと思っていたのに、今は何にも思わなかった。 静かに部屋を出る。薄暗い廊下を通って、玄関まで向かう。 スリッパをはき替えるのも忘れて、ゴミの集積場までふらふら歩く。 一歩踏み出すたびに痛む脚は、鈍る頭の私に、目的を教え続けてくれた。 薄明りが照らす学園は、私の知らない異界のようだった。 私がいてはいけない場所。 私が自分で否定した場所。 私が望んでも届かぬ場所。 痛む頭に無表情で耐えながら、ゴミ集積所にたどり着いた。 私は何も考えられないまま、ぬいぐるみを思いっきり地面に叩きつけた。 気分がひどくなる代わりに、頭の痛みがスッと引くのを感じた。 痛いのは、嫌だ。 包帯を巻いても、薬を飲んでも、治らない痛みは嫌だ。 今の私は、きっとひどい顔をしているんだろう。 このぬいぐるみが作っている笑顔と対照的な、醜い顔をしているんだろう。 でもこの痛みを解消するには、これに無茶苦茶に当たるしかなかった。 痛みを消してくれる蜜を舐めるために、無心に残酷な仕打ちを繰り返す。 かわいそうに思うくらい人格を感じていたそれは、段々とただのモノになってきた。 布と、綿の塊。 すっかり形を変えたそれを見るころには、頭の痛みはすっかり引いた。 肩で息をしながら、妙にすっきりした頭と、脚の痛みが次に何をするべきかを教えてくれる。 ゴミはきちんとまとめておかないと。 まとめてあるごみ袋の中から、まだ入りそうな袋の口を解いて、散らばったものをまとめて中に詰め直す。 口をきちんと縛り直して、終わり。 気分はまだ悪いままだったけど、頭痛はよくなった。 良かった。私の呪いはきっと、解消されたんだ。 目の周りがじわっと熱くなる。そのあとに涙がやっと、少しだけあふれる。 ふらつく脚で身体を支えながら、ドアを閉めるのも忘れて、倒れこむように横になる。 私はそのまま、昨日と同じく、気を失うように眠りに落ちた。 また、目が覚める。頭が重い。 今度の部屋は暗かった。横から、ルームメイトの寝息。 目なんて覚めなくても良かったな、と思う。お母さんに怒られそうだけど。 また今朝と同じようにスマートフォンに時間を教えてもらおうと身体を傾けると、頭からズルっとタオルが落ちてきた。 途端に頭が軽くなる。 なるほど、これのせいだったのか。 スマートフォンに手を伸ばそうとすると、手に誰かの熱を感じることに気付く。 暗くてよく見えないけど、誰かが私のベッド脇に椅子を持ってきて、座っていた。 私の手を握ったまま、規則正しい寝息を立てている。 これ、動けないじゃん。どうしよう。 反対側の手で、何べく静かにスマホを手に取る。2時47分。 『大丈夫か?』 『イチちゃん、脚の具合はどうですか』 『何があったん?ヘーキ?』 『センセーには言ってあるよ!ノートは取ってないけど笑』 『足を切ったと聞きました。日常生活には気を付けてください。治るまで、トレーニングはレースの研究に……』 たくさんの通知を流し見る。 自分を励ます文章が、今ばかりは全部返ってきた呪いにしか見えない。 スマホを投げ出す。もう、気分が悪い。 目を閉じて、何とか眠ろうとする。 そう思えば思うほど、眠れない。目の裏を赤黒い何かが走っていく。 手を握られているのも忘れて、寝返りを打った。 「んん……。」 椅子に座った子が声を上げる。はっ、としたように目を覚ます。 「ああ、寝ちゃってました……。」 クリークさんの声だ。ふぁ、と小さいあくび。 「イチちゃん、起きましたか?」 ルームメイトを起こさないようにか、ささやくような声。 返事をするかどうか、一瞬迷う。 今の私は、誰のお世話にもなりたくなかった。 寝たふりを決めこんで、規則正しく呼吸する。 何回か呼吸を繰り返すと、クリークさんがまた囁くように声を出す。 「イチちゃん。わかってますよ。起きていますよね。」 なだめるような、叱るような、優しくて力強い声。 少し揺らいだけど、深く息を吸って聞こえていないふりを続ける。 少し深く吸いすぎたのかもしれない。クリークさんがほんの少しだけ、語気を強めたように話す。 「お水を飲んでご飯を食べないと、治りませんよ?」 私は寝てる。寝てるんだ。 肩に思わず力が入る。すると、握られていた手にもっと強い力を感じた。 「ほら、起きてください。」 ベッドのシーツがずれるほど強い力で手を引かれて、思わずわっ、と声が出る。 「やっぱり、起きてたんですね。」 「あの、クリークさん。」 「ダメです。さあ、起きてください。」 シーツをどかされ、肩と膝の裏に腕を差し込まれて持ち上げられる。 「クリークさん、私、歩けますから。」 「しーっ、ですよ。起きちゃったらどうするんですか。」 顔は見えないけれど、きっと怒っているんだろう。 クリークさんは無言のまま、部屋の扉を開けて、廊下に出る。 クリークさんの肩越しに見えたサイドテーブルの上には、ぬいぐるみの代わりに、月の光に照らされる花瓶と、花が一輪刺さっていた。 ラウンジの椅子に座らされて、クリークさんを待つ。 私の周りと、遠くに見えるキッチンだけが光で照らされている。 ところどころ闇に沈むラウンジは、暗闇から何かが私を見つめているようで、気持ち悪い。 それと目が合うのが怖くて、ずっとうつむいている。 脚にまかれた包帯が目に付く。さっきは歩けるなんて言ったけど、床に足を押し付けてみると、きちんと痛んだ。 思ったより深く刃が入ってしまったのかもしれない。 さっき見たトレーナーさんからの通知が、心をきゅっと締め付ける。 ごめんなさい。 「はい、お待たせしました~。あったかいごはんですよ。」 暗い考えで頭がいっぱいになる寸前、頭上からクリークさんの声がした。 手に持っているお盆を、私の目の前に置く。 土鍋とお漬物だけの、シンプルな御膳だった。湯気からお出汁の優しい香りが漂う。 「どうぞ、お顔を上げて、食べてくださいね。」 クリークさんがタオルを当てて土鍋の蓋を開けてくれる。湯気が立ち上る。 視界が晴れた先に会ったのは、かにかまの載った、少しとろみのついたスープに入ったうどんだった。 クリークさんを見上げる。 「あの、クリークさん。」 「お腹減ったでしょう?さあ、召し上がれ。」 部屋を出てキッチンに入るまで、クリークさんは一言も話してくれていなかった。 やっぱり、ちょっと怒っているんだろうか。 言われたとおりに、手を合わせる。 お箸に手を伸ばそうとしたら、クリークさんの手が、遮るように私の右手に触れた。 「イチちゃん。大事な言葉が聞こえませんでしたよ~?」 「あ、あの。」 「元気なお声を聞かせてください、イチちゃん。ね?」 やっぱり、今も怒ってる。 もう一度手を合わせて、クリークさんの目を見ながら、はっきりと言う。 「いただきます、クリークさん。」 「はい。声を出さないと、元気になりませんから。」 今度は、お箸に手を伸ばしても、止められなかった。 出汁にとろみが移るほど、じっくり煮た細いうどん。 消化が良くて、ご飯に比べると栄養として吸収が早いうどんは、体力の回復を素早く促す。 添えられたかにかまの塩味と風味が、弱った身体にも優しいアクセントとして舌の上に広がる、のだろう。 身体は弱ってないからわからないけど、クリークさんの心持ちが心に沁みる。 うどんを口に入れながら、クリークさんをちらっと見る。 優しい笑顔で、じっと私を見つめていた。いたたまれなくなって、うどんに目を戻す。 透明なお出汁に泳ぐ麺を捕まえて、口に運ぶ。時折、お漬物を挟む。 気分が悪いと思っていても、一度食べ始めると身体は正直なもので、エネルギーを求めてくる。 私が食べている間、夜遅い時間なのに、クリークさんは何も言わずに私を見つめていた。 最後のかにかまを食べ終わって、お箸を置く。 手を合わせて、クリークさんに聞こえるように、きちんと声に出す。 「ごちそうさまでした。」 「はい、お粗末様でした。」 少し安心が混じったような声でクリークさんが答える。 「本当のところは、食べてもらえないかと思ってました。」 「クリークさん、私が起きてたって気づいてたんですか。」 「いいえ~、ちょっとひっかけてみたんです。分かっていませんでしたよ。」 やっぱり、クリークさんのほうが人として一枚上手だ、と思わされた。 「クリークさん、ずるいです。」 「ふふ、ごめんなさい。でも、イチちゃんだって私を一度無視したんですから、おあいこです。」 クリークさんがこちらに手を伸ばし、お盆を持って立ち上がろうとする。 「クリークさん、悪いです。」 「イチちゃん。ダメです。」 ぴしゃりと言い切られる。 「深くないとはいえ、脚を切ってしまったんですから、座っていてください。」 クリークさんが真剣な眼差しで私を見る。 「私は一番近いところで見たんです。イチちゃん、私を安心させてください。」 お盆を持ち上げて、はっきりと言い渡された。 そのままキッチンへ向かう背中に、私は言葉をかけることができなかった。 暗闇から見られていたくなくて、下を向いてクリークさんを待つ。 「お腹は落ち着いたかな、ポニーちゃん。」 突然、フジ寮長の声が聞こえてギョッとした。 顔を上げる。明るく光るキッチンだけが遠くにあって、誰も見えない。 「昨日の朝に突然倒れたと聞いて、驚いたんだ。」 左右を見る。自分の周りを照らす光の範囲にも、誰も見えない。 「君をみんなで部屋に運ぶ間も、ベッドに横にした後も、すごいうなされ方だったよ。」 後ろを振り返る。光を反射して薄く光る壁と、カーテンが見えるだけだった。 鼓動が速くなる。呼吸のペースが上がって、背中を汗が伝う。 ドク、ドクという鼓動が、体の内側から聞こえてくる。 「クリーク君は脚から出血しているのを見て、涙ぐんでしまったくらいだ。」 声だけが響く。どこから聞こえているのかも分からない。 パニックになりかけて、立ち上がろうと椅子に手をかける。 「ああ、立とうとしないでポニーちゃん。脚が痛むだろう。」 まるで自分が責め立てられてるときみたいに、脳が熱くなる。 一体、どこに。 「君の目の前だよ、ポニーちゃん。」 聞こえた言葉のまま、正面に振り返る。 そこには、テーブルに肘をついて座るフジ寮長がいた。 「そんなに慌てないで。どうしたんだい。」 脂汗を流し、口を半開きにして呼吸を繰り返しながら、フジ寮長を見つめる。 「何か、よこしまなことでも考えていたのかい?」 はい、その通りです、と言えたらどんなに楽だったろうか。 反応を返せないまま、フジ寮長が続ける。 「クリーク君以外のみんなは、ポニーちゃんが昨日から、正確には二日前だけど、ずっと寝込んでいたと思ってる。」 フジ寮長の視線は、私の目を捉えて離さない。 「でも、本当は一度起き出していたみたいなんだ。まだ太陽が昇ってもいないくらいの時間にね。」 自分がしたことの残酷さを、無理やり思い起こされて気分がまた悪くなる。 フジ寮長の視線から逃げるように、自分への嫌悪感を抑え込むように、下を向く。 「イチちゃん。私のほうを見るんだ。」 声色を変えないまま、フジ寮長が告げる。 私は、顔を上げることができなかった。 早くこの時間が過ぎてほしい、終わってほしい、と願いながら少しの間を置いた後。 「レスアンカーワン。」 冷たい声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。 「私のほうを見るんだ。」 刃物で刺されたような痛みを感じて、顔を上げる。 フジ寮長の青い目が、監視カメラのレンズのように、私を見ている。 「詳細には言わないけれど、ずいぶんと無茶なことをしたみたいだね。」 顔から血の気が引くのを感じた。 見られていたの?あんな時間に? それとも、クリークさんと同じようにハッタリ? 「脚の傷口が開くのも構わず、酷い当たり方だったね。」 合図を出されたかのように、脚が痛みを訴えてくる。 「自分の中で決着をつけず、ただ自分が愉快になるためだけに、人が不愉快になることをしてはいけない。」 真っ当な正論をぶつけられて、心に波が立つ。 私はただ、フジ寮長の顔を見続けることしかできず、何も言えなかった。 「明日、もう今日か。今日も一日休むんだ。私から職員さんたちには伝えておくから。」 フジ寮長が立ち上がる。 「そのあと、ちゃんとオグリと向き合って、決着をつけなさい。」 その言葉の後、フジ寮長が顔の横で指を鳴らした。 「イチちゃんは君自身が思うほど、悪い子じゃない。」 その言葉の後、私たちを照らしていた照明が消えて、暗闇が私たちを囲む。 「自分自身だけは、どんなに上等なトリックでもだまし続けられないよ。」 フジ寮長の声だけがラウンジに響く。 「君はたまたま、トレセン学園の勝利と結果への執念に、吞み込まれてしまっただけなんだ。」 どこから聞こえてくるのかもわからない。 「それでも、それは君自身で乗り越えなければいけないんだ。頑張ってね。」 それだけ言った後、もう一度指が鳴る音が響いて、照明が元に戻る。 そこにはもう、フジ寮長はおらず、一人呆然とする私だけが取り残されていた。 「お待たせしました。お部屋、戻りましょうか。イチちゃん。」 クリークさんの声に、また身体が跳ね上がる。 呆然としていた私は、クリークさんがすぐそばにいることにも気づかなかった。 「クリークさん、あの。」 「どうしました?やっぱり、脚が痛みますか?」 「いや、痛くはないんです。ただ、その。」 これから話そうとすることの意地汚さに、自分でも言いよどむ。 「さっきの、フジ寮長の話、聞いてましたか。」 私は、まだ保身を図っていた。 諦めろ、乗り越えろ、解決しろ、とさんざん叱られたのに。 私とオグリとの間にいない人たちには、私がしてしまったことを知られたくなかった。 クリークさんは少し考えるように顎に手を当てた後、首をかしげる。 「こんなに遅いのに、寮長さん、いらしたんですか?」 そういって、キョロキョロと周りを見回す。 静かな誰もいないラウンジで、響かないような声量ではなかった。 それなのに、クリークさんは気づかなかったというのが信じられなかった。 「クリークさん、またカマかけてるんですか。」 「一人にしてしまってごめんなさい、って思ってましたよ。誰もいなかったです。」 クリークさんはいたずらでひっかけるけど、嘘はつかない人だ。 「きっと動揺しているんです。また、休みましょう?」 そういって、私を持ち上げる。 私が話をしたあのフジ寮長は、ご飯を食べて安心した自分が作った幻覚だったのだろうか。 それとも、フジ寮長の盛大なマジックにひっかけられてしまったのだろうか。 何もわからないまま、クリークさんにしがみついていた。 部屋のベッドに戻されて、クリークさんにお礼を言う。 「ありがとうございました。」 「とんでもないですよ~。もう、大丈夫そうですね?」 はい、と返事をして布団をかぶる。 昨日よりは幾分落ち着いた気持ちで、私は眠りに落ちた。 次の日、正確には当日の夜だけど、私は自然に目を覚まさなかった。 私が解決しなきゃいけない問題が、私を起こしに来たからだ。 「イチ、大丈夫か。脚を切ってしまったと聞いたぞ。」 オグリキャップ。 脳裏にぬいぐるみの顔がちらつく。 「あ、あの、オグリ。」 「うん、どうした。」 言葉が詰まって話せない。金縛りにあったように、身体が動かない。 自分がめちゃくちゃにしてしまったぬいぐるみが思い出されて、喉がつかえる。 呼吸が、上手くできない。苦しい。 喉に手をやっても、空気が吸えるわけではなかった。 オグリがベッド脇に膝をつく。 「イチ、大丈夫か。」 見たくない、アンタの顔だけは、今は見たくない。 目を強く閉じて、顔をそむける。 「イチ、落ち着くんだ。大丈夫だぞ。」 オグリが私の胸に手を置いて、もう片方の手で私の手を握る。 「大丈夫だイチ、何も言わなくてもいい。」 やめて。優しくしないで。 私は、ひどく卑怯な方法で、一度アンタを壊してしまったんだ。 オグリから逃げるように、壁際に寄る。 すると、少しの沈黙の後、オグリが手を離した。 「分かった。すまない、無理をさせてしまった。」 オグリが離れて、反対側のベッドに座る音がする。 「イチの準備できるまで、ここで待つ。イチのルームメイトは、今私とタマの部屋にいるんだ。」 真っすぐな声のまま、続ける。 「大丈夫だ、私はどこにも行かない。」 それを言ったきり、話さなくなった。 何十分か、何時間か、分からないほどの時間が経った。 私は、まだ壁のほうを向いたまま、シーツにくるまっていた。 オグリから逃げるように、フジ寮長に言われたこともできないで、ただ怯えていた。 そんな自分が胸の奥を焼いて、どんどん思考が鋭くなって、自分を傷つける。 もういよいよ、寝て誤魔化してしまおうか、と思ったとき、オグリが立ち上がる気配がした。 心がじわっと、安心感で満たされていく。まぶたの裏に熱い水が溜まる。 ああ、良かった。 諦めてくれた。私を見限ってくれた。 オグリにまるで似つかわない私を、オグリのほうから切り捨ててくれた。 それでいい。私は今、みんなから見捨てられたいんだ。 このまま、ここでずっと眠り込んでしまいたい。 どこかもわからないとこに、ずっと沈み込んでいきたい。 そんな風に考えていた矢先、身体に強い力が加わった。 ぐるんと肩が回転して、仰向けになる。思わず目が見開く。 蛍光灯の光が、私の目を焼く。 何とか視界が戻ってくると、オグリの真剣な顔が私を見つめていた。 「イチ。私は諦めない。」 強い語調で、切り込むような声で、口を開く。 「イチが抱えてしまっているものを、私が知るまで、絶対に諦めない。」 オグリがシーツごと、私を起き上がらせる。 「イチが話してくれるまで、絶対に待つ。」 私の唇が震える。とどまっていた涙が、流れてきた。 私の気も知らないで。 私の心持ちも知らないで。 どんなに私が惨めか知らないくせに。 「あ、アンタ、にっ、何が分かるって。」 やっと震えた喉から、かすれた声が出る。 「アンタじゃ、私の、気持ちなんて。」 言いたくない。分かってほしくない。 この気持ちは、私が死ぬまで抱えるんだ。 誰もわかってくれないから。伝わったら、分かるように軽蔑されるから。 振り絞って突き放すようなことを言っても、オグリは私をじっと見て、逃がしてくれなかった。 「いや、やめて、オグリ。」 見ないで。お願い。 首が下に向こうとしたとき、オグリが私のほっぺを両手で捕まえてきた。 そのまま、顔を持ち上げられる。 私の酷い顔が、オグリの目の中に映っていた。 「イチが準備できるまで、私が話す。聞いていてくれ。」 「イチというウマ娘は、私の大切な友人なんだ。」 違う。 「私がここにきて、毎日行くためのカフェテリアまでの道を教えてくれた。」 違うの、オグリ。 「それだけかと思ったら、出会って一番最初に、お弁当を差し入れてくれたんだ。」 それには、わけがあって。 「どうして初対面の私にお弁当をくれたのか、全くわからなかった。何か、裏があるんじゃないかとも思ってしまったんだ。」 知ってたの。 「私もお腹が空いていたから、思わず受け取って、蓋を開けてしまったんだ。」 それは、アンタがよく食べるってつけこんで。 「でもそれは、間食にちょうどいい、とても素敵なお弁当だったんだ。」 違う。 「野菜がいっぱい詰まって、油の少ないお弁当は間食にぴったりだった。」 嫌がらせで、困らせてやるって。 「イチと仲良くなってから、一緒にご飯を食べたり、出かけたりして、すごく楽しい。」 私は、オグリを裏切ってたの。 「イチのおかげで健康が管理できて、トレーニングにも力が入って、レースにも勝てる。」 やめて、もう、やめよう。 「いつもありがとう。イチ。」 でも、私は。 「……だが、私は、イチに謝らなきゃいけないって、ずっと思っている。」 「イチは、私の名前を知っているか。」 聞かれても、声が出せない。 かすれるような声で、何とか答える。 「オグリキャップ、でしょ。」 「そうだ。イチ、私に同じ質問をしてくれないか。」 「えっ?」 「いいから、頼む。」 訳が分からないまま、オグリに聞く。 「オグリは、私の名前、知ってる?」 オグリが苦虫を嚙み潰したような顔をして、苦々しく口を開く。 「……私は、イチの名前を知らない。」 それは、私が言っていないから。 「イチは他に、私のどんなことを知っているか、教えてくれるか。」 時間をかけて、呼吸を整える。 長い時間が経った後、やっと答えた。 「……葦毛で、背が高くて、よく食べて、よく走って、皆から憧れてて。」 「うん。」 「……でも、ちょっと抜けてて、期待に応えようって思ってて、皆の嫌いなものでも食べて、人の知らないところでたくさん努力してる、よ。」 答えながら、息が切れる。私との差に、辟易とする。 言い終わった後、オグリがまた質問する。 「イチ、また、私に同じ質問をしてくれないか。」 「オグリは、私のどんなことを知ってる?」 「イチは栗毛で、背が私より低くて、私の友人と仲が良くて、料理が上手で、私に毎朝お弁当をふるまってくれる。」 だんだん悲しそうな顔をしながら、うつむいていく。 「……それだけなんだ。」 オグリの手が、私の頬から膝まで下がる。 「何かお返しをしたいのに、私は自分のことばかりで、イチのことを知ろうとしてこなかったんだ。」 「オグリ、あの。」 震える唇を何とかこらえて、言葉を作る。 時間をかけて、振り絞ったつもりでも、やっぱり蚊の鳴くような声しか出てこなかった。 「私は、オグリに知られたくなかったの。」 オグリが顔を上げる。 「最初は、別にオグリに親切にしてやろうって気もなかったの。」 声に変な音が混じる。 やめて、今は泣かないで。 「いきなりここに来た葦毛が、どういうわけかすごい強くて、ちょっと見てやろうって気持ちだった。」 目尻にたまった涙が、頬を伝っていく。 「でも、オグリは私なんかと比べ物にならないくらい、大きかった。」 顔を覆って、涙を拭く。拭いても拭いても、止まってくれない。 「オグリと仲良くなろうと思ってたわけじゃない。オグリを困らせてやろうって、そんな気持ちで。」 顎先で溜まった涙が、落ちそうになる。 「全部隠して、オグリがひとりでに調子を崩すところを、笑ってやろうって。」 「イチ……」 オグリの手が顎先に触れた、気がする。 「だから一昨日にも、オグリに酷いことをして、私。」 「イチ。」 オグリの声と一緒に、部屋が暗くなった。 「ありがとう。」 オグリが、私に覆うように、優しく抱きしめる。 「私はオグリに助けてもらうようなヤツじゃないの。」 「いいんだ、イチ。話してくれて、ありがとう。」 「ごめん、ごめんなさい……」 「イチが届けてくれる思いがどんなものであっても、私はそれを受け止められる。」 優しい声が二人きりの部屋に響く。 「でも、私は。」 「悪意も、もしかしたらあったんだと思う。」 オグリのが私の背中をさする。 「だからこそ、イチは今こんなに苦しいんだと思う。」 もう片方の手で、オグリが私の後ろ頭に手を当てる。 「それなら、私が全部受け止めてみせる。」 「えっ。」 「私はイチの前向きな気持ちも、後ろ向きな気持ちも全部、平らげてみせる。」 オグリが膝をついて、私の肩に手を置く。藍色に輝く目が、まっすぐに私を見る。 「私はイチの全部を貰って、最後まで立ってみせる。だから、イチの思っていることを全部教えてくれ。」 やめて、オグリ。 「全部貰って、栄養にして、レースで走って、また戻ってくる。」 オグリの親指が、私の目元を拭う。 「イチはとっても優しいんだ。だから泣かないでくれ、イチ。」 私の見たことないような顔で、聞いたことない声で、オグリが私に話しかける。 私だって、アンタの知らないところ、いっぱいあるのに。 「イチが私のことを支えてくれているように、私にもイチのことを助けさせてくれ。」 それに、とオグリが言葉を続ける。 「私は、そこまでしょっぱい料理は、あんまり好きじゃないからな。」 言われたことの意味が分からなくて、涙が途切れる。 今そんなこと言うなんて、バ鹿。 本当に、しょうがないやつ。 でも、そうだからこそ、私はコイツに惹かれたのかもしれない。 「ね、オグリ。」 「どうした、イチ。」 私の様子を探るように、オグリの耳が動く。 「今日は、部屋に帰るの?」 「いや、実は、フジ寮長が決着がつくまでイチと一緒にいろ、と言っていた。」 決着がつく、という言葉。 やっぱり、あの時のフジ寮長は本物だったのかもしれない。 「オグリ、もう少しだけ、ここにいて。もうちょっとだけ、話そ。」 私の言葉に、オグリが丸い目をキラキラさせる。 「うん。イチのことをもっとよく知れるまで、私もここにいたい。」 胸の中が全部晴れたわけじゃない。 まだ、気持ちと思惑を全部、話したいわけじゃない。 やっぱり、本心を知られるのは、すごく怖い。 でも、オグリに酷いことをしてしまったことをちゃんと謝って、歩み寄る。 物陰から怖がりながら覗くんじゃなくて、真っすぐ向き合って、直接オグリに触れたいと思った。 自分で責任を取るんだ。 オグリの手を取って、両手でぎゅっと握る。 「今まで、ごめんなさい。」 「大丈夫だ、イチ。ちゃんと治ったあと、また、イチの美味しいお弁当を食べたい。」 「うん。分かった。任せといて。」 皆のおかげでゲートを飛び出せた私の目元は、きっと少しだけでも、優しくなっていたと思う。 了 ページトップ 3つ目(≫144~146) 二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 00 13 57 オグリのぬくもりを背中から感じる。 「イチは、どんな料理が好きなんだ?」 「ふふ、何それ。そうね、和食が好き。」 「そうか。肉と魚だったら、どっちが好きだ?」 「魚。焼き鯖とか好きかな。」 「そうか……。」 話すたびに、オグリの吐息が耳に当たってこそばゆい。 「てか、和食だったらそんなにお肉の料理多くないでしょ。」 「そ、そうだな。すまない……。」 「ヘコむなって。」 「あっ、朝ごはんだったら旅館とホテル、どっちが好きなんだ?」 思わずぷっ、と吹き出してしまう。 「どういうこと?和食か洋食かってこと?」 「そ、そうだ。」 「そりゃもちろん旅館かな。ごはんと、お味噌汁と、お漬物。あと鮭とかあったらサイコーだね。」 「私だったら、それに味付け海苔と、茶わん蒸しと、煮物と、小鉢と……」 「多い多い。お腹はちきれちゃうでしょって。でも、味付け海苔はいいね。」 「イチも好きか!」 「子供のころ、味付け海苔だけこっそり食べて、怒られるよね。」 「ああ、あったな。私の家では味付け海苔はごちそうだったから、お母さんが真っ青になってしまっていた。」 「やっぱりどこでもそうなんだね。うちのお母さんは赤くなってた。」 「ふふ、イチと共通点があって、嬉しいぞ。」 オグリが私のお腹の前で、手を組みなおす。 「イチは、柔らかいんだな。」 「はぁ?!」 「ああっ、いや、悪気はないんだ。」 「悪気がないとかじゃなくて、そういうの、ありえなくない?」 「いや、次の話題を探していて、手に触れたお腹のことを、つい……。」 身体を動かしてやる。 「ちょっと、もう終わりだかんね。」 「そ、それは嫌だ!どこにも行かせないぞ。」 私を抱きしめる力が強くなる。 あんまり強く抱きしめるから、おかしくなった。 「ねえ、ちょっと必死すぎ。」 「今イチに逃げられてしまったら、もうチャンスが無いだろうから……。」 本気でしょんぼりした声になる。もう。 「オグリ、ほんとそういうこと言うのやめたほうがいいよ。」 「何だか前も同じことを言われた気がする……。イチ、それはどういうことなんだ?」 「教えてあげない。」 「ず、ずるいぞイチ!」 「ヤだ。」 だって、私にも言ってくれるじゃん。 「……意地悪なイチは、嫌だということが分かった。」 「そ、頑張って機嫌とってよね。」 ぐいっ、とこれ見よがしにオグリに身体を寄せてやる。 「……うん、気を付ける。」 ちょっと待てよ。 「私、風呂入ってないじゃん……」 「そういえば、私もだ……」 スマホで時間を見る。 「あと8分で浴場も閉まってしまうな……」 「ね、ちょっと、離れてっ。」 「なっ、嫌だ、絶対離さないぞ。」 「はぁっ、アンタ、マジで待ってって。」 「イチからは変なにおいもしないし、なんとも思ってない。大丈夫だ。」 「いや、大丈夫なわけないでしょ。せめて着替えさせて!」 「私も着替えを持ってきてないから、おあいこだ。」 「マジで意味わかんないからやめてって、ちょっと!」 「どうしてそんなに頭を遠ざけるんだ、イチ。」 「どうしたもヘチャチャもないっ!」 「今日はイチのことをよく知るって決めたじゃないか。」 「これのどこがよく知るってことなの!ちょっと、本気になるのやめてって!」 「イチが寝付くまで絶対に逃がさないからな。」 「もー!」 了 ページトップ 4つ目(≫173~176) 二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 06 00 06 「ほっ、ほっ。ああ、イチ。」 「おはよ。今日も精が出るね。」 「うん。しっかりお腹を減らしてきたぞ。」 「そうじゃなくて、トレーニングをしてきたぞ、でしょ。」 「ふふ、そうだな。すまない。」 「今日はどうしてたの。」 「神社の境内を駆け上がってきた。見たことのない狐と狸がいたんだ。」 「え、あの神社、野生の狐と狸なんか住んでるの?」 「首輪はついていなかったからな……野生だと思うぞ。」 「こわ~……まあ、でもオグリが噛まれなくて何よりだよ。」 「うん、ありがとう。」 「何、待ちきれないって顔して。」 「今日もイチのお弁当が楽しみなんだ。」 「残念ながら、今日はお弁当、ありません。」 「……なにっ?」 「だから、お弁当は、ありません!」 「そ、そんな。」 「本当です。」 「……嘘をついているんだな。嘘をつくイチは、嫌いだぞ。」 「ホントーなんだからしょうがないじゃん!」 「そうなのか……食材がなくなってしまったのか?」 「まあ、そんなとこ。ねえ、つっ立ってないで、座りなよ。」 「そんな……どうすれば……カフェテリアの朝ごはん定食でもいいが、少し量が……」 「オグリ、ほら。座りなって。」 「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。」 「いつも作ってくれるのはありがたいが、大変だろうと思っていたんだ。」 「そりゃ、まあ大変ですねえ。」 「しかし、いざなくなってしまうと、とても悲しいな……」 「……もう、そんなマジに落ち込まなくてもいいじゃん。はい、これ。」 「……ん、これはなんだ?」 「ずいぶん細長いな……おおっ、危ない。」 「気を付けてね。アルミホイル、取ってごらん。」 「うん。……おおっ!」 「アハハ、そんな耳立てなくても。」 「イチ!巻き寿司だ!」 「知ってる知ってる。」 「とてもきれいだな……おお、これはお肉か?」 「ちょっと待って、喜びかたハンパなさすぎるでしょ、ちょっと、ウケる。」 「ウケてる場合じゃないぞ、イチ!海苔巻きだ!」 「だから、知ってるって。私が作ったんだから。」 「イチが、これを!おお……」 「感動の仕方ヤバいって。ヨソでそれしないでよ?」 「今日はお弁当の代わりにこれなのか?」 「そう。だから、お弁当はありません。」 「そうだったのか……ありがとう、イチ。そしたら、早速。」 「待った!」 「な、イ、イチ?」 「今日は何日でしょうか。」 「何って、3日だぞ?」 「そ。ということは?」 「な、んん……」 「えっ、掲示板にイベントやるって貼ってあったじゃん。」 「……ああ!お豆を食べるイベントだな。年齢分しか食べれないから、皆お腹が減らないかと心配してたんだ。」 「そう。ということは?」 「……放課後にカフェテリアに集まる日、か?」 「えぇ~……わからなかったら、それ没収。」 「ま、待ってくれ!ええと……んん……あっ、あれだ!」 「うん、どれ!」 「ええと……節分だ!」 「正解!ということは?」 「と、ということは?」 「その海苔巻きはなんていう名前でしょうか?」 「……ああ!恵方巻か!」 「正解!あーよかった。オグリのために作ったのに、食べてもらえないところだった。」 「はい、じゃあオグリ……えー、こっち向いて。」 「ん、こっちか……少し太陽がまぶしいな。」 「今年は東北東がいいんだってさ。食べ始めたら、喋っちゃだめだからね。」 「うん、分かった。イチはいいのか?」 「私はそれ作ったときに、クリークさんと済ませちゃったから。」 「そうか。ちょっとだけ、残念だな……ああそれと、もう一つだけいいか?」 「うん。」 「恵方巻は、一本だけだろうか?」 「あー……先聞いちゃう?」 「な、何かまずかったか?」 「あと5本、切ってあるよ。」 「本当か!」 「そう。全部食べ終わるまで、無言だよ。」 「分かった。任せてくれ。」 「ふふ。」 「それじゃあ、いただきます。」 了 ページトップ
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<第26回 (2003年)|第28回 (2005年)> 放送日時 - 2004年8月21日(土)・22日(日) この回のテーマ 「あなたの夢はみんなの夢」 概要 8月21日(土)に「アテネオリンピック 野球・予選リーグ 日本×台湾戦」(16 30~19 30 最大20 00まで延長)が組まれた為、19 30~翌22日(日)21 24の約26時間(25時間54分)に編成。16 00に「スペシャル プレ・オープニング」を放送。しかし、当日、野球の試合展開により19 45に開始(実質15分短縮の予定だった)。翌日、この年のマラソンランナーである杉田かおるがゴールした後の時間の兼ね合いから10分延長し、最終的に19 45~翌22日(日)21 34の25時間49分と5分短縮された。 また、土曜深夜~日曜夕方に駆けての「NNNニュース」ではアテネオリンピックの日本人選手活躍状況を放送した。(深夜の「HOT HIT 100」の中の「NNNニュース速報」で日本人のメダル獲得情報を2度流れた。) この年の2月29日にスタジオ本社機能が汐留に移転したことに伴い、テロップがリニューアル。 この年から、東名阪エリアの日本テレビ・中京テレビ・読売テレビに限り、地上デジタル放送での放送を開始。日本武道館内の映像に限りハイビジョン製作も開始した(中継映像はこれまで通り4 3画面)。 主な出演者 チャリティーパーソナリティー嵐 チャリティーサポーターオセロ スペシャルサポーター東山紀之(少年隊) チャリティーファイター曙太郎 チャリティースターター石塚英彦(ホンジャマカ) チャリティーランナー杉田かおる 深夜ブロック (第1部) HOT HIT 100 司会山口智充 石川亜沙美 オセロ 東山紀之 スペシャルゲストノラ・ジョーンズ パク・ヨンハ
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<第14回 (1991年)|第16回 (1993年)> 放送日時 - 1992年8月29日(土)・30日(日) 概要 これまで各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていたが、24時間テレビ全体を一つの番組として作られるようになった。 これまで一部のコーナーが対象となったステレオ放送がニュースパートを除く全コーナーに拡大。 「悲惨な現状を確認することも大事だが、今年は楽しみながら感動し、参加できるチャリティーを目指す」というコンセプトの下、番組のメインテーマを従来のドラマやドキュメンタリーなどチャリティー色の強いものから歌と音楽をテーマにしたシンプルな物に改める。 チャリティーマラソンがスタート。 新テーマソングとして『サライ』が誕生(放送中は完成してなかったため、この年のローカル枠や各地方局の協賛CMでは従来通り「LOVE SAVES THE EARTH」や「愛はマジック」「エバー・グリーン・ラブ」を使用)。 これ以降は歌を中心とした内容で放送されている。 番組終了時刻を20 00に変更(日曜日のナイター編成時は19 30まで、その後日曜夜7時枠のネット枠の終了時間が19 56〈1996年10月 - 1998年9月〉から19 58〈1998年10月 - 現在〉に変更されている)。 番組中の提供クレジットにおける提供読み(第1回から前回までは提供表示の際に「このコーナーは・・・の提供でお送りします(しました)」というコメントを挿入していた。今回以降は上記のコメントは文面表示に変更。この年は社名ロゴと提供クレジットが別々に送り出しされ、武道館・Gスタからは提供アニメと「<提供>ここからは(ここまでは) がお送りします(しました)」のスーパーが、マスターからはスポンサーのロゴを出していた)を廃止。同時に後クレジットに続いて流される「ひきつづき(コーナー名)をお送りします」という映像も上述の理由により廃止された。 同年と翌年の2年間はタイトルを「24時間テレビ15(16) 愛の歌声は地球を救う」とし、メイン企画として電話リレーの形で、芸能人やスポーツアスリートらに声をかけて武道館に呼ぶ、タレントの交友関係やコネに頼った企画を行った。この手法は当時元日に生放送されていた「平成あっぱれテレビ」から取られている。 また事前に全国の障害者施設や老人ホーム、ボランティア団体にアンケートを行いその中から選ばれた「私を勇気づけた、励まされた一曲」99曲を電話で呼ばれた出演者が放送時間内に歌い切ろうというもの。今回と翌年はステージセットの大型モニターを囲むように99曲のリストが書かれたボードがありこの年は右下(翌年は中央上部)に空欄があった。ここに入る100曲目が『愛の歌』(後の『サライ』)である。 番組の出演者や電話リレーで繋がった芸能人・アスリートはこの愛の歌99曲のカラオケを放送時間内にすべて歌いきることが目的であった。これは当時日テレで放送されていた「夜も一生けんめい。」の要素が織り込まれている。 この年からチャリティーマラソンがスタート。新潟県の苗場プリンスホテルから東京の日本武道館までの200キロを間寛平が走る予定だった。、一目見ようと道路に人が殺到、さらに土曜日の深夜には寛平の後ろを車が追行するトラブルもあった。結果、交通の妨げになるとして途中棄権となった。翌年以降は出発地やマラソン経路地は原則非公開となっている。ちなみに企画当初は、24時間コンサート会場からマラソンがスタートし、寛平が武道館にゴールする構想だったという。しかし会場を探してもなかなか見つからず、深夜の騒音での苦情や会場によっての客の収容、出演者やスタッフの移動などが懸念されたことや、マラソン班から「いくつも都県をまたぐと警察から道路使用許可が下りない」ということがあったのを受けマラソンと24時間コンサートを独立する形式をとった。 さらにこの年は、静岡県の「ヤマハリゾート つま恋」でビジーフォーが24時間コンサートに挑戦する企画(日産がこのコンサートに協賛)や系列各局がVTRを制作する「日本列島ふるさとこの一曲」、日曜早朝には「紅の豚」のPRの為に造られた「紅の豚号」に乗って、観月ありさが都内に中継に出る企画などもあった。なおこの年をもって第1回から行われていた読売テレビの制作コーナー(主に大阪市野外音楽堂からの「広がれ愛の輪熱唱コンサート」が行われた。この年は毎年11月末に放送される「ベストヒット歌謡祭」の前身にあたる「全日本有線放送大賞」の過去の受賞者が受賞曲を披露する企画(形式は2011年からの「ベストヒット歌謡祭」に近い)を放送)が廃止された。 深夜コーナーは3部構成の「あなたを眠らせない!!強力バラエティ」で、田中義剛・所ジョージ・嘉門達夫らによる「替え歌グランプリ」と「ガキの使いやあらへんで!!」内「チキチキ大喜利大合戦」のスピンオフ企画「ダウンタウンのミッドナイト大喜利歌合戦」、「第1回カラオケビデオ大賞」が行われた。また、コーナー間のセットチェンジ中も放送が行われ、この間はマラソンの現在の様子と「日本列島ふるさとこの一曲」を徳光とダウンタウンの3人で行った。「大喜利歌合戦」では、ダウンタウンがヘルメットを被った吉田ヒロの頭にチェーンソーの刃を当てるシーンがありコーナー終了後に徳光がこの行動への苦情があったことを報告し、謝罪と注意喚起をしている。 主な出演者 メインパーソナリティー:ダウンタウン チャリティーパーソナリティー:観月ありさ マラソンランナー:間寛平 総合司会:徳光和夫、楠田枝里子 スタッフ 演奏:岡本章生とゲイスターズ、ガッシュ・アウト、東京音楽事務所、ミュージッククリエイション 編曲:たかしまあきひこ、永作幸男、しかたたかし 構成:豊村剛、浜田悠 技術協力:NTV映像センター、日本テレビビデオ、オムニバスジャパン、コスモスペース、タワーテレビ、タムコ、音研、共立、バンセイ、朝日航洋、田中電気、日本有線テレビ、ジャパンテレビ、明光セレクト、日放、さがみエンヂニアリング 制作協力:ハウフルス、日企、ワークス、NCV、オンエアー、ウッドオフィス、ZIPPY、NTV映像センター、翔テレビジョン、日本テレビエンタープライズ、ユニオン映画、タキオン、トップシーン 協力:吉本興業、ラメール、ファンタジウム、ライジングプロ、アミーパーク、ヤマハリゾート「つま恋」、全ロシア青少年宇宙協会、ロシア大使館 総合演出:菅原正豊、五味一男 プロデューサー:小杉善信、渡辺弘、佐野譲顕、中村英明、酒井武、重松修 チーフプロデューサー:篠崎安雄 チーフディレクター:神戸文彦、吉岡正敏 制作指揮:高橋進 総指揮:漆戸靖治
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東京テレビ放送とは、東京都を放送エリアとする2007年7月に開局したの放送局である。略称は「ttc」。英文表記は、「Tokyo Television broadcasting Corp」。愛称は「東京テレビ」。 概要 [#mfefb380] 沿革 [#g44e5a33] 主な番組 [#o6bd8edc] 情報・ニュースなど [#w87a1c1d] スポーツ [#z405d6d4] 映画 [#ye3d6a5b] 音楽 [#sd56d5e3] バラエティ [#zf20097f] 教養・カルチャー [#vaba4d6b] アニメ [#e8a7b689] 他局製作番組 [#w41d5062] テレビ朝日系 [#hd25230d] テレビ朝日 [#cca9d641] 朝日放送 [#d1275c54] 名古屋テレビ [#wf7afe69] BS朝日 [#v50d8585] 富山朝日放送(m.tv-net) [#ad19af87] フジテレビ系 [#ie05750f] フジテレビ [#a0fd3764] 関西テレビ [#nc6cbac9] 東海テレビ [#hb629c0e] 長州産経テレビ(m.tv-net) [#vd8c13a8] 日本テレビ系 [#o5e05ae7] 日本テレビ [#r3d907f7] 読売テレビ [#m03e7bae] 中京テレビ [#m7868c0a] 日本海テレビ [#a658212a] 南西放送(m.tv-net) [#zbcf2cd6] TBS系 [#vefb9f8e] TBS [#y753a0e7] 毎日放送 [#e118f535] 毎日あきた放送(m.tv-net) [#l02ce1fc] テレビ東京系 [#fba37d0b] テレビ東京 [#sdcaa643] テレビ大阪 [#gb24e012] テレビ愛知 [#g839a1ef] 広島文化放送(m.tv-net) [#s002f223] MNN [#ya7bdbea] いばらき県民テレビ [#v4632686] 独立UHF局、その他 [#a8f6f276] tvk [#kc1c46b5] チバテレビ [#pa5cc568] テレ玉 [#u45ecadc] 三重テレビ [#vff800bd] サンテレビ [#sa4d689b] KBS京都 [#v2e9de8a] WOWOW [#l2784b2b] m.tv-net [#i93ef688] 過去に放送された [#vd0a4317] 日本テレビ系 [#a3fe266b] 脱「在日」、脱「創価」宣言 [#be0592eb] 概要 富山朝日放送などが出資した放送局であり、東京都の独立局としてはmx2テレビに次いで2番目で、妄想局としても2番目である。 妄想局としては3番目にデジタルのみ放送している放送局でもある。 アニメ番組は、TOKYO MXが新作を多数放送しているため、最近の旧作がほとんどである。20世紀の旧作は一切放送されてない珍しい局である。 東京では未放送が多いm.tv-netの番組と自社製作番組を多く放送している。 しばらく、m.tv-netには加盟してなかったが8月1日に加盟が決定した。 チャンネルは、28ch。リモコンキーIDは3であるため、一部地域で同一チャンネルの周辺放送局が映らなくなった。 沿革 2007年4月1日 設立 2007年7月1日 開局予定 2007年8月1日 m.tv-netに加盟予定 主な番組 情報・ニュースなど ttcニュース なまモニ!(月~金7 00~8 00) カタクチイワシ(月~金11 25~12 00) お取り寄せランド(月~木16 43~16 50) ttcニュースシティー(月~金 18 00~19 00) Music Weather(月~金20 54~21 00) 報道人(金21 00~21 54) お台場情報局(金21 54~22 00) 伊豆・小笠原通信(土9 15~9 30) ttcニュース ウィークエンド(土~日18 00~19 00) THE プロテクト(土21 00~21 54 再放送月26 00~27 00) 週刊東京だより(日8 30~9 00) 首都経済(日22 00~22 54) スポーツ ヴェルディスタジアム(土13 00~14 54) ヴェルディ応援団(金23 30~24 00) 高校野球西東京大会・東東京大会中継(MX未放送分) ※上記以外は、滅多に放送されない。 映画 おすぎの辛口映画批評(土23 00~23 30 再放送日12 00~12 30) 音楽 Music Brain(月20 00~20 54) Oricon Music TV(月21 00~21 54 再放送水26 00~26 54) 水曜音楽館(水21 00~21 54) 木曜歌謡自慢(木21 00~21 54) バラエティ 吉原遊郭放送局(火25 00~25 30)火曜ハッスルアワー内 だいばじん。(水23 00~23 30) お台場グランド花月(金19 00~19 54) 大江戸探偵・山田五右衛門でござる。(日9 30~10 30) 教養・カルチャー 飯田さんちの晩ごはん(月~金11 20~11 20) 東京散歩(月21 54~22 00) 匠-TAKUMI-(火21 54~22 00) 東京海景(水21 54~22 00) 今夜のイッピン(木21 54~22 00) 石田三郎の園芸バンザイ!(土10 00~10 30) books mania(土11 00~11 30) エコロジーTV(土21 54~22 00) 首都美化委員会(日10 00~10 30) FLASH FRESH(日11 00~11 30) MyGarageCar(日12 30~12 55) 週刊 我が家のペット(日21 54~22 00) サイクル×サイクル(日23 00~23 30) アニメ ぼくたちTOKYOキッズ(土9 00~9 15) 伊藤静のお静かにしなさい!(土24 00~24 30) ヲタだま。(日24 00~24 30) 他局製作番組 テレビ朝日系 テレビ朝日 ガイキング LEGEND OF DAIKU-MARYU(水17 00~17 30) 朝日放送 美味彩菜(月~金19 54~20 00)基本的に同時ネット 家族(木22 00~22 54) 横丁によ~こちょ!(土12 00~12 55) 名古屋テレビ ラブちぇん(金20 00~20 54) かいけつゾロリ(日7 00~7 30) ウドちゃんの旅してゴメン(土9 30~10 00) BS朝日 カーグラフィックTV(月23 30~24 00) 富山朝日放送(m.tv-net) bus&train-TV(木23 00~23 30) anison.tv(金24 00~24 30) フジテレビ系 フジテレビ ハチミツとクローバー(月24 30~25 00) のだめカンタービレ(実写版)(火22 00~22 54) HUNTER×HUNTER(土19 00~19 30) アストロボーイ・鉄腕アトム(日17 30~18 00) のだめカンタービレ(日20 00~20 30) 関西テレビ 怪傑えみちゃんねる(月19 00~19 54)基本的に同時ネット たかじん胸いっぱい(火21 00~21 54) ナンボDEなんぼ(木20 00~20 54) アット・ホーム・ダット(金22 00~22 54) 旅っきり!(土10 30~11 00) 東海テレビ ぐっさん家(日9 00~9 30) 長州産経テレビ(m.tv-net) モウ・・・ゲンカイナンダ(木19 00~19 55) 日本テレビ系 日本テレビ NANA(月24 00~24 30) 喰いタン(水22 00~22 54) CLAY MORE(木25 30~26 00) はじめの一歩(土20 00~20 54) DEATH NOTE(土24 30~25 00) 桜蘭高校ホスト部(日20 30~21 00) 闘牌伝説アカギ(日24 30~25 00) 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(日25 00~25 30) 読売テレビ もうスグ!なるトモ!(月~金9 36~9 55) なるトモ!(月~金9 55~11 20) エンジェル・ハート(金17 30~18 00) 中京テレビ 私的道案内(土12 55~13 00) 日本海テレビ プリン・ス(金23 00~23 30) 南西放送(m.tv-net) てれびのじかん(水23 30~24 00) TBS系 TBS ×××HOLiC(火24 00~24 30) ローゼンメイデン トロイメント(火24 30~25 00) 苺ましまろ(木25 30~26 00) 毎日放送 交響詩篇エウレカセブン(水17 30~18 00) 鋼の錬金術師(土19 30~20 00) ゾイド-ZOIDS-(日19 00~19 30) 毎日あきた放送(m.tv-net) あきた美人。~アイドル発掘プロジェクト~(木26 00~26 30) テレビ東京系 テレビ東京 いぬかみっ!(月17 00~17 30) 出ましたっ!パワパフガールズZ(月17 30~18 00) 超星神グランセイザー(火17 00~17 30) 武装錬金(火17 30~18 00) 陰陽大戦記(木17 00~17 30) カレイドスター(木17 30~18 00) ぱにぽにだっしゅ!(金17 00~17 30) スクールランブル(土7 00~7 30) おとぎ銃士赤ずきん(土7 30~8 00) シャーマンキング(土17 30~18 00) ヒカルの碁(土20 30~21 00) キン肉マンⅡ世(日19 30~20 00) テレビ大阪 ボランティア21(土8 30~9 00) テレビ愛知 魔弾戦記リュウケンドー(日7 30~8 00) 広島文化放送(m.tv-net) 広島闇ホテル(火26 00~26 30) MNN いばらき県民テレビ かわすみのいば水商店(水25 00~25 30) 独立UHF局、その他 げんしけん2(水24 00~24 30) キミキス pure rouge(水24 30~25 00) ひぐらしのなく頃に解(木24 00~24 30) スカイガールズ(木24 30~25 00) N・H・Kにようこそ!(木25 00~25 30) Myself;Yourself(土25 30~26 00) tvk まんとら~マンガ虎の穴(日23 30~24 00) フラカッパー(日12 55~13 00)※チバテレビ、三重テレビ、KBS京都の共同制作 チバテレビ 朝まるJUST(月~金6 30~7 00) 白黒アンジャッシュ(火23 30~24 00)※同時ネット 浅草お茶の間寄席(水19 00~19 54) テレ玉 埼玉産ひるたま(月~金12 00~12 30) 桜塚ヤンキース(火23 00~23 30) やまがた発!旅の見聞録(土8 25~8 30)※山形放送との共同制作 三重テレビ ええじゃないか。(水20 00~20 54) サンテレビ ビック・フィッシング(火19 00~19 54) よしもとサンサンTV(火20 00~20 54) KBS京都 谷口な夜(土23 30~24 00) WOWOW フルメタル・パニック!(土25 00~25 30) m.tv-net tfcテレビ福岡 NIGHT TIME(月25 00~25 30) アニスタ!(金24 30~25 30) SIGR 血を吐く中間管理職(月22 00~22 54 再放送・日21 00~21 54) ZAPPING(月23 00~23 30) Living Tips(月25 30~26 00) SIGR Olds Line(土11 30~12 00) YOUR HOUSE(日8 00~8 30) JOURNAL JAPAN(日11 30~12 00) 共同製作番組 AVATER BUSTER ※TAB、HCB、tfc、SIGRとの共同製作(2007年7月~9月)--アカツキのクロガネ※TAB、Myとの共同製作(木23 30~24 00)(2007年10月~) 過去に放送された 日本テレビ系 情報ライブ ミヤネ屋(月~木13 55~16 43 金13 55~16 50、日本テレビでのネットがスタートした2008年3月にネット打ち切り) 脱「在日」、脱「創価」宣言 これは開局と共に発表されたもので、圧力によって番組内容が歪曲されないように在日と創価学会員及びカルト宗教信者を雇用しないようにするという内容であり、一部信者などから猛抗議が寄せられたようだ。 このため、一部地方局で放送されている創価学会や機関紙「聖教新聞」のCMは一切放送されていない。